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公共空間と商業空間の融合、のその先

はじめに

さて、前回記事(「「ハラカド」から考える商業施設の未来」)では、神宮前交差点に新たにオープンした商業施設「ハラカド」の最大の特徴は、銭湯や雑誌図書館、屋上テラスなどの「非・収益空間」が総床面積に占める割合が高いことにあると指摘した。

ところで、これらの空間…銭湯、図書館、屋上テラス等々は、商業空間の中に組み込まれた一種の公共空間といえなくもないのではないだろうか。もちろんこれらの空間に立ち入れるのは施設の営業時間内に限られるので純然たる公共空間とはいえないかもしれないが、それを言うなら渋谷のMIYASHITA PARKの屋上にある「渋谷区立宮下公園」だって、渋谷区立という純然たる公共施設であるにもかかわらず、開園時間は8時から23時までだ。

公共空間化する商業空間

そもそも商業施設はより多くの人々に来てもらい、そこでおカネを落としてもらう必要があるので、事業者にとって「集客」はとても大事なテーマである。だから事業者は集客力を高めるためにそれ相応のコストをかける。例えばお台場のダイバーシティ東京のように巨大なガンダム像を据えることも、ガンダム像はそれ自体では1円も稼いでいないとしても、話題作り・集客のためには必要なことなのだと事業者は考えたのだろう。

そう考えれば、「ハラカド」の売り場有効率が低いのではないかと指摘はしたものの、有効率が低いことが一概に悪いというわけでもない。逆に有効率を高めるためにテナントに貸す床を拡げてその分通路の幅を狭めたりすれば、そんな商業施設は居心地の悪さからお客さんに嫌われるだろう。要はバランスの問題なのである。居心地の良い商業施設では、要所要所にベンチを置くなどして、多少有効率を下げてでもお客さんにストレスなく買い物をしていただけるようにさまざまな工夫が凝らされていることは言うまでもない。

私が興味深いと感じているのは、売り場有効率の問題というよりもむしろ、そうした集客のためのコンテンツとして、銭湯・図書館・庭園…といった公共的な要素の強い空間・施設が採用されていることである。こうしたいわば「商業空間の公共空間化」とでもいうべき傾向は近年顕著なものとなりつつあるようだ。

古いところでは六本木の東京ミッドタウン(2007年開業)。ここでは隣接する港区立檜町公園と合わせると4haにもなる広場「ミッドタウン・ガーデン」が整備されているほか、サントリー美術館や21_21DESIGN SIGHTといった公共性の高い施設も組み込まれている。

一方、最近の事例では、熊本市の中心部に2019年に開業した複合商業施設「サクラマチ」。地上部に14,900㎡の「花畑広場」が整備されているほか、屋上には池のある日本庭園やイベントスペースからなる「サクラマチガーデン」が整備されている。

さらに興味深いのが、昨年オープンした森ビルの「麻布台ヒルズ」だ。麻布台ヒルズといえば、あべのハルカスを抜いて高さ日本一の超高層ビルとなった「麻布台ヒルズ森JPタワー」や一室200億円とも噂される超高級マンション「アマンレジデンス東京」などで話題の開発だが、開業時の見開き新聞広告のキービジュアルは意外にも「緑」「広場」を全面に押し出したものだった(資料によれば「約6,000m²の中央広場を含む約2.4haの緑地を実現」とある)。ちなみにこの麻布台ヒルズ、コンセプトは「緑に包まれ、人と人をつなぐ「広場」のような街−Modern Urban Village−」なのだそうだ。

麻布台ヒルズ開業日(11/24)の日本経済新聞全面広告

また、図書館も公共空間とするならば、特に経営難に陥ったor破綻した地方の商業施設において、店舗が撤退した空きスペースに公共図書館やが入居するケースが見られる。荒尾市立図書館、都城市立図書館などがそれだ。

