やっぱり言ったほうがいい

やっぱり言ったほうがいい

LOUISE通信

 写真家の友達が、紹介したい人がいると、一ヶ月前からセッティングしてくれた朝ごはん会。海外から仕事のためにやってきたアーティストの彼女とは、初めましてだったのですごーく緊張したけど、フェミニストが三人集まれば、付き合いたてホヤホヤの恋人とのデートみたいにあっというまに時間が過ぎた。原宿の待ち合わせ場所のモーニングが540円〜とかだったのにも優しさを感じて嬉しくなる。
普段だと言わない話、例えば性犯罪の判決に対する怒りとか、アラーキーの話は自然と抑えている。パートナーの話だって私が結婚していて感じる、女として、嫁としての無言の圧を軸にすると、100%愚痴になってしまうので、最近は反省していた。例えば私の愚痴を聞いた後でも、「敏栄さんは本当にかわちゃんのことが好きなんだと思った。私もかわちゃんのこと人として好きだな。」とラインが来る。パートナーと本気で理解し合いたいと頑張ってる私のことも、かわちゃんが本当はいい人だということも、深いところで理解してもらえている安心感に支えられた場で話すことは本当に楽しい。私ばっかり話してなかったか不安だし、伝えたかったことや、聞きたかったことをちゃんと思い出すのは、いつも、少しだけ恥ずかしい気持ちでバイバイした後だ。そして何よりも残念なのは、その日彼女たちが教えてくれた、大事な気づきの言葉の数々が、日々私の記憶から消えていくこと。心が動く瞬間って、脳も興奮してて言葉をはっきりと記憶することができない。いつもそう。でも言葉じゃないもの、届けてくれたことの真ん中はちゃんと残っている。

「そもそも何が本当かなんて誰にもわからない。」表現されたものだって、人それぞれの解釈があって、想いがある。彼女だって全然、全てのことをさらけ出しているとは限らないし、何が本当のことかは関係ない。だけど、だからこそ?、やっぱり言いたいことは言ったほうがいい。そう言われた時、私は怖いんだと彼女に打ち明けた。あなたのようにはできない、と。でも私の本音は、別のところにあったと思う。私もあなたのように生きてくつもりだと言いたかったのに。

言えないことを抱えたまま、普通のふりをして生きている女性たちが、この国にはどれだけいるんだろう。と私はいつも思っている。数年前、先輩フェミニストたちが残してくれた本からどれだけの元気をもらったか、その元気をルイーズで還元しようと頑張れたか、を忘れたことはない。
その夜、ある人に言われた言葉を思い出していた。「弱者の主張が強者のように乱暴に聞こえる。」確かに。ツイッターは、それが強く感じるからか、時々疲れてしまう。でもそれって、今までどれだけ私が幸せだったかの証拠だ。弱い人の言葉がそのまま自分に届いて、その辛さがリアルに想像できてしまう時、本当の意味では、自分にも辛いことがあった時だけだと思っている。だから私がこの先誰に向けて言葉を発するのか(それはきっと弱っている人で)をきちんと決めたなら、それ以外の人に何を言われても、やっぱり言いたいことは言っていくのだろうと思った。

彼女たちに会った夜から、また久しぶりに夕飯を作るようにした。来週には外食に戻ってると思うけど、思いついた時には彼女たちを想いながら夕飯を作ろうと思う。

その日の夜は、辛いきんぴらとゴーヤチャンプルとさわらの塩焼きとホタテのお刺身。なめこのお味噌汁。

次の日はかわちゃんがカジキマグロとクレソンのパスタと椎茸の塩焼き。ブロッコリーの酒蒸し。
味はまあまあだったけど、元気出た!

ありがとうございます!!
LOUISE通信