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「ウマ娘」のオタクにこそお勧めしたいこの夏の推薦図書5選

ウマ娘、流行ってますね。

 2021年2月末のアプリリース以来、爆発的に人気が加速した『ウマ娘 プリティーダービー』ですが、間もなくハーフアニバーサリーというタイミングになってもその勢いは衰えを知らないようです。

 1月から放映されたTVアニメ第2シーズンのパッケージは、ゲームで使えるシリアルコードの封入という「ドーピング」はありつつも、それだけでは説明がつき切らない、TVアニメの映像ソフトとしては異例中の異例である単巻累計セールス15万枚突破。熱量のあるストーリーと「原作」への深い愛情を持ったリスペクトがヒットに結び付いているのでしょう。

 7月中旬にはNHKの音楽番組『シブヤノオト』で『うまぴょい伝説』を披露することにもなりましたが、初見のユーザーにとってうまぴょいはややハードル高くないか?と思いつつも、何か斜め上の成果をたたき出してきそうな予感もします。

 擬人化コンテンツのヒットがあると必ずセットで起こる現象ではありますが、「ウマ娘」の認知度が上がるのに比例して、「原作」である競馬への興味も高まりつつあるようで、間もなく観戦歴30年(もろにダビスタ世代です)、一口馬主として【リアルウマ娘(あるいは息子)】を楽しんでいる身としてはとても喜ばしい限りです。

 原典をあたることでコンテンツ理解の解像度が上がり、さらにコンテンツが楽しくなって人気が加速するという好循環は、関連するすべての業界・関係者にとって実にありがたい状況であるといえます。

 そして、幸いなことに競馬に関連するコンテンツは、書籍だけに絞って、さらにそこから馬券必勝法の類を除いても、実にバラエティ豊かにそろっています。

 しかしながら、そうなってくると今から新しく踏み込むにはいったいどれがとっつきやすいのか全く分からないというのもまた正直なところでしょう。そこで、超個人的主観ながら、ウマ娘から興味をもって競馬関連書籍を読むなら、この辺りから始めるのがオススメというものを勝手に紹介したいと思います。


①『アイドルホース列伝1970-2021』

 ウマ娘のアンソロジーコミックを発刊している星海社の新書レーベルから2021年の6月に発刊されたばかりの書籍です。

 内容としては、代表著者の小川隆行氏をはじめとした競馬ライター・トラックマンが個人的随想なども踏まえながら、1970年以降に日本競馬で活躍した名馬101頭を1~4ページほどの分量で時系列順にオムニバス形式に紹介する内容となっています。

 まず、本書の表紙を見てもらうとわかるかと思いますが、『アニメ ウマ娘プリティーダービー Season2』でもクライマックスで描かれたトウカイテイオーとビワハヤヒデが戦った1993年の有馬記念の写真が使われており、本編収録の101頭の内、71頭がすでにウマ娘化されている(アプリ未登場含む)ことからも、正面から「ウマ娘」を意識して企画された書籍であることがよくわかります。だからこそ、ウマ娘から興味を持った方にもとっつきやすい一冊だといえます。

 内容としては、1頭あたり1~4ページほどの分量なので、隙間時間でちょっとずつ読み進めることも可能ですし、気になる馬のパートからピックアップして読んでいってもいいでしょう。

 一点だけ気を付けたいところは、各章とも筆者の個人的随想や馬券回顧の内容が多分に含まれている点で、「ウマ娘のエピソードの元ネタ事典」的なものを求めて読むとちょっと肩透かしを食らうかもしれません。

 しかしながら、競馬のドラマは観るものの思いと不可分に結びつくものであり、その思いを追体験する読み方をするとかなり楽しめる一冊でもあります。そこから「原作」の競馬に興味をもって、自分なりのドラマが読者それぞれの中に生まれてくれれば、競馬にとってこんなに幸せなことはありません。


②『風の向こうへ駆け抜けろ』

 2014年に小学館より刊行された古内一絵氏による小説。フィクションのコンテンツなので、ウマ娘から入って…という方にもアプローチしやすいのではないでしょうか。

 広島県に位置する架空の地方競馬場「鈴田競馬場」を舞台に、鈴田競馬史上初の女性ジョッキーとしてデビューした芦原瑞穂を主人公に、瑞穂の師匠で元JRAジョッキーの緑川光司と、その厩舎のひと癖もふた癖もある厩務員たちとの人間ドラマをメインに描かれます。

 物語は、緑川厩舎にやってきた魚目(さめ・眼球の色素が欠落して、蒼白く見える目)の牝馬・フィッシュアイズを中心に描かれますが、緑川厩舎の面々もこの馬も、それぞれに「深い傷を負った」過去を持っており、その過去との葛藤や再生を軸にストーリーが進んでいきます。

