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「道のり」って“近道”のことじゃねえよなぁ

年上の職人さんが電話をかけてきた。若いもんの指導で「おかしいんじゃねえかなぁ」と思うことをあれこれと、くっちゃべってくれた(もとい。お話ししてくださった)。

「『道のり』って“近道”のことじゃねえよぁ。活論を欲しがるんだよ。早く答えを教えてくれって。どうすりゃ上手くできるのか? ってさ。口で教えたって分かりっこねえよって。だって、やってないんだから。形こしらえることが職人だと思ってんだな。だったら、なおさら言ったって分かりっこねえよな」

「もう、『伝統』ってのは、終わったな。世の中、誰もそんなのいらねえんだよ。だって、オレに教えてくれって言う若いもんが『伝統』に興味ねえんだもん。『職人』にはなりたかねえってさ。『ぼくたち芸術家になりたいんです』だって。なんでオレに教わるんだ?」

「『人間の條件』って映画があるんだよ。そう、古いよ。その中でな、『人間は幸せを求めると冒険をしなくなる』っていうふうなセリフがあったんだよ。すごいよな。若いもんに聞かせたいけど、聞きゃしないだろうな。そのくせ自分の言いたいことだけは、よく言ってるよ。人間の条件だろ?」

「オレには、いい砥石なんか買えなかったんだけど、砥石屋のばあさんの話が面白くて、休みになると浅草の砥石屋に行ってたのさ。時々、ばあさんがいいこと言うんだよ。『仕事は砥石に聞きな』とか『売れるものつくろうなんて考えるんじゃないよ』とか。二十歳くらいんときさ。でも、その言葉、ずっと忘れてねえ。だってほんとのことだったから」

「オレの考える『自由』と、あいつらの言ってる『自由』って、どうも違うんだよ。自由って何だい?」

少なくなった昔ながらの職人さん。
「コロナの影響は?」と尋ねると、
「変わらないね。最初から最後まで一人でやる仕事だから」
そう言ってケラケラと笑う、齢八十目前の人間国宝。

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