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"日本を再興させるイノベーターとは" 田川欣哉 「イノベーション・スキルセット」

読書メモ#4です。
メルカリやイオン銀行など様々な企業のクリエイティブディレクションに留まらず、経済産業省と特許庁の出した「デザイン経営宣言」作成のコアメンバーとしても関わっているTakramの田川欣哉さんの著書です。

なお、この本はエイトブランディングデザインの西澤明洋さんのセミナーでの読書課題にもなっている本なので、受講されている方の参考になれば幸いです。

さらに最終回にはゲストに著者の田川さんが来られるとのことで、個人的に受講生にとっては必読の1冊と思います。

日本を再興させるには越境型イノベーション人材が必要

この本の主張を一言で表現するとこのようになるかと思いました。

「越境型人材」は田川さんの思想の中での重要キーワードなのですが、一旦その話は置いておいて、今の世界とそこから日本が置かれている状況についてまず書いていきます。

4つの産業革命と取り残された日本

まず本書では4つの産業革命について語られています。

○第1次産業革命(機械の時代)
これはいうまでもなく、欧州で起こった「機械化」の流れです。
大量生産による蒸気機関車、自動車といったハードウェアが生まれました。

○第2次産業革命(電気の時代)
これは第一次大戦と第二次大戦のあいだあたりから科学者の功績により、電力、電子の分野で発明が盛んに行われました。
このエレクトロニクスの発明と、第一次産業革命の機械がハイブリッド化されたメカトロニクスの分野で日本は世界を席巻しました。
しかし、残念ながら以後の産業革命の波に日本は取り残されてしまい、未だにこの分野のビジネスに頼っているのが現状と言います。

○第3次産業革命(コンピュータの時代)
次の時代ではアメリカシリコンバレーを中心としたソフトウェア(つまりコンピュータ)の時代になりました。
その後、ソフトウェアで潤沢な資金を調達したIT企業(Apple,Google...)がスマホを代表とするハードウェアまでを開発するようになりました。

○第4次産業革命(コネクテッドの時代)
これは現在の状況です。
「ハードウェア」「ソフトウェア」「ネットワーク」「サービス」に、「データ」と「AI」が加わる複合領域です。
主役は最先端のデジタル技術にハードウェアの技術を絶妙に結合させたプロダクト・サービスを提供できる企業になります。

そのようなこの時代の中の一つの成功例としてPelotonが紹介されていました。

エアロバイクなのですが、価格は22万円。しかしこれが飛ぶように売れているそうです。
その秘訣は美しいデザインだけでなく、サブスクリプションで提供されるアクティビティサービス。ユーザーは月額料金を払うことで、Pelotonが運営するオンラインジムとコミュニティーへ参加ができます。

Pelotonに座ってバイクの画面を使ってログインすると、同じ時間帯にログインしている人と一緒に画面の先にいるインストラクターに鼓舞されながらトレーニングプログラムを受けれるというもの。

ユーザーは単にプロダクトの良さにお金を払っているのではなく、Pelotonを買うことによって得られる体験価値にお金を払っています。プロダクトからサービス、ビジネスまでトータルでデザインに成功しているPelotonは現代のビジネスモデルの好例として本書で扱われています。


AI×ロボティクスの分野での日本の勝機

ソフトウェアの時代には取り残された日本ですが、メカトロニクスの分野で世界を圧倒した力が根付いているおかげで現代のソフトウェアとハードウェア、サービスが複合的に混ざり合う時代では勝機があるのでは、と語られています。

例えば世界の産業ロボット市場の上位は日本メーカーが占めています。
産業ロボットメーカーは複雑なロボット制御のためのソフトウェア開発部隊を有しており、ハードとソフトの結合に抵抗がありません。こういった環境は、様々な分野が混ざり合う現代の産業のトレンドとしては非常に都合が良いと言います。日本からも第二のPelotonが生まれるかもしれません。

さらに、今後高度に複雑化したロボット技術が家庭環境の中に入り込んで行くためには、ハードとソフト、サービスが分断することなく混ざりあった複合的スキルを持つデザイナーの力が必要になると述べられています。


求められるBTC型組織

ここからが田川さんの思想の核となる部分です。
変化の時代にイノベーションを起こすためにはB(Business)、T(Technology)、C(Creativity)が密接につながり合う組織を作ることが求められると言います。

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従来の日本企業は経営戦略やマーケティングなどのBusinessと技術開発部門のTechnologyに特化したBT型組織でした。

しかし、昨今のような様々な要素が複合的に混ざり合うような状況下では、BusinessやTechnologyを顧客目線と美意識から高度に翻訳し、提案する価値に一貫性を持たすことのできるデザイナーのようなCreativity要素が必要不可欠となると言います。


