言の葉の庭 徹底解剖 ③ 「承」前編
この記事は読者の物語へのリテラシーを高め、新しい鑑賞方法を獲得してもらうことを目的にしています。
参考にしている本は『Save the Catの法則』ブレイク・スナイダー、『感情から書く脚本術』カール・イングレシアス、『映画を書くためにあなたがしなくてはならないこと』シド・フィールド、『千の顔を持つ英雄』ジョセフ・キャンベルなどです。
映画でよく言われるのは三幕構成ですが、4分の1ごとに話の転機が来ます。だったら起承転結の方が分かり易いよね、と私は考えています。記事の長さが丁度良くなるという打算もあります。
物語の構成を起承転結と解釈するか、序破急の三幕構成で解釈するかは人それぞれだと思います。しかしいずれにせよこの記事を読んだ読者は、構成が物語を動かす原動力なことに気づくはずです。
今記事の内容
● 前回の振り返り
● 「承」の役割
● 本編の解説
● まとめ
前回の振り返り
前回の「起」は全体の冒頭4分の1。「起」は物語の初期設定を用意するための部分でした。初期設定とは、主要な登場人物、主人公の目的、主人公の欠点などです。
この作品においては、主人公の少年とヒロインの女性の登場、彼女との交流、上手くいかない実社会とのかかわりなどが描かれました。
そして「起」のラストで二人は雨の日の再開を約束します。これによって少年の初期設定は変わり始めます。冴えない日常が、特別な非日常へと変化し始めたのです。
ここに、物語の目的が設定されました。大人の女性と仲良くなりたい。だけど、少年はまだ子供で……
以上がこの作品の「起」の構造でした。
承の役割
「承」は起承転結の真ん中部分です。三幕構成では「破」の前半部分。作品全体の中心になります。
このパートは起承転結の中で一番重要かもしれません。なぜなら、ここで物語の最初のクライマックスが訪れるからです。変化し始めた初期設定に明確な一つの区切りがつきます。
そして「起」で設定されたテーマに対抗する物語が「承」では展開されます。「承」は「起」に対するアンチテーゼの役割を持っているのです。
二つの異なる考えがぶつかり、最終的に一つの結論にたどり着く。物語のダイナミクスの準備として「承」は存在します。
今作品においては主人公と対比するように女性の初期設定が明かされます。恋愛もののお約束のようなシーンも登場します。しかも、このパートのラストではこの映画で最も官能的なシーンが描かれます。
分量が多くなったので、今記事は「承」の前半部分の演出面にフォーカスを当て、残りは後編に託します。
それでは一緒に本編を見ていきましょう。
本編
9分45秒から流れだしたBGMが13分まで続く
穏やかな曲調のピアノがBGM。雨の日の二人の交流が続いていることがわかる。しかし、段々と短調の色が濃くなっていく。
ピアノのコード4発に音はめされて4枚の映像が切り替わる。少年のアルバイト風景と、専門学校のパンフレットを見る彼の日常描写。女性に自分の夢、靴職人になりたいことを告白する
電車のカットと共に、より激しい短調へとBGM転調。学校で先生からの呼び出し
サンドイッチを作る少年。それを食べる二人。
少年の独白が始まるとBGMはきらびやかなクライマックスとなり、鳥が晴れ間の覗く新宿のビルを飛ぶロングショット。
ピアノが一転音数が減っていき、少年の晴れの日と雨の日それぞれの過ごし方を映す。最後に机に向かって靴を作る練習をしている少年の背中を映してフェードアウト。
解説
BGMが流れる中で、少年の日常が語られる。ここで確認したいのはBGMの変化に合わせた喜怒哀楽の場面変化。
最初BGMは非常に穏やか。女性と逢引の様子が描かれる「喜」の部分です。
しかし次第に不穏な音がピアノに混ざり始め観客の心をざわつかせる。ピアノの和音が4つ大きく鳴り響くと、音はめされ4枚の風景のカットが場面の変化を観客に教える。
アルバイト、専門学校のパンフレットを眺める少年の様子は哀愁が漂う。同じ曲調のまま、少年が女性に自分の夢を語るシーンに映る。自分の胸中を語ることはかなり特別な行為です。ここで主人公が女性にどんどん惹かれていることと、しかし現状による見通しは甘くないことがBGMとともに暗示されます。
