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『侍タイムスリッパー』に出会えてよかった

面白い映画に出会いました。で、「推したい」と思い画面に向かってます。しかしながらこの作品を推すのは難しい。理由は二つ。ひとつは、現在公開されている劇場が池袋と川崎の映画館2館だけ。春に全国公開された映画が秋を待たずにサブスク配信されることも少なくない今、現時点でこの小規模公開の作品を観るハードルはとても高い。もうひとつは、この映画の設定の影響で何を話してもネタバレに繋がりそうでお話の核心を避けて書くのがかなり困難であること。ですが、その面倒くさ……大変さを前にしても「推したい」という気持ちが抑えられず、僕のこの気持ちを残しておきたかったので、頑張って感想文のような応援メッセージのようなものを書いてみたいと思います。

≪時は幕末、京の夜。会津藩士高坂新左衛門は密命により長州藩士を討つ任を帯びていた。いざ両者が刃を交えたその刹那、落雷轟き、新左衛門は現代の時代劇撮影所にタイムスリップしてしまう。守ろうとした幕府がとうに滅んだと知り愕然とする新左衛門。一度は死を覚悟したものの「我が身を立てられるのはコレのみ」と刀を握り締め、鍛え上げた剣の腕だけを頼りに撮影所の門を叩く。「斬られ役」として生きていくために…。≫

映画のチラシにあるあらすじです。ここ数年タイムループが題材の作品は数多く製作されていますが、タイムスリップものは意外に少ないかもしれない。という点に興味を惹かれ劇場に足を運びました。僕は1970年生まれの福岡育ちで、市内中心部は都会だったと思うけど車で半日もドライブすれば電気も水道も満足に通ってない地域もまだあって大正明治江戸へと遡る事ができました。また、生まれて初めて上京した際は高層ビルが立ち並ぶ東京の風景に未来を感じました。加えて、昭和の終わり頃から今日までのテクノロジーの進化は凄まじく「なんだこれは!?」の連続だった気もしますので、思い返すと、タイムスリッパーの驚きや戸惑いがなんとなく理解できる世代かもしれません。140年後にタイムスリップし現代に戸惑う新左衛門殿を通じて子ども時代を懐かしむ郷愁と、僕が生まれる以前に作られた映画から受けた可笑しみと寂しさを感じ、タイムスリップという設定にはこういう効果があるのかという発見が大変面白かったです。

懐かしさを覚えた理由はこれだけではなく、新左衛門が出会う人々によるところも大きいです。現代で居候することになるお寺の住職ご夫妻。撮影所で出会う殺陣師の師匠に所長。そして本作のヒロインで助監督の山本優子殿と繰り広げる人情劇がもうですね。寅さんをはじめ、これまで出会ってきた映画やドラマの1シーンが走馬灯のように思い出されます。走馬灯のように。これはずるい。最近だとさかなクンのエッセイを映像化した『さかなのこ』という映画がですね、さかなクンの自伝的映画の皮をかぶってるけど中身はバットマンを彷彿とさせる導入から昭和のヤンキー映画に人情劇まで映画愛が詰め込まれた実質『えいがのこ』という内容でハートを鷲掴みにされましたが、こちらも時代劇愛だけにとどまらない映画&ドラマ愛に溢れていて、昭和生まれでテレビと映画をたくさん見て育った僕はもうニヤニヤが止まりません。

『侍タイムスリッパー』はお仕事映画でもあります。流行ってるかどうか分からないけど、僕はよく出会う気がします。そういえば大好きな『MONDAYS このタイムループ、上司に気づかせないと終わらない』はタイムループもの+広告会社のお仕事映画だったなあ。こちらは映画撮影所のお仕事映画。主に殺陣師と時代劇製作にフォーカスを当てた映画で、斜陽産業となった時代劇の火を消すまいと奮闘する人たちの物語でもあります。そういえば『グッドバイ、バッドマガジンズ』も斜陽産業というか時代に圧し潰された人々のお仕事映画だったなあ。たまたま僕がそういうジャンルが好みという話かもしれませんが、よく出会います。時代劇だと稀代の斬られ役・福本清三さんが主演を務められた『太秦ライムライト』が真っ先に思い浮かびます。本作のエンドクレジットに福本清三さんへの感謝が記されてますし、太秦ライムライトの影響が色濃いのは当然でしょうか。普段サラリーマンとして働き会社から出される色々な課題に向き合っていると、今の日本で斜陽じゃない産業の方が少ないんじゃないかと思うことも多いので、まったく触れたことのない映画産業のお話であっても、どこか日々の生活に通じるものを感じ、そこで日々努力する人たちに共感することもしばしば。そんな姿を前に「明日も頑張ろう」と思えるところがお仕事映画の魅力かもしれません。この作品からもそういった熱意が感じられてとても好きです。

『侍タイムスリッパー』は時代劇好きのための映画です。まず本物のお侍さんがタイムスリップして斬られ役になるという設定に痺れる。そして劇中劇の撮影風景から本編映像まで時代劇へのオマージュで溢れており、さながら時代劇検定です。そもそも、主人公の名前が高坂新左衛門。物語が進むにつれ、劇中では新さんの愛称で呼ばれるようになり「暴れん坊将軍」に登場する貧乏旗本の三男坊を思い浮かべずにはいられません。「これ狙ってますよね」と思わず旧Twitterでつぶやいたところ、安田淳一監督から直々に「狙ってます!」とリプが返ってきてめちゃくちゃ笑い「じゃあ、あれも狙ってますよね。あそこはアレですか?」と聞き返したい気持ちをグッと抑えているうちに数日が過ぎてしまいました。せっかくリプくれたのにスルーしてすみません、監督。しかしサムストをご覧になった皆さん、やっぱり狙ってたそうですよ、ふふ。

