マスク
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マスク

LOUISE通信

今日も店の前のスギモト薬局さんには開店前から人が並んでいて、その数は先週の倍くらいに増えていた。メルカリでマスクに嘘みたいな送料をつけて転売している人たちのことをテレビで知った。およよ。販売主の一人が電話の取材に応じていた。音声を変えた声で「今までで20万くらい売上ました。もちろん罪悪感はありますよ。でもじきに終わるだろうし、いつまでできるかって感じですねー。」と言っているのを聞くだけで蕁麻疹が出そうだった。販売主には何か事情があるかもしれない。どちらかと言えば、番組制作側のニュースのセレクトセンスに人間の嫌なとこが見えてウンザリした。きもい。

昨年の12月北海道の斜里町に仕事で行った時のこと。海岸沿いの少し高台になっている場所にポツンと一軒小さな平家があった。偶然の出会いから一緒にドライブすることになったあやちゃんという女の子が海に着いた時「ちょっと友達んちに寄ってかない?トイレ借りようよ。」と言った。あやちゃんのお友達夫婦が住んでいるその家は、旦那さんが一人で建てたらしい。出てきたのは想像してたよりずっと年上の顔が小さい小柄な女性だった。友達って言うから同年代の女の子が出てくるとばかり思っていたので驚いた。いきなり家に来て東京から来た知らない女がトイレを借りたいなんて超迷惑な話だけど、その女性はにっこり笑って中に入れてくれた。旦那さんはちょうどどこか遠く、外国に行っていなかったけど、猫がいた。その家は海に面した壁一面が大きな大きな窓になっていて、部屋の中に海があるみたいな圧倒的な景色と共にあった。あやちゃんと紙とペンで会話しているのを見て気づいたのですが、女性は声が出なかった。あやちゃんやあやちゃんと同世代の子たちが、時々こうやって彼女に会いにきていて、そのついでに薪を運んだり手が届かない場所にあるものを取ってあげたり、トイレペーパーの補充(3っつか4っつを一本の棒で吊っているのでその棒が長くて一人では交換しにくい)など雑用をしてあげているみたいだった。家族のいないお年寄りや障害のある人たちが寒さの厳しい冬の北海道で不自由なく暮らせるようにってみんなで願うことが自然なこととして存在していて、私は自分が恥ずかしくなった。トイレも手作り。ヒノキ風呂も手作り。いろんなものがアートみたいに輝いているのに、大自然と共に暮らすことで生まれる影も存在している不思議な家だった。お手製の白いガーゼ生地でできた分厚いマスクが大量に干してあったのが何よりも印象に残っている。私もいざとなったらメルカリで買わないで作ればいいね。

ワークショップで誰かが咳をした時の独特の緊張感や、店に来てすぐ手を洗いたいという人が増えていることで、私も知らない間にピリピリしているのかもしれないと考えよう。テレビから毎日流れるニュースの影響をひとつひとつ自分なりに消化するべきだと思った。来月から手の消毒液を買って、手を洗いたい人が気兼ねなく私に笑顔で言い出せるようにしよう。咳が出ちゃう人には花粉症って場合も多々あるんだけど作業中もマスクをしてもらって、不安な人が安心できるようにしよう。どんな考えの人たちがいてもまず受け入れよう。その2時間だけは花に魅せられた都会の人たちが安心して過ごせる空間を作りたい。そしてそれは私にかかっている。考えてもコントロールできないことは世の中に腐るほどあるから、リラックスしつつ、冷静に対処を考えること。他人に不安をぶつけないこと。それがマスク転売とかしちゃう人たちや、それを面白がって放送しちゃうテレビの人たちと極力関わらないでいい人生に続く近道な気がする。

ありがとうございます!!
LOUISE通信