 女性騎手を題材にしているだけに、基本的に「男社会」である競馬業界の中でぶつかりがちな男尊女卑的な価値観や偏見、地元の名士でもある有力馬主に肉体関係を迫られ、断った報復に厩舎から馬を引き上げられるなど、何となく想像がつきそうな「あるある」も多く描かれつつ、傷ついて流れ着いた崖っぷちからの再起と奮闘の様子は、『アニメウマ娘2期』で感動をしたタイプの人には強く刺さる物語といえます。

 あるいは、三浦しおん氏作による箱根駅伝を題材とした小説で、実写映画化やTVアニメ化もされた『風が強く吹いている』のような作品が好きな方にもより強く刺さるかもしれません。そこはかとなくタイトルが似ているのも、何か不思議な縁を感じます。

 また、本作は続編として『蒼のファンファーレ』も2017年に刊行されており、2冊続けて読むとより楽しみが増します。


③『ザ・ロイヤルファミリー』

 『店長がバカすぎて』が本屋大賞にノミネートされるなど、ヒット作を連発している早見和真氏による小説で、2019年度のJRA馬事文化賞と第33回山本周五郎賞を受賞しています。

 競馬を題材にした小説では、馬ないしは騎手を主人公に据えた作品がほとんどですが、本作では【レーシングマネージャー】と呼ばれる、馬主が本業の秘書とは別に、競馬関係の諸業務を管理・進行させるために雇う秘書のような存在を主人公としています。

 本作の主人公・栗須栄治は、父の後姿を追って税理士となり、都内の税理士事務所に勤めていたものの、父との死別を機に転職を考えていたある年の正月に、大学時代のサークル仲間・大竹と再会し、大竹の伯父で馬主の山王耕造に見出だされ、半ばなし崩しに山王のレーシングマネージャーになります。

 山王は本業では横浜に本社を構える人材派遣会社の社長であり、馬主業は親族から疎まれながらも道楽で行っていたものですが、勝利にかける情熱は極めて強い人物でもありました。

 しかしながら、山王に嫉妬し逆恨みした親族による本業での不法行為告発に脚をすくわれ、自身もがんを患って余命いくばくもなくなる中、その夢はかつて愛人との間に設けた隠し子へと受け継がれます。

 競馬はサラブレッドの血統がドラマを紡ぐ「ブラッドスポーツ」とも言われますが、それは人間にも言えることで、主人公である栗須は山王耕造とその息子二代にわたってレーシングマネージャーとして仕えます。

 物語は栗須の追想録として終始敬語調でつづられますが、その独特のリズム感が作品世界に読者を強く引き込み、四六判ハードカバーで500ページほどの長編小説ながら、あっという間に読み切ってしまうほどの読みやすさです。

 「ウマ娘」から競馬に興味を持った人も、あるいはほかの競馬シミュレーションゲームから興味を持った人も、おそらく一度は「馬を持つ」ということに対して興味を持つのではないかと思います。もちろん、馬主になるためには並大抵の稼ぎや保有資産では到底足りないわけで、ほぼ100%実際に馬主になることはなく、せいぜいいいところで小遣いの範囲で一口馬主をやってみる、というところにとどまったりするわけですが…。

 ゲームではまずほとんど意識することはないですが、競馬とは当たり前ですがサラブレッドという「命」を扱うものです。「命」を使って名誉を求める、と表現するとわかりやすいかもしれませんが、ある種「業の深い営み」でもあります。それゆえ、ただただ清々しいだけではない人間ドラマも多く生まれます。

 しかしながら、そうして生まれたドラマというのは、間違いなく人の心を揺さぶります。『ウマ娘』に触れた方ならば、既にそのことをよくわかっているのではないでしょうか。

 本作を通じて、人と馬の業が、時を重ねて織りなす競馬というドラマの深遠さと重厚さを感じ取ることができたら、あなたにとって競馬はより魅力的な、離れがたいものになるのではないかと思います。


④『競馬漂流記 では、また、世界のどこかの観客席で』

 『さようなら、ギャングたち』で群像新人賞を受賞し、『優雅で感傷的な日本野球』で第1回三島由紀夫文学賞を受賞した小説家・高橋源一郎氏による世界各国の競馬場での観戦記&旅行記を集めたエッセイ集ですが、作者は小説家であるのと同等かそれ以上に競馬愛好家としても知られ、前述の三島賞の賞金100万円を丸ごとタービーの単勝馬券に突っ込んで、見事に全額スッてしまったエピソードの持ち主でもあります。

 本作からもわかる通り、競馬は世界各国で行われています。いわゆる近代競馬の発祥は英国・アイルランドであると言われ、日本に近代競馬が持ち込まれたのは(それ以前にも馬を使った競走や神事は国内にたくさんありましたが)およそ今から150年ほど前、横浜の外国人居留地に滞在したイギリス人たちによってであると言われています。

