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約束のネバーランド第127話【約ネバ通信VOL.30】

約ネバ通信VOL.30です!
※ここからは最新のジャンプの「約束のネバーランド」の話をしますので、ネタバレが嫌な方は見ないことをオススメいたします。また、ここで書いていることは個人的な妄想や感想です。予めご了承ください。


今回はもしかしたら気分を害される方がいるかもしれません。注意してお読みください。また、今回は本編に関係ないことも結構書いてます。





と、いうことでいつも通り、ざっくりまとめから↓

【ムジカの正体とは…?】
●やはりムジカは「超特異個体」
⇒自身の「血」で力を伝染できる
⇒ひと口の飲用で同体質を得られる
●王や貴族はその「血」を恐れた
⇒その血を持つ物を全員食い殺した
「もう一つの事情」が判明
⇒王家や貴族もムジカ同様例外
●2人の会話についていけないエマ
⇒鬼を滅ぼしたくない事を明かす
⇒正論をぶつけまくるノーマン…次号へ

と、まあこんな感じでしょうか。



さて、ムジカの正体がとうとう明かされましたね!

「その鬼(もの)は生まれて一度も
人間(ヒト)を食べたことがない」

「人を食べなくても人型(そ)の形質と
知脳を保てる超特異個体」
※週刊少年ジャンプ16号P143より引用

やはり、ムジカは他の鬼達とは違う「超特異個体」だったようです。


ただ、生年や出身は不明であり、どのようにして誕生したのかは明かされませんでした。ただ、ここについては正直な所、「もうどうでもいい」と思っています。


ちょっと言い方がキツイかもですが、ムジカの特異体質の中身が分かってしまった以上、そこに対しての「何故?」は面白味が全くありません。我々の想像の域を出ない可能性が非常に高いからです。

例えば、
・ムジカは蛇の一族
・ムジカは人と鬼の交尾で生まれた
・人間に鬼細胞が入った個体

ネットで出ているのはこのあたりでしょうか。もし、これらでなかったとしても「彼女の血を飲むことで、彼女と同じ体質を手にできる」という能力が分かっている以上、また、物語に大きな影響を与えるような内容でない限りは、どんな内容でも、もう面白くない(これ以上のものは出ない)のです。


明かすのであれば、今回やるべきだった、もしくは、ムジカの謎はもう少し後で説明する方がよかったのかなと個人的には思います。まぁ白井先生なので、今後の展開に向けて、あえて明かしていないのかもしれませんが。ただ、最終章という事を考えると、なかなか考え辛いのかなと。


今回、「生年不明、出身不明」とノーマンが言っていることから、明かされるとすれば、「ムジカの口から直接」ということになるのかなと思います。



何が言いたいかと言うと、
約束のネバーランドは


「大方の種明かしが終わってしまった」



ということです。



鬼の正体や、鬼の社会について、そして今回のソンジュとムジカについて。あと残っているのは、「名前の読めない鬼」や「七つの壁」「金の水」「もう一つの約束」「ペンダント」といったところでしょうか?ただ、これらももう「明かされた所で…」というのがmaesaquの本音です。


つまり、「考察」の必要性が段々となくなってきているんです。



何もここでmaesaquは「約ネバは面白くない!」と言いたいのではありません。ここは勘違いしないでもらいたいポイントです。あくまで、「考察」をすることでの面白さや楽しさは減ってしまうだろうな、ということです。


ただ、ここ最近の種明かしラッシュと今回のエマとノーマンの対立を見る限り、「ここが約ネバの正念場だな」と感じていて、ここからの描き方で「約ネバの本当の面白さが決まる」と思っているんです。


そもそも、maesaquが約ネバのどういう部分を「面白い!好き!楽しい!」と思っているのか、きちんと書いたことはなかったと思うので、これを機に書いておこうと思います。


約ネバは大きく分けると「脱獄前」と「脱獄後」の2部構成になっていて、個人的には1巻~5巻の「脱獄前(脱獄編)」の方が好きですし、面白いと思っています(今のところ)。


