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らんらんらん、ゆくはひさしき銭湯よ【Sandwiches #56】

 なんだか割り切ってきましたよ、しばらく「短い日」は日記のように気の抜けたことを書いてゆくことにいたします。どうかお付き合いくださいね……そんで今日はといえばわたし、お昼間は数ヶ月ぶりに新宿に出向く野暮用がありまして、それが家から歩いていったもんでなかなか疲れた! といっても片道30分程度の距離やったからむしろその近さにびっくりしたのやけども、にしてもよ、この自粛期間で青っちょろく鈍った足はぱんぱんときた。

 帰宅してぐでんぐでんと過ごすうち(そうだ、暑いからとくべつにスイカバー食べました)に、近所の銭湯がようやく営業再開した、とそんなニュースを思い出しました。かれこれ3ヶ月ほど自宅のシャワーのみですませていたわたしです、あれほど大騒ぎした首の痛みもすっかり引いてきてはいたが、このタイミングでいちど湯治としゃれこみたい。もちろん「東京アラート」なんかが発令されとる時分です。油断は禁物なれど、じっさいいまの銭湯はどんな雰囲気なんやろうか? 様子見がてら足を運ぶことにしました。

 多いときでは週に二度・三度も足を運んでいたいきつけの銭湯です。到着してみるとしっかり明かりがついていて、自粛期間中に通りがかったさい、灰褐色のものさびしいシャッターがおりている様子を目撃していたもんだから感動もひとしお。おうおう、と進んだ下駄箱の、木製の鍵(「松竹錠」というらしいです)の手触りをも懐かしい気持ちで楽しみながら、番台のおじさんにお金を払いました。思わず「ようやく再開ですね!」やら声をかけそうになったけれど、かれこれ4年ほど通うなかで会話らしい会話をしたことなどないもんなあ、とがまん。

 おじさんは数ヶ月前と変わらぬ顔をしておったが、ただいたるところに注意書きの紙が貼ってありました。いわく、「グループでの来店はご遠慮ください」「大きな声での会話はご遠慮ください」「長時間の滞在はご遠慮ください」などなど。どうりでか、いざ脱衣室から洗い場に入ってみても一様にみょうな静けさがただよっています。いつもなら学生や、地元のじいさまたちが連れ立ってわいわいしていたのだ、それがない。みながちょっぴりの緊張感の中でじいっと汗を流していて、わたしもそそくさと体を洗いました。

 といってもお湯に入る段になるとね、そんな空気はしったことではないわけね。なんてったって3ヶ月ぶりの熱い熱いお風呂、それはすばらしく気持ちのいいものでした! 溜まった毒気をざんぶとさらって、じんわり全身をほぐしてくれた。ひさしく感じていなかった快さにとろけてわたし、十分もたたないうちにのぼせてしまうありさまでした。ほどなくしてあがったが、本当にさっぱり、生まれ変わったようなこころもち。

 6月の夜風は涼しく、らんらんらん……歌い出しそうな足取りで家路につきました。お風呂ってこんなにすてきなもんやったっけね。いいわね。首の痛みなんかきれいに消えてしまっておって、ああ、来週も足を運ぼうかしらん、なんてそっと考えていたところです。

●本日の一曲

mabanuaさんの、心洗われるような一曲をおいておきます。

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 数日間おやすみしていたお便りコーナですが、ありがたいことにその後送ってくださった方がいらっしゃるのご紹介します。

●ペンネーム:トナカイさん

Sandwiches #54 、ムカデのお話し楽しく拝読しました。自分の実家にも今ぐらいの蒸す季節になるとムカデが出たな(たまに大物)という記憶とともに、発見した時のぞわぞわ感も思い出され何とも落ち着かない夜となりました。(Sandwiches を寝る直前に開いたので)実家では母が割り箸で大物ムカデをつまみ外に放出してくれていたこと、箸でつまんだ際の感触の気味悪さを時々興奮気味に語ること、母って逞しいよな、、、自分もいざとなったらつまみ出せるのか、、、云々ムカデにまつわるあれこれに思いを巡らせ眠りにつきました。(ぞわぞわが収まらず寝不足気味になりましたが)

あわせて、昨今の自粛中に整理も兼ねて読んだ「積ん読本」の中で、何だかmaco maretsさんの楽曲と雰囲気が似てるなあと思ったものがあったので紹介させてください

タイトル「百年の散歩」/著者 多和田葉子さん(新潮文庫)

ドイツ・ベルリンの通りを日本人の「わたし」が歩いた際に、見たこと、感じたこと、思ったこと、想像したことなどが通りごとに短編形式で描かれた小説です

自粛中、時間を持て余していたので、何故似ていると思ったのか、ちょっと考えてみました
稚拙な内容はご容赦を

*街中を歩いている→macoさんの作品も街中を歩く、佇む、といった表現が多い印象
*個・孤(独)→他者は存在しているのに、交わらない。境界線がある感じ
*時間、季節、時代の移ろいが感じられる
*単語から連想されるイメージ、単語を重ねることで生まれる音の響き(韻?)を大事にしている。
といった感じです。まだまだ思う事はあるのですが文字化するのは難しいですね・・・何となくでも伝わったら嬉しいです

つらつらと長文を送られてきて、驚かれているかもしれませんが コロナ自粛で仕事が自宅待機となった際、Sandwiches 本当に楽しく読ませていただきました。テレビを置いていない、新聞も購読していないせいもあり、時間・曜日感覚が曖昧になる中、毎日更新されるSandwiches で時間の経過を確かめていたように思います。

自粛解禁となった今ももちろん楽しく拝見しております。今日も入れて55日間、継続されている事に対する敬意と、楽しみをご提供いただいた事への感謝ということで、こちらの駄文をご笑納(?)いただければ幸いです。
書くことがお好きなようなので余計なお世話だとは思いますが、くれぐれも無理のないようになさってください。 あと「お便りの枯渇」救済には役立ちそうもない投書となり申し訳けありません

>>とても丁寧に読んでくださり、ほんとうにうれしいです。ありがとうございます! まずムカデについては、ぞわぞわな記憶を掘り起こしてしまってごめんなさい。やはりみなさん一度はあのぞわぞわを体験されているのですね(ほんとうにやあですね……)。

 また多和田葉子さんの著作とmaco maretsの楽曲を重ねて読んでくださったということで、恐縮至極です。お恥ずかしいことに著作の多くは未読なのですが、学生のころ一度だけ講義を聴いたことがあり、そのシャープな眼差しと淀みない語りに圧倒された思い出。そういえば多和田さんが担当された新訳版のカフカ変身(かわりみ)」は、一度この「Sandwiches」上で引用していました。「百年の散歩」にもとても興味を惹かれたので、挙げてくださった近似な点をふまえて読んでみようと思います(さっきAmazonで注文しちゃった)。機会があれば、感想をまた書きますね! 

 もうしばらくは、無理なく、思うがままに更新を続けたいと思っています。これからもどうぞよしなにお付き合いください。

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