 本作に出てくる競馬は、例えば『ウイニングポスト』で出走レースに選ぶことができるような有名な重賞競走だけにとどまらず、名もないクレーミングレース(現役競走馬の売買を目的とした競走)やメイドン(日本風に言えば未勝利戦)など多岐にわたり、中にはサラブレッド以外の品種によるレースの観戦記も含まれています。

 いずれのエピソードからも強く感じられるのは、訪れる競馬場それぞれに「出会い」と「別れ」があり、時として「再会」もある、ということです。彼らは皆、異なる国に生まれ育ち、異なる文化とアイデンティティを持った、一見すれば一生出会うことも交わることもない人たちです。しかしながら、そんな人が競馬をキーにして交わりが発生する、その連続が競馬のドラマを作り、やがて文化となり歴史となっていく、そんな大きな営みの一端を感じることができます。

 著者が小説家であるがゆえに、各エピソードの描写が時に抒情的であるのも他の観戦記と一線を画するポイントで、そのことが「よく知らない海外競馬」を、ある種のファンタジーのように描き出している点も、コンテンツとして楽しむことができる点であるといえるでしょう。

⑤映画『ライド・ライク・ア・ガール』

 最後はちょっと変化球で、映像作品になるのですが、2019年にオーストラリアで制作された映画で、2015年にプリンスオブペンザンスという馬に騎乗して女性騎手として初めて南半球最大のGⅠレース「メルボルンカップ」を優勝したミシェル・ペイン騎手(現在は引退して調教師に転身)の半生を描いたノンフィクション作品です。

 毎年11月の最初の火曜日に行われるメルボルンカップは「Race stops the nation(国の動きを止めるレース)」とも呼ばれるオーストラリア最大のスポーツイベントで、このレースを勝った人馬はその瞬間からオーストラリアの国民的英雄になります。

 2006年には、日本から遠征したデルタブルースと岩田康誠騎手が、日本馬として初めてこのレースを制していますが、このことをもって、現在でもオーストラリアで一番有名な日本人アスリートはテニスの全豪女子オープンを二度にわたって制したナオミ・オオサカではなく、ヤスナリ・イワタであるということは、日本ではあまり知られていません。

 オーストラリアの競馬業界には、日本とは比べ物にならないほど多くの女性騎手や調教師、厩舎スタッフが従事していますが、それでも「男社会」であるのは、少なくとも2021年現在ではいまだ世界共通のことで、ミシェル・ペインも様々な偏見にさらされながら、それでも歯を食いしばって戦います。

 作中、個人的に一番印象的に残ったセリフで、予告編にも出てきますが「大切なのは自分がつけるオッズだ」という言葉があります。プリンスオブペンザンスがメルボルンカップに挑んだ時の単勝オッズは101倍の23番人気。要するに「まず間違っても勝たないだろう」と思われていたわけですが、それをひっくり返したわけです。人馬ともに、「自分がつけるオッズ」を信じて挑んだからこその結果でしょう。己を信じる勇気をもらえる映画だと思います。

 ちなみに、プリンスオブペンザンスの母、ロイヤルサクセサーは日本で走った馬です(2007年に繁殖馬としてニュージーランドに輸出)。

 また、今年は世界最大の障害競走と言われる「グランドナショナル」を、レイチェル・ブラックモア騎手が女性ジョッキーとして初めて制覇しました。今から70年ほど前に、当時まだ12歳だったエリザベス・テーラー主演で、男装の少女がグランドナショナルに挑む『緑園の天使』という映画がありましたが、現実がようやく追いついたとも言えます。

 日本国内でも地方・中央競馬それぞれに続々と女性ジョッキーがデビューしてますます活躍の場が広まっていますが、そこから生まれるであろう新たなドラマも今から楽しみでなりません。


競馬って、コンテンツだ。

 「競馬とは何か?」という、長年にわたり議論されてきた、そして、これからも結論が出ることのない命題があります。

 人によって、あるいは立場にとって、その人にとっての「競馬」とは何なのかは変わってきます。ある人にとってはギャンブルであり、またある人にとってはスポーツであり。そもそもこの業界に従事している人からすれば、畜産業でもあるわけで、そのいずれもが正解です。

 そんな、何通りも正解のある競馬の一つの見方として「コンテンツ」であるという見方もまた、興味深い見方だと思うのです。それは、目の前のレースに起因するドラマだったり、競馬をめぐる人間模様だったりするわけなのですが、そんなコンテンツが中央競馬なら毎週末、地方競馬を含めれば盆暮れ正月も含めて365日、日本の、世界のどこかで繰り広げられているのですから本当にとてつもない世界だと私は思うのです。ぜひ、「ウマ娘」をきっかけに、この途方もないコンテンツの世界の扉を開いてみてはいかがでしょうか。

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