快感
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快感

LOUISE通信

たまに行くお蕎麦屋さんは、洗練された都会の蕎麦屋という感じで、結構年上の人たちが切り盛りしています。厨房が見えないからもしかしたら、息子さんが作ってて、お父さんとお母さんがホールなだけかもしれませんが。その店で蕎麦の前に頼む、季節のつまみと冷酒は至福そのもので、最近は松茸の土瓶蒸しに超ワクワクしました(笑)。

その蕎麦屋の私の評価が、今年になってすごく上がったんですよ。緊急事態宣言が解除された後、少し外食するようになり、いろんな店を比べて感じたことです。やってる風じゃなくて、出来うる限り感染者を増やさないことが本当の目的になってる店ってこれか!と。透明の仕切り板もデザイン的に店のインテリアを邪魔する部分がひとつもなくて、お店の人の店の愛が感じられる空間ってお客も幸せな気分になれるんだと改めて実感しました。店内を見渡しながら、ここまでする手間を想像するとき、自然と尊敬の気持ちが生まれます。ホールの人は女性も男性も白髪の高齢者なのですが、彼らが注文を聞きにきてくれたら外してたマスクをつけ直す。夫にもつけて欲しいと伝える。自分が感染するのが怖いからじゃなくて、彼らにも安心してもらいたいからです。年齢的に不安は私より大きいはずなのに、変わらず、というか変化しつつ営業してくれていることに対しての感謝と、こうすればみんなが安心できるんだよっていう店としての在り方を見せてもらったことへのお礼。科学的に正しいとかそういうのではまったくないほんとの安心感をありがとう!って気持ちなのです。

友達や仕事で会う人たちの中でも、私が想像できなかった気遣いを行動を通して教えてくれる人たちがいました。彼女たちから教わったのは、人は基本的な安心感に包まれてこそ、くだらない話で笑いあえるということ。言ってることとやってることにズレがない人たちを目の前で見るとき、私もこんな風になりたい!という欲望が生まれてくる。逆に、反面教師的な人もいて、その理由をあとで考えてみるのですが、その人の考えからきた行動というよりは、ホモソーシャルで受けそうな価値観を内面化してしまってるだけというのがほとんどで、それ以上考えちゃうと疲れてくるのでやめました(笑)。

私にとっては他者への小さな愛のかけらでも、「としえちゃんの愛は理由をすっ飛ばすから理解しにくいんだよ」そう夫に言われ続けてきたので、伝わってないかもしれないと不安になることはあるけど、よくよく考えてみると、誤解されたとしても、心から納得した先に出た行動って変わらない。

ただ最近、ずっと会いたくて、でも落ち着くまでは会いにいかないつもりだった人に、会えた朝。彼女が手を広げてくれたので、思わずハグしてしまいました。抱き合った一瞬よぎったのは、彼女を不安にさせていないかな?ってことでした。でもお互いコロナとどう向き合うかについて半年以上考えてきてのハグだという確信もあって、それはもうハグするしかない時だったりするわけです。コロナマイルールを一瞬で破った私を嫌いにはならなかった。その瞬間、何がその人にとって一番かは、秒ごとに変わるし、そうでない世界は怖い気がするし。私たちがかつてないほど困難な時代を、日々自分の内側の何かがすり減っていくような時代をもし本当に生きてるのだとしたら、固まりつつあるマイルールを点検してみるのはちょっとした快感だと思います。他者への愛が、義務になり、重荷となって、自分と違う人を無意識に攻撃してた、みたいなのはちょっともう無理でしょう?


ありがとうございます!!
LOUISE通信