そして電車のカットインと共に最も暗いパートにBGMがスイッチ。重低音の和音が轟ます。少年のサボり癖がひどくなっていることが示唆され、学校で担任らしき人物に呼び出されます。この時点では女性との交流が少年にとって現実逃避的な行為であり、けして前向きな関係でないことがわかります。BGMが『哀』の感情をうまく表現しています。
しかし、少年が作ったサンドイッチを二人で食べるシーンからBGMが変化していきます。もう一度『喜』が表現されていきます。
一緒に食事をしているという描写はあらゆる作品において重要です。動物が隙を晒すのは食事・睡眠・性交のときです。一緒にご飯を囲むというのは相手との親密度のバロメータとして顕著な例です。
BGMはテンションを上げていき、雨上がりの空気に光が反射したかのようにキラキラとピアノの高音が響きます。そして眠る少年を映しながら少年の独白が始まり、一羽のカラスにピントを当てた10秒ほどの長回しが挿入されます。
鳥が自由の象徴であることは知っての通りです。映画の中の10秒というのは長いカットです。このシーンは作る側にとって特別です。
少年が見る夢として出てくる雨上がりの空を飛ぶ鳥。この鳥にBGMの最高の盛り上がりを持ってきているのは一体全体どういうことでしょうか。これまでの描写を振り返れば、少年にとって雨の日というのは辛い現実から逃避することを自分に許している一瞬です。しかし本当に望んでいるのは今の苦しい生活から完全に抜け出すことです。雨のような現実逃避が必要なくなることが本当の目的であることがここのシーンで暗示されているのです。
そして、少年の靴職人という夢は彼をどこかへと連れて行ってくれる最大の希望なのです。女性に出会える雨の日も彼に非日常を与えてくれるものです。そのことを伝えるためBGMの盛り上がりがここで最高潮になるのです。『喜』の描写の頂点がここです。
しかし彼自身もそれは幼い願望であることをどこかで自覚しているだろうことに注意してください。だから誰にも言わなかったし、女性に打ち上げることが彼にとって特別な意味を持ちます。物語のラストで少年が女性に吠えるとき、ここでの描写が説得力を与えます。
BGMは落ち着いていき、少年の独白と共に彼の晴れの日と雨の日の様子が対比されていきます。
晴れの日の彼は常に空を見上げています。彼の雨の日への憧憬、ここではない場所へ行きたいという願い、彼の心が伝わってきます。
ここでは少年の顔が画面を向いていないことに注意してください。最後にここのシーンと映像的な韻を踏んだカットが出てきます。ここも小さい伏線になっているのです。
「仕事とか社会とか、普段あの人がいるところは遠い。まるで、世界の秘密そのものみたいに彼女は見える」
「分かっていることは二つだけ。あの人にとって、15の俺はきっとただのガキだということ」
「そして、靴を作ることだけが、俺をきっと違うどこかへ連れて行ってくれるということ」
一人で夕飯を食べる彼と、机に向かって一人で作業をする彼が描かれてカメラがフェードアウトしていきます。ポロンポロンとなるピアノはやはり短調ですから、ここでも彼の日常はうっすらとした『哀』として描写されているのでしょう。
まとめ
長くなりましたので、残りは次回へ持ち込みます。それではここまでを振り返ってみます。
● 「承」は「起」に対するアンチテーゼ(対立)の役割
● BGMが喜怒哀楽の感情を引き立てている
● 少年の夢と問題がはっきりと示される
● のちの伏線がちらほらと見て取れる
次回の記事
次は女性の背景が明かされます。恋愛もののお約束的なシーンも登場します。分量が今回ほど膨らまなければ、「承」のクライマックスまで行けるとおもいます。
ここまで読んでくださったことに感謝を。次回の記事も楽しみにしていただければ幸いです。
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