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ひかりといろのはなし

これは フェンリル デザインとテクノロジー Advent Calendar 2021
10日目の記事です。

こんにちは、大西です。
SD部でユーザーリサーチをしています。

フェンリルに入社して数ヶ月。
アドベントカレンダーなんてやるんだ〜たのしそうだな〜と思っていたら、運営さんからお誘いをいただきました。
何を書いたらよいのかわからないのにとりあえずOKしてしまった。衝動性が高すぎる。

せっかく機会をいただいたので、好きなことをつらつらと書いてみようと思います。

新印象派

小さい頃からモネの絵がなんとなく好きでした。当時は、やわらかい光の表現が好み、みたいなふんわりとした興味しか持っていなかったかもしれません。

印象派や新印象派の画家たちの関心であった、日常の輝きをできるだけ鮮やかに描き出そうとする試みは、「ヒトが世界をどう知覚しているのか」という視覚科学者の興味と重なる部分も多いように思います。
特に新印象派の作品は、印象派と比べても特に科学的な側面を強く感じられることが特徴の一つです。
画家としてはジョルジュ・スーラとポール・シニャックが有名ですね。

今回はスーラの画風について考えてみようと思います。


ジョルジュ・スーラ

彼が美術史の中ですごく目立った存在かどうかは、浅学のためわかりませんが、一般的なイメージとしては「点描技法の人」って感じでしょうか。
色をできるだけ混ぜずに、細かい点として置いていく技法が特徴です。
モネをはじめとする印象派も、色を混ぜずに描く筆触分割を行っていましたが、スーラの点描は筆触分割の究極とも言えます。

グランド・ジャット島の日曜日の午後 (ジョルジュ・スーラ, 1884-1886年)

スーラは1859年生まれ、パリの中産階級の出身で、芸術教育も早いうちから受けていました。光学や色彩の理論を取り入れ、点描技法での表現にたどりつきました。1890年に31歳で病死しているので、作品数は多くありません。

はじめて彼の作品を鑑賞したときの感想は、「うわぁ…」でした。
感嘆の意味が大きいですが、若干引いてる感じのニュアンスも含まれます。

明るく鮮やかで美しい絵です。
近づいてみると、キャンバスにびっしり点が打ってある。
点描、小さい範囲ならまだ頑張れる人も多いかもしれないですが、キャンバスはそこそこ大きいわけです。
視覚の研究者にも光の観察をしすぎて失明した方とかいますけれど、それと似たような執着というか、並外れた探究心を感じます。

新印象派には他にもシニャックやアイエ、クロスなど素晴らしい画家たちがいますが、全員紹介していると夜が明けそう。
とりあえず私のお気に入りを一点だけ掲載します。
クロスの『農園、朝』という作品です。点描での煙の表現がとても良い。朝のすこし寒い時間、同じ空気を吸っているような気分にさせてくれる、素敵な作品です。

農園、朝 (アンリ=エドモン・クロス, 1893年)



新印象派と色彩

色の話は、光の話でもあります。物理学者がこぞって色の研究をしていたのはそのせいもあるでしょう。たとえば、プリズムを使って光のスペクトルを最初に発表したのは、重力で有名なアイザック・ニュートンです。

光のプリズム

新印象派の画家たちには、シュヴルールの提唱した色の対比の理論が影響を与えているといわれています。102歳まで生きたシュヴルールの業績のすべてをさらうのは大変ですが、彼の研究は多くの分野に貢献しています。石鹸の製法を発明したことが最も有名なものかもしれません。

色の対比理論は、シュヴルールが染料工場にいたとき、黒く染めた生地が、青や紫に囲まれた時には少し赤っぽくみえる、というところから着想を得たものといわれています。
彼が最初に発見した色相対比の他にも、対比には色々な種類があります。
明るい色がより明るく、暗い色はより暗く強調される(明度対比)、反対の色相を持つ補色同士を組み合わせると双方ともに鮮やかさが上がる(補色対比)などが代表例です。

彼が採用した三原色は赤、黄、青で、現在の主流学説である三原色理論とは異なっていますが、個々の色の見えと、複数の色を配置したときの見えは違っているのだということ、それには法則があるのだということを世の中に知らしめたことは、とても大きな意味がありました。

シュヴルールが色彩理論を発表したのは1839年。ヤングやヘルムホルツが、ヒトはどう色を認知しているか調べて色の三原色理論を提唱したり、マクスウェルが加法混色の実験をしたりしていたのも、1800年代です。
印象派・新印象派の画家たちが生きた時代は、ヒトの視覚が色をどう処理しているのかに関する研究が一気に進んだ時代でした。


リアルってなんだろう

色の混ぜ方は、大きく分けると加法混色と減法混色の2種類です。
加法混色は光の混色、減法混色は絵の具の混色、というように説明されることもあります。

絵の具は、混ぜるとどんどん暗くなります。
絵の具はそれぞれ、特定の波長の光を反射し、また特定の波長の光を吸収する特性を持っています。反射した光が私達の目に入ってきて、その波長によって見える色が違ってくるわけです。
絵の具をまぜると、吸収する波長が増えていってしまうので、だんだん我々にとっては暗く見えるようになってしまいます。

だから、色を混ぜない。絵の具が光を吸収してしまわないように。

補色を隣に置いて鮮やかに。少しくすんだ色を隣に置いてモチーフを目立たせて。
たくさん反射した光が、目の中で混ざることをねらって、スーラは点をひとつずつ、キャンバスに打っていったのです。

写実という観点から言えば、彼の点描画はやや誇張されてしまっています。
カメラで撮影したものとも全く違う雰囲気をまとっていますし、点描なんて現在の印刷技術からしたら、とるにたらない技法のように思えるかもしれません。
科学的で冷たく、理知的すぎるという批判もありました。

私は美術評論家でもない一般人ですが、科学的な進歩、特にヒトがどう色を感じ取っているのかに関する知見が彼らの芸術に影響を及ぼしたことは、それ自体がとても素晴らしいことだと感じます。

すばらしい風景を、空気を、絵画をみるときにも感じてほしい。
画家のみたリアルをどのように伝えたら良いのか?
その追求の結果が、点描技法です。

膨大な素描やパレットからも、スーラの絵画や色彩理論への情熱がみてとれるような気がします。
規則正しく色が並べてある彼のパレットは、パリのオルセー美術館が所蔵しているそうです。

ヒトは、自分の体験を通すことでしか、周りの状況を知ることができません。
目でうけとった光を脳で処理することではじめて、「自分の体の外になにが広がっているのか」を理解するのです。
紀元前から今まで、たくさんの人たちがヒトの感覚について考え、調べ、議論してきました。まだまだわからないこともたくさんあります。色に関する処理も、課題がいくつも残っています。

混ぜると光が減ってしまう絵の具をつかって、光を描こうと奮闘した新印象派。彼らの作品は、ヒトが世界を知覚するしくみについて教えてくれる優れた芸術でありつづけるでしょう。

あとがき

ゴッホ展で、スーラの作品も日本にきているようですね。
東京会場はコロナウイルスの影響で日時指定予約制になっていました。
大人気のゴッホ、そして糸杉がくるということで、チケットとれずじまい。図録だけでも買うべきか、とても悩んでいます。

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