これらも商業空間の公共空間化の一種と捉えることも可能であろう。行政の側にとっても図書館の新設あるいはリニューアルの際に新規に建物を建設するよりも商業施設に入るほうがコスト削減になるだろうし、商業施設側から見ても図書館や美術館という「集客」コンテンツの入居はありがたい話である。なによりも地域住民にとってはショッピングと図書館利用がワンストップでできるのはウェルカムな話で、これはまさに「三方一両得」というべきパターンかもしれない。

商業空間化する公共空間

こうした、いわば「商業空間の公共空間化」というトレンドの一方で、「公共空間の商業空間化」とでも言うべき逆方向のトレンドも近年脚光を浴びている。

公園や河川敷、道路といった公共空間は、従来は文字通り「公共」によって所有され、管理されてきた空間であり、民間事業者による使用は原則として認められていなかった。しかし、公共空間の管理運営が行政特有の「公平性」や「安全性」といった論理に縛られることで、結果としてその多くは市民から見ると使い勝手が悪く、つまらない空間となっていた。こうした公共空間に民間事業者による事業を組み入れることが可能になれば、公共空間は市民にとってより使い勝手の良いものとなるだろうし、行政からすれば民間事業者から得られる使用料収入によって財政負担が軽減されることになると考えられ、2010年代から種々の規制緩和が進んでいるところである。

公園については2019年の都市公園法の改正により、公募設置管理制度(Park‐PFI)が創設され、民間事業者による飲食施設などの設置が可能になった。河川敷については2011年の河川敷地占用許可準則の改正により、民間事業者によるオープンカフェなどの設置が可能になった。道路についても、2020年の道路法の改正により、民間事業者に最長20年の道路占有を認める歩行者利便増進道路制度(通称「ほこみち」)が創設された。

先に挙げたMIYASHITA PARKがこうした公共空間の商業空間化の典型であるが、 名古屋の久屋大通公園や新宿中央公園など国土交通省のPARK-PFI(公募設置管理制度)を利用したものなども全国で増加中である。また公共空間の商業空間化という意味では、数年前に話題になったいわゆる「TSUTAYA図書館」のように、公共図書館の運営を民間事業者に委託し、カフェや物販施設を併設するというようなものもこれに含まれよう。

大切なのは「居心地の良い空間」をつくるということ

こうした「商業空間の公共空間化」と「公共空間の商業空間化」、一見すると真逆のベクトルのように見えるが、実は「居心地の良い空間」をつくるという点で、両者のコンセプトは一致しているのではないだろうか。商業施設事業者は集客のために利用客にとっての居心地の良さを追求しているのだが、結局のところ「集客力」の核になるのは誰もが気楽に(自由に・低料金で)楽しめるような空間=公共性の高い空間だということに気づいたのだろう。逆に公共施設の管理者である行政の側から見れば、公共施設の魅力を高めるためには(自分たちには欠けている)民間の運営ノウハウを導入する必要があることに気づいたのだろう。

ただ、ひとつ懸念されるのが、公共空間の利活用に関して、特に行政サイドにおいていわゆる「目的と手段の混同」が起きていないかということだ。公園におしゃれなカフェを作ることはあくまでも手段であって目的ではない。同様に巷間「稼ぐ公共不動産」などともとはやされているような、公共空間から収益を上げることもまた主たる目的ではないということは肝に銘じておいてほしい。それは公共空間の活用に参入する民間事業者も同様である。経済合理性や収益最大化のためだけではなく、公共空間の本来的意義や価値を尊重したうえでの取り組みに期待したい。

アメリカの社会学者、レイ・オルデンバーグは、地域コミュニティにおいて人々が自由に集い、くつろぎながら時間を過ごせるようなインフォーマルな空間 −とびきり居心地が良い場所(グレート・グッド・ブレイス)− が必要だと唱え、そうした空間を家庭(第一の場所)、職場や学校(第二の場所)と並ぶ第三の場所ということで「サードプレイス」と名付けた。
オルデンバーグの定義とはちょっと違うけど、商業空間とか公共空間とかという二元論ではなく、両サイドを俯瞰するような視点から、つまり市民にとって居心地の良い空間をつくるという視点から、民間事業者も行政も、それぞれがアプローチしていくことが大切なのだと思う。

【参考】

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