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LOUISE通信

起きてリビングに行くと、いつもソファに座ってテレビを見ながらコーヒーを飲んでたり、飲んでなかったりしてるかわちゃん。飲んでる時は私の分も絶対あるから内心嬉しい。たいてい私よりずいぶん先に起きてゴミを出してくれてる。「今日もゴミだしといたよ。」と言われた時は「へへ」と笑ってごまかしています。(ごめん)

自粛生活が始まる少し前から今まで、大人の男と女による密接生活にも、いろんなステージがあり、今振り返ってもちょっとヘトヘトになる。仕事がほとんどすべてキャンセルになった彼と24時間ずっと一緒にいる修行のような日々。その中で習得しつつある学びのようなものがあるとすれば、人はその人から見える世界の中で、その人しか生きれない毎日を、健気なほど真面目にその人なりの精一杯で生きているということだ。つまり(笑)、どれだけ愛し合った恋人だろうと、長年一緒に暮らしている夫婦だろうと、結局まるで違う人生を歩いている。だから思想とか考え方とかが完全に同じなんてことは絶対に絶対になくて、だからこそ、どちらの考えも思想的なものも、ある意味どっちもまるごと正しい、ということ。判断するのは神様や世間ではなく、その人本人でしかない。

小さい話なんだけど、例えば3月の上旬だと、手洗いやうがいへの考え方(生活における重要度)がまるで違って喧嘩して、最近はもっとシビアな話、お互いの毎月の固定費がいくらいくらで、何ををどれくらい節約していくかとかで食い違ってモヤモヤし、この先どこで暮らしていくかも噛み合わなくて楽しくなくなったり。毎日の会話の中でお互い気づく微妙なズレが地味にしんどくて、まったく関係ない過去の出来事もミックスして大きな喧嘩になってしまう時もあった。アベノマスクが届いた時の反応も、私は封を開けるのもなんだか嫌な気が部屋に放たれる気がして怖くて、かわちゃんはゴミやシミがないか開けて確認したくてしょうがないって感じ。結局開けたらすごく綺麗な状態で(笑)、なんだか使えないね、って気持ちは同じだから家の鍵置き場の棚にずっとある。
でも私の場合、血の繋がった親とならもっと違っているから、殺人事件とかになっても不思議じゃない(笑)。母とは電話で少し話したけれど「あんたみたいな娘とは二度と一緒には暮らせない」がビシビシ伝わってきたしなぁ。それでもやっぱり、すごくお互いを心配しているのだから人間って可愛いと思う。

こうした日々を重ねて、私の中にあった他者への圧に嫌でも気付く。それが自分の中にあるうちは、私もその量とまったく同じだけ他者から圧を受け取るということなのかもしれない。やっぱりすごく大切な人だから、かわちゃんらしく生きてほしい。その道が私のとは違っていてもジャッジもしない。邪魔も嫉妬も絶対しない。他人を尊重することが自分の自由につながっている。

お金問題は待ったなしなので、私の周りにさえ存在してる経済格差をリアルに目にしてしまうことがある。いやまじで、私たちは何と戦っているんだろう?Twitterで外国籍の人にも給付金を!と訴えてくれている人たちがいることを知って初めて、私以外の外国籍の友達の顔が浮かんできて、そうか!私ももらっていいんだと思えた。母にそうやって訴えてくれてる日本人がたくさんいるよと伝えると、「ほんまかいな」と嬉しそうに言ってたけど、ちゃんと申請するかな。父にいたっては国のルールが変わる前の世代なので、そもそも年金がもらえない。どれだけ税金を納めてきたとしても、当たり前のこととして受け入れる。父が葛藤していた時期に私が生まれていないだけかもしれないが、なんだってギャグにして笑ってた記憶しかないし、そういうところ私にもめっちゃある。そういうふうに育ってしまったんだな。

でも今の私なら、どんなに非常事態になっても、私の人生は私のものだ、の場所に戻ろういう気持ちを少しは持てるかもしれない。親から受け継いだ厳しい現実こそ自虐ネタにして受け入れる才能を今こそ手放せるかもしれない。そうしない限り誰のことも救えないし、そもそも救おうと思って生きていても、やることは変わらない。世界はつながっているという言葉の意味を考えるとき、FLOWER magazineのゆりえさんのエッセイを改めて読むと、たった数週間でも理解できる言葉が増えていて、(ぎゃ!)ってなるのが快感です。

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今日はピクニックに来たていで食べてみよう!って、床にふきん敷いた日。大して気分はあがらなかった。最近、週に一回グラスにいっぱいならお酒OKにしてます。体調は花粉症もあってか、顔に湿疹が出てきたけど、目の上だけだし人に会わないから気にしてません。ちょっと強くなったよ。



ありがとうございます!!
LOUISE通信