依存が許されない時代に
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依存が許されない時代に

LOUISE通信

山に行ってる人が多そうだった先週末。流れてくるインスタの写真を見るだけで体が反応してしまいます。でも今は遊びに行くより仕事がしたい。(うそ。奄美は行きたい...。)のですが、言葉を使わず色と形で表現することも、自分の言葉を探すことも、どっちも花屋と並行して仕事にしていきたいという強い気持ちを思い出す瞬間が今の私には山に行くより嬉しいのです。本を作る時間と集中力をもっと確保したい。撮影もしたい。とは言え、圧倒的に何かが足りない自分の浅ささとは常に直面しています。才能ある人たちとたくさん出会い、比べて落ち込むという経験をたくさんしました。だからって粘り強さもないんだよ!あとはもう、所詮センスのない浅くて軽い人間だと開き直ってしまえば、少しは歩くことができる。なんとか一歩ずつやってれば、たぶん細い道ができる。そんな自分を笑っていようと思います。

知ってる人もたくさんいると思いますが今年ヘアメイクの加茂さんが亡くなりました。今まで言葉にするのが怖くて、夫と話すのでさえ避けてきました。夫はすごくお世話になっていた分、実のお父さんが亡くなったときより怖がっているようだったし、言葉にしなければ、しばらく会ってないだけでどこかで生きてると思えたからです。

今日は結婚して16年目。「としえのやってることは結婚じゃない!」と母に言われ続けた通り、自分でも何が16年目だよと思います。でも母が感じていた「母であることや妻であることをいつまで経っても受け止めきれない自分」のような感覚を私も感じてきたと思うのですよ。スイスイヘラヘラだったわけじゃない。常に離婚届を横において生活してるような綱渡り的な日々がつい最近まであったことも忘れていないし、お別れするしかない時が17年目にくるかもしれないことも疑っていません。つまり16年間は別れなかっただけなのですが、そこそこ自己主張の強い2人が、子供がいないのに離婚しなかった理由は何なのか?ひとつは、私のことを恐らく殺したいほど憎い夜でも、布団がベットの下に落ちていたら、つい拾ってかけてしまう相手であったこと。もうひとつは、お互い同じファッションページのクレジットを見て、同じアーティストに強く影響を受け、同じ世界を目指して同じ美容室に入ったこと。それは根っこにずっとあるんじゃないかと思います。まだ大人になる前の私が憧れて、信じていた加茂さんの世界を、誰よりも理解してくれる友達を失うのは一番怖いことだったということかもしれません。

ありがとうございます!!
LOUISE通信