『侍タイムスリッパー』は侍の映画、幕末を生きた侍の物語です。それを演じた山口馬木也さんは幕末の侍にしか見えませんでした。日の本を憂い、思いを同じくする仲間の為に立ち上がり、雷に打たれ現代に迷い込み、白飯に感動し、ケーキに感涙し、テレビに驚き心震わす会津訛りのお侍さんは実在するのです!としか言いようがない素晴らしい演技。いや、演技じゃなくて新さんはいるのだと思います。スクリーンで見た新さんのすべてが愛おしくどのシーンも大好きなんだけど、僕が印象に残ってるのは新さんが酔っ払ってゲロ吐くシーン。そういえば僕が愛してやまない『恋は光』という作品でヒロインのひとりがゲロ吐くシーンが大変印象に残ってまして、主要人物がゲロ吐く映画は名作という法則が僕の中で出来つつあります。ちょっと汚い話になってきたので軌道修正。一人の不器用な人間として大変魅力的に描かれていてどのシーンもほんとに好きなんだけど、そんな男が最後に見せる、侍としての矜持が胸を打ちます。高坂新左衛門は実在する。けど、やっぱりそれは山口馬木也さんあっての事だとも思います。本当に凄いものを見ました。舞台挨拶後にお客さんを出迎えるお姿も大変素敵でした。こんなハマリ役はなかろうなと思いつつ、イケおじすぎる山口さんを前に、時代劇でも現代劇でも、色んな場所で見かける機会がもっともっと増えるといいなと思いました。

いつか優子殿とデート出来るといいですね

恐ろしいことに『侍タイムスリッパー』は自主製作映画だそうです。最近はスマホでも4K映画が撮れるようになりましたし、世界を見渡すと凄い自主製作映画はいくつもありますが、にしても、あの画作りと質感をインディーズと呼ぶのは規格外すぎる。第一に脚本が大変素晴らしく、そのおかげで東映京都撮影所が特別協力することになったそう。こんなミラクルそうはない。ただ、その撮影は本当に大変だったようで、舞台挨拶で冨家ノリマサさんが松竹でお仕事した時に「大変な現場なんでしょ?」と東映だけでなく松竹のスタッフさんにまで言われたというエピソードを語ってくださいました。ですがどうでしょう。この完成品を観て大変だ大変そうだと見守ってた方々はどう思ったでしょうか。僕は現場の事は分かりませんが、お客さんとして今年劇場で『碁盤斬り』『鬼平』と時代劇の火を守るべく奮闘されている作品たちと出会った次に、「時代劇が、昭和の映画が好きじゃー!」という思いを120%前面に押し出しつつ、侍の矜持を描き切った自主映画が登場。監督の趣味嗜好が前面に出た作品は規模の大小問わずありますが、その上で娯楽作品として成功してるものとなると世界のメジャーなスタジオから配給される作品でも数が絞られるというのに、自主映画で時代劇という無謀なチャレンジの結果がこの完成度というのは衝撃的すぎます。僕が関係者だったらこの完成度に嫉妬するなあ。舞台挨拶で二度お見掛けした安田監督は感極まって泣いたり泣きそうだったりで思わず脳内でスクールウォーズの主題歌が流れたりしましたが、そんなお人柄が生んだ出会いと幸運の結晶かもしれません。これは偉業ですよ、監督。僕はそう思います。

安田淳一監督は映画業以外では米農家をされているとのことで「今インディーズで大成するにはコメの力が必須か」とも思いました。普段ビデオゲームやらない方にはなんのこっちゃという感想ですが、2020年にえーでるわいすという同人サークルが制作し2020年に発売された『天穂のサクナヒメ』というアクションゲームがありまして、このゲームには稲作パートがあり、その仕様がガチンコ過ぎて農林水産省の稲作に関する記事が攻略情報になる有様。そのうち農水省やJAとコラボするなど輪は広がり、今年アニメ化され全国ネットで放送中というサクセスストーリーがありまして、ここにまたひとつ、お米にゆかりのあるインディーズ作品に出会い、お米の力を感じずにはいられないマダオでありました。

ほんとはネタバレ上等で冨家ノリマサさんや峰蘭太郎さんのかっこよさ、沙倉ゆうのさんのかわいさ、他の出演者さん達の面白さや素晴らしい殺陣の迫力についてもっともっと書きたいのです。個人の感想だし、そもそも誰も読まないだろうし、好き勝手書いてもいいかなと思ったけど、今はその時ではないと思いました。池袋の映画館から始まった幸運の輪が全国に広がることを信じて、その時皆さんの楽しみを奪ってしまわないように、今日はここまでにしたいと思います。

この素晴らしい作品が、全国に広がることを切に願います。そして、安田監督の次回作に繋がりますようにと願うのですが、公式サイトによると映画がヒットしないとお米が作れないそうなので、次回作の前にこの作品が空前の大ヒットを記録して当面の生活が安定しますように。それから『拳銃と目玉焼き』と『ごはん』も観たいんですけど、『拳銃と目玉焼き』は以前Huluで観られたようですが今はどこも配信していない模様。なんとか観られるようにならないかなあ。こちらも是非ともお願いします。僕はもう安田監督に夢中です。
※記事を公開したところ、安田監督から過去に手掛けられた作品は11月に配信予定との情報を頂きました。サムストから始まった熱気があちこちに広がってるということかな。最高だ。楽しみに待ちたいと思います。

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