シャンプー泥棒~言い訳編
私はその星でずいぶん卑劣な罪を犯し続けていた。
それは自分でも認める。
しかし、この世には善と悪だけでは区別しきれない複雑な立場や感情が溢れていて、私たちは物事を見た目や噂だけで善か悪かを判断してはならない、ということを心に刻み込んでいる。
そういうことで、私がした卑劣な罪は必ずしも悪の面だけではないことは心ある人ならば理解してくれるはずだ。
私の髪はたわしである。
厳密にはヤシの繊維ではないが、それでも私の髪はたわしなのである。
以前、黒人女性の髪の手入れはものすごく大変なんだ、という記事を読んだことがある。
強いカールがかかっていて、ブラッシングをするのも一苦労。
しかも彼女たちはその美しい永久運動のように螺旋を形作るカールを直毛にしたいと願っていて、アルミ缶が溶けてしまうくらい強い薬剤で髪をストレートにしようと試みる女の子もいるらしい。
黒人女性のキュートなカールの対極にいるのが私のたわしである。
黒人女性とわたしの間には、ねこっ毛、ゆるふわ、天然パーマ、直毛などがいる。
ねこっ毛はゆるふわに憧れ、天然パーマは直毛に憧れ、直毛はゆるふわに憧れる。
ゆるふわはゆるふわのままでいいと思っており、ゆるふわは女の子のあこがれである。
憧れ度合で言えば、ゆるふわの対極にいるのが私のたわしでもある。
黒人女性のようなキュートなカールになりたいと憧れる直毛アジア人はいるが、たわしになりたいと憧れる人は誰もいない。
そんなに自分を卑下して、とあなたは言うだろう。
もし、あなたが無責任にそんなことを言うのなら、私はあなたに会って、悪魔の目の前で契約を結ぶ。
あなたの髪の毛とわたしのたわしを交換する契約だ。
私はあなたを見たことはないけれど、あなたが黒人女性だろうと、ゆるふわであろうと、直毛だろうとなんだって構わない。
わたしはたわしでなければ、何でもいいのだ。
ここまで訴えてきたから、私がどれほどの悩みをかかえているのか、あなたには伝わったと思う。
そして、無責任に私を勇気づけたり、自己肯定感を植え付けさせようとするとどんな目にあうかもわかったと思う。
あなたが私の気持ちを無視して、「自分自身を受け入れろ」、「自分を愛せよ」、などと何かスピリチュアル的な自己啓発的な言葉を発したら、私は私の念力であなたの髪と私のたわしを交換してやるつもりだ。
だから誰かが私が犯した罪をとやかく言うのであれば、私は私の正義を主張しようと思う。
私だってたわしでなければ、こんな卑劣なことはしなかった、と。
私の卑劣な罪を非難できるのは、わたしと同じたわしの髪をもった女性だけである。
でも、どうだろう。
たわしの髪の女性が私ともう一人だけでは十分なサンプル数ではないだろう。例えば、100人のたわしの髪の女性がいたとして、その100人の女性の半数以上が私と同じ卑劣な罪を犯したとしたら、私のやった卑劣な罪は、たわしの髪の女性であれば致し方のない行為なのだと認められないだろうか。
ということで、私が犯した卑劣な罪の内容であるが、シャンプー泥棒である。
私はねこっ毛のルームメイトのシャンプーを毎日、無断で拝借していた。
彼女のシャンプーを使えば、彼女の髪のように日に透け、重力に一切反発しない従順なねこっ毛になれると思ったのだ。
ここまでは何ら異常性のない、心に悩みを抱えたやりきれない気持ちが走らせた犯罪であると、誰もが同情するところであろう。
そもそもの所、私が同じシャンプーを買えばよかっただけではないのか、とあなたは言うかもしれない。
しかし、想像してみてほしい。
あなたがたわし頭だったとして、ドラッグストアなんかに行って、フローラルかなんかのシャンプーを買うところを。
ゆるふわ頭の店員にくすくすされながら、
「お客様にはこちらがお似合いでは?」とクレンザーなんかを差し出されるところを。
あなたは耐えられると言うのか?
あなたはそれでも私の罪を卑劣と糾弾するのか?
そういうことで、私は私の罪を自分で黙認していた。
だって私はたわし頭なのだ。
稀にみるかわいそうな髪質。
黒人女性も悩んでいるかもしれないが私だって悩んでいた。
つづく
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