何が面白いのか。大きくは下記3点です。

①「子ども達VSママ」の心理戦
②「子ども達とママ」の対比
③メッセージ性

簡単に1つずつ見ていきます。


①「子どもたちVSママ」の心理戦

これは言わずもがな、かもしれませんね。鉄壁の防御を誇るママにエマ・レイ・ノーマンが中心となり、「論理的思考」でママに立ち向かっていく。「ウルトラC」ではなく、あくまで「論理的思考」で闘っていく様が、デスノートを見ているようで、「次はどういう行動にでるのかな?」と毎週想像しながら読むのが楽しかったのを覚えています。

そして、その心理戦の中にしっかりと「落差(ギャップ)」を入れてくる辺りも流石だなと感じていました。レイが内通者だった時は開いた口が塞がりませんでしたし、ノーマン(主人公クラスのキャラ)の出荷はありえない、と思っていたので絶望していた記憶があります(笑)

まとめると、「自分もキャラと同じように論理的思考をしていくことで脱獄を楽しんだ」という点に加え、その中にある落差(○○だと思っていたのに、■■だった!というギャップ)に面白味を感じていたわけです。



②「子ども達とママ」の対比

動画で言及していたかもですが、「諦めずに行動した者としなかった者の差」が描かれている、という点ですね。

ここは、「面白さ」というよりは物語の「奥行きや深み」と言った方がいいかもしれませんね。ママは「何もできない、変えられない」と最初から諦めていたのに対し、エマは「変えようよ世界!」と現状を打破しようとします。ママの「諦めた過去」があるからこそエマ達の行動がより引き立つんです。

③のメッセージ性とも多少かぶってますね。笑



③メッセージ性

ああ、自由ってなんて美しく、過酷なんだろう
※約束のネバーランド5巻P69より引用
※その前後も入れると長くなるのでやめました(笑)
このセリフを見た時、ハッとさせられたんですよね。モノやサービスで溢れかえっていて、スマホ1台あれば、ほとんどの事が何不自由なくできてしまう今の世の中。自分の意志を持って本当に自由に生きているのかな、って。

捉え方によってはスマホに操られてるとも考えることができるわけだし、
自分たちの意志って本当にあるのかな?ちゃんとしたいこと、するべきことを考えて行動できてるかな?っていうのをこのシーンで考えさせられたんですよね。

ほとばしる汗と燃える心で、意志を持って生きているかどうか(笑)。こういったメッセージ性のある所、ふと現実に戻って自分事化できる所、非常に好きです。



はい、とまあ「脱獄前」はこんな感じですかね。


脱獄後(現在)の面白さについては「考察」をすることでの面白さ、楽しさ以外は「何とも言えない」というのが正直な所です。結局、「脱獄後」というのは「ストーリーの完結」を意味しますから、「約束のネバーランドがどのように終わるのか」、つまり「最終話」を迎えないと何とも言えないわけです。


そういう意味で、種明かしがラッシュを迎える「今」が「正念場だ」と先ほど書いたんですよね。要するに、「広げた風呂敷をどう畳んでいくか」、ということです。

断言する
鬼を絶滅させなければ
家族で笑える未来はない

※週刊少年ジャンプ16号P159より引用

ぴったりのアオリもありました。

暴力的なまでの正論、痛烈に
※週刊少年ジャンプ16号P159より引用

ノーマンが言っていることは完全に正論で、甘いこと言っているのはエマ。これは誰が見ても分かります。レイもエマの援護をしたいけど、正論すぎてぐうの音も出ない、そんな様子が見てとれます。


明らかなこの対立状況。


maesaquはこれをジャンプらしく、上手く着地させるようなストーリー展開が全くもって見えません(笑)


要するに、ここが作者、白井先生の腕の見せ所であり、正念場なわけです。これからの鬼との戦いを含め、「七つの壁」「金の水」「もう一つの約束」「ペンダント」「残されたフィルたち」をどのように回収していくのか。これが綺麗に回収され、上手く着地した時、約束のネバーランドは物凄く面白い作品になると思います。


消化不良とバッドエンド(ノーマンが死んじゃうとか)だけはやめて欲しいmaesaquでした。



今回はもしかしたら、気分を害された方がいるかもしれません。ただ、maesaquの今の正直な感想を書かせていただきました。間違っていることも多々あるかと思いますが、一個人の拙い意見だと思って見ていただければ幸いです。


なんかこの約ネバ通信最終回っぽくなってますが、全然終わりませんので、ご安心ください。完結するまで毎週書いていきます。笑


また気付いたこと等があれば都度更新していきますね。


拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございました。


それではまた。

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