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汚れたつめのまま(ft.『Standard』)【Sandwiches #69】

 あがったりさがったり、どうにも安定せぬこころもちを抱えておる最近です。ささくれだったその手触りは、ときにちくりと刺すようで……、じっと見つめるはつらいものだけれど、それでもその薄暗い感覚に向き合ってはじめて、たしかな陰影実感を携えたことばがあらわれてくれるような気がしています。

 なんのこっちゃい!「楽曲紹介」シリーズ、今日は19年リリースの3rdアルバム『Circles』からM3「Standard」です。

 ビデオのディレクターは、おとついご紹介した「Wash」とおなじく河澄大吉くん(あらわれるこころ(ft.『Wash』)【Sandwiches # 67】)。アルバム『Circles』が完成するか、しないか、といった時期から「今回はミュージックビデオを2本お願いしたい」とそんな前提で話をさせてもらっていて、実は制作・公開の順番としては今回の「Standard」が「Wash」より先でした。

 映像では、主演に俳優業を主としながらシンガーDJとしても活動する藤井草馬(soma)くん、助演にモデルのよこせさくらさんを迎え、ひりひりするような焦燥のムードがあざやかに再現されています。「Wash」と違ってキャスティングは監督の大吉くん主導で行われたため、わたしにとってはおふたりとも現場が初対面。しかしてひとたび撮影がはじまれば、披露された妥協なき演技に目をうばわれた、やもう、みているだけのこちらも身震いをしてしまうほどやった! まさにこの「Standard」という曲に含んだ(つもりの)あやうさ、繊細さを描く意味でこれ以上ないキャストだったかと思います(ちなみにみな同い年というのも嬉しい偶然で、撮影後も友人として交流が続くことになりました)。

 今日の冒頭に書いた通り、アルバム『Circles』はおのれのうちにある「薄暗い感覚」と向き合うことをひとつの目標としていました。ふとしたときに訪れる悲しみや暴力的衝動セクシャルな欲求地位・名誉、あるいは金銭的な渇望、もろもろ、ひととしてどこかで認識せざるをえないそれらを自分なりに噛み砕いたかたちで描いてみたかった。

 とくに「Standard」はそうした欲求が色濃くあらわれた楽曲であると個人的には思っています。直接的なことばは避けたものの、全体的には自分自身の「男性性」を強く意識していると言えるかもしれません。

 たとえば「My Standard(=わたしの基準)」というワードにはわりあい明確にセクシャルなイメージを重ねていることをここで明かしておきましょう。意図したのは、おのれ自身のどこかにもねむる根源的な支配欲征服欲をあらわすということでした。ビデオのなかでもすこしだけバイオレンスな雰囲気のカットが挿入されますね、こうした表現を選択するには勇気がいるけれど、結果的にこれまでのmaco maretsになかった種の印象をもたらしてくれたはずです。

 後半のバースで、こんなフレーズが登場します。

 ねじくれた 感覚のあみだくじを選んだ結果ならば
 皆が皆愛してくれるか 汚れた爪 許してくれるか
 皆 愛してくれるか My Standard あなたに届くか

 まず「」なんてことばを連呼するのもめずらしい。しかしてとかく切実、同時に滑稽な自分勝手さを強調したかったのです。

 アルバム全体の構成としてみると、M2「Wash」ですべて「真っ白になるまで 洗い流す」と宣言しつつも、「胸で騒ぐ欲をいくらばかりか 捨てることができれば なんて無理な話だな」と予感していたように、続くこの「Standard」で結局「汚れた爪」を晒してしまう。そしてM4「Kamakura」におけるすれ違いへ、さらにはM5「Blu」で描かれるようなぽっかり空虚な諦観のムードへと発展していく……なんて、皮肉っぽいストーリーを読んでみることもできそうです(あくまでひとつの聴き方として、とそこは念を押しておきたいけれど)。

 最後にもう一度ビデオにたちもどると、以前から交流のあったインディペンデント・ウェアブランド「IMPUDENT LIFE」とのコラボレーション要素を入れられたことも全体のイメージに大きく寄与していると感じます(登場人物が着用している服はすべて同ブランドのアイテム)。スケート・カルチャーの抱くピュアーでむこうみずなエナジーが、そのまま「Standard」における「わたし」の衝動を象徴するかたちで結びついてくれた。

 わたし自身アクティヴとはほど遠い人間だけれど、それでもすべてを振り切るように滑ってゆきたい、どこまでも、どこまでも……なんて、さわがしい思いにとらわれるときがままあります。みなさんはいかがですか? そんな日がございませんか。

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 本日はお便りコーナ、おやすみです。投稿は下記フォームにて受付中。

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