奇異鳥

五煙草氏と五煙草氏の母親の兄(叔父)はお屠蘇を飲み交わしていた。
「ところで、折り入っての話って何でしょうか?」
と五煙草氏は聞いた。
叔父は、
「まあ、大した話ではないんだけど」
と言ってニュージーランドの地図を広げた。

「ニュージーランドは知っているか?」
と五煙草氏の叔父は言った。
「ええ、羊とチーズの国ですね」
そう五煙草氏が答えると叔父はぶんぶんと首を振った。

「お前のニュージーランド観はまちがっている!」
叔父はそう言って席を立つと、冷蔵庫からデザートを取り出してテーブルの上に置いた。
キウイフルーツばかりのフルーツポンチだった。
全体的に緑色だ。

「ニュージーランドと言えば、奇異鳥(キウイ)だ」
叔父は五煙草氏に丸ごとのキウイフルーツを手渡した。
五煙草氏はそれを受け取ると、それがキウイフルーツではないことに気が付いた。
それはキウイフルーツにくちばしと足が生えた鳥の模型のようだった。
「これは鳥の置物ですか?」
五煙草氏はテーブルの端にその置物を置いた。
「そう、置物だけど、それが奇異鳥(キウイ)だ」

五煙草氏の叔父は無類の鳥類好きだった。
金糸雀(カナリア)ばあさんも叔父が気に入り、毎年呼んでいた。

「あっ」と五煙草氏は思った。
先ほど金糸雀ばあさんがたしか、
「どこぞの外国のお方に夢中なくせに」
とかなんとか言っていた。

「今度のお気に入りはこの奇異鳥(キウイ)ですか?」
と五煙草氏は叔父に聞いた。
叔父は満足そうに首を縦に振った。
「この奇異鳥が今、絶滅の危機なんだ」

五煙草氏は鳥の模型をじっくりと見て、
「羽がありませんね。飛べないから天敵にやられてしまったんですか?」
と聞いた。
叔父はキウイフルーツのフルーツポンチを掬ってガラスの器によそって五煙草氏に渡した。
「それは違う。ニュージーランドにはもともとコウモリとクジラしか哺乳類がいなかった。陸上に哺乳類がいなかったから、奇異鳥は地上の楽園を謳歌している間に徐々に羽が退化していった。ほら、羽が退化している代わりに立派な脚があるだろう?」
五煙草氏は恐竜のような奇異鳥の足を眺めた。
「ところがだ。人間が入植し、そこに住み始めた途端、外から様々な哺乳類が持ち込まれた。その中にあのオコジョがいた」
叔父は憎々しそうにオコジョの名前を出した。
「オコジョ」
五煙草氏はオカメのお面をかぶった女を想像した。オコ女である。
「オコジョは奇異鳥の天敵だ。奇異鳥の保護活動をしている団体が調査したところによると、オコジョが奇異鳥の巣を端から襲撃し、卵や雛はすっかり捕食されてしまい、今や彼らは絶滅の危機に瀕しているそうな」
叔父は目頭を抱えて鼻水をすすった。泣いているようだった。
「五煙草、君はこの現実を受け止められるかい?地上の楽園を謳歌し、羽が退化してしまった鳥を襲うなんて。防犯装置の付いていない銀行を襲撃するようなものじゃないかね。いやこの例えではとても奇異鳥の哀れな境遇を言い表せない…」
叔父は奇異鳥を悲劇的に表現する言葉を探してどこかに行ってしまった。

五煙草氏はキウイフルーツのフルーツポンチを食べながら、
「この鳥はキウイフルーツに見た目が似ているからキウイと名付けられたんですね、さては」
と言った。
叔父は言葉探しから帰ってきて、
「違う!キウイフルーツが奇異鳥に似ているからキウイと名付けられたんだ」
と怒った。
なぜかこの叔父はひどく奇異鳥に感情移入しているようだった。

「私はこの鳥の保護活動をしたいんだ」
と、叔父は言った。
「したらいいですよ」
と、五煙草氏は答えた。
「お金でも送ればいいのか」
と、叔父は言った。
「そうですね。お金を送ってもらえればむこうも助かるでしょう」
と、五煙草氏は言った。
「ああ、この鳥に囲まれて暮らしたいものだ」
叔父は奇異鳥の置物を手のひらに乗せてそう言った。
「それはいけませんよ。もうこれ以上人間は生き物を不自然に移動させたり、繁殖させたりすべきではありません。そうでなければ、奇異鳥が地上の楽園を失ったように、そのツケはどこかの生き物が払うことになります」
五煙草氏はそう言って、叔父の肩をとんとんと叩いた。
「この鳥に会いたければ叔父さんがニュージーランドへ行くしかありませんよ」
五煙草氏がそう言うと、叔父は首を振った。
落ち込んでしまった叔父に五煙草氏は、
「地上の楽園が失われてしまったら、今度は羽が生えるかもしれません」
と言った。
叔父は胸ポケットに入れてあったポチ袋のお年玉を五煙草氏に渡した。
五煙草氏はにこりと笑ってそれを辞退した。
「奇異鳥の保護活動に寄付してください」
五煙草氏がそう言うと、叔父は、
「大人になったな」
と五煙草氏の肩を抱いた。

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