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期日ではどんな金額交渉がされるのか?

第33回note第34回noteで私の本人訴訟の経験談を2回連続で書かせていただきました。私が本人訴訟をやった経緯などについては、これら(その1その2)をお読みください。その2の最後のパラグラフでは一連の本人訴訟の結果(「元雇主が元従業員の私に対して400万円の和解金を支払う」という和解)だけ書いていましたが、これから何回かに分けて、その結果について詳述してみたいと思います(詳しくは、著書をお読みください)。

まず今回は、最初に申立てた労働審判(残業代等請求労働審判事件、東京地裁)についてです。この労働審判では予定通り第1回~第3回まで合計3回の期日がもたれ、結果、民事訴訟の判決にあたる「労働審判」が出されました。その内容は「元雇主は元従業員(私)に対して235万円の支払い義務がある」というもの。

労働審判申立て時、労働審判手続申立書に記載した請求金額(労働審判を求める事項の金額)は200万円強でした。しかし、第1回期