日本再興を牽引する越境型イノベーター

ではBTC型組織において、イノベーションとそれを牽引するイノベーターとはどのような人物でしょうか。

イノベーションについて、「価値創造」と「社会浸透」の2つが実現してはじめてイノベーションとなると言います。

アイデアがあり、それを具現化して、なおかつ社会浸透まで実行してしまう人物のことをイノベーターと呼びます。
「価値創造」はどうやったら起きるか。
(中略)多くのイノベーションは、以前から存在していたが、普段出会うことのない複数の要素が、独特の形で出会い、結合することで価値化するパターンです。

上記の引用に少し補足しますが、イノベーターとは新しい価値を複数の領域の新結合によって生み出し、社会浸透の局面でマーケットを立ち上げ、浸透初期段階までを導く人材だと言います。

そのために必要となるのがBTCを越境する人材です。

BTCの領域の頂点にいるのではなく、BとC、あるいはTとCの間に自分の専門性を持ち、それぞれの領域の知見から新結合を生み出す人物が求められると言います。


3つのCreativity領域

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1.Classical Design
スタイルやブランドをつくるデザインで美意識をプロダクトの中に取り込み、生活の中に彩りを与えるミッションを担っています。
最も歴史が古いデザイナーの分野ですが、今後も必要とされる重要な分野です。

2.Design Engineering
プロトタイピングを駆使し、課題解決をミッションとするデザイナーです。機構設計やUIデザインなどのエンジニアリングとデザインを行ったり来たりすることができ、技術視点からのデザインを得意とします。

3.Business Design
ビジネスセンスのあるデザイナー、もしくはデザインセンスのあるビジネスパーソンです。
デザイナーは新しいアイデアを考えることは得意ですが、実際のビジネスに落とし込むことを苦手とします。アイデアの魅力を保ちつつ、それらを絵に書いた餅として終わらせないのがこのデザイナーのミッションです。

しかし、デザイナーの持つユーザー視点や美意識といったデザイン視点とロジックを重視するビジネス視点とではしばしば矛盾が発生します。
この分野のデザイナーに求められるのは左脳的な思考と右脳的な思考を駆使し、妥協ではなく一段高い次元の止場を目指すことが求められます。


企業のデザイン導入のロードマップ

最後に、では今ある組織をどうやってBTC型の組織としたら良いのかということをまとめます。

Design Engineering(TC型)とBusiness Design(BC型)のような新しい越境型の人材は作品製の高いプロダクトを介してブランドやスタイルを伝えるClassical Design(C型)と異なり、組織全体で小刻みに改善をしていく「課題解決のためのデザイン」をミッションとしています。

これら3つのデザインは互いに補完関係にあり、状況に応じて適切に重み付けをする必要があると言います。

日本のBT型企業における失敗例として「C」だけを単体で導入しようとする動きが多くあるそうです。
BT型の文化とC型の文化にはどうしても不理解や相互不信があり、真のBTC型組織とするにはその関係性を緩和させる必要があります。

そのためにはC型のデザイナーを迎い入れつつ、エンジニアリングとの橋渡しができるようなTC型の人材、もしくはビジネスとデザインの間を翻訳できるようなBC型の人材を同時に入れることがポイントになると述べられています。

しかしこういったTC型、BC型の人材はまだまだ少なく、今後のデザイン教育のあり方や、企業内でのデザイナーとしてのキャリアの考え方も改めて考えていく必要がありそうです。

感想:インハウスデザイナーとして越境型人間を目指す

田川さんは本の中で、BCやTC型の越境型の人間になるにはガチガチの縦割りが根付く大企業に行くのではなく、思い切ってスタートアップ企業などへ行くことを勧めています。自分の肌感覚としてもそのように感じます。

しかしいざメーカーに務める自分の業務を振り返ると、グラフィックデザインのようなC型特化のような仕事やUI/UXのようなTC型の仕事、ブランドを考えるBC型の仕事もあったりとそれなりに色々な経験をさせてもらっていることに気づきました。

それは私のいるメーカーが、事業規模に対してデザイナーが足りないがために様々な分野を「デザイナー」という冠がついているおかげでやらせてもらえる状況にあるからだと解釈しました。

確かに自分も大手電機メーカーのインターンに行った経験からも、大企業の中で越境型を目指すのが難しいイメージはありましたが、デザイナーの希少価値が高い環境(社内の需要に対して供給が追いついていない環境)では案外越境型的な人材にもなれるのでは、と感じました。

ただやはりメーカーという看板に守られている以上、スタートアップで生きるか死ぬかのヒリヒリした戦いを日々続けている人達に比べたら自分はまだまだアマちゃんだと思うのですが、今ある環境をチャンスと捉えて社内で与えられたミッションそれぞれに全力で取り組めば、自分のデザイナーとしての価値が確実に高まるのだと勇気づけられた1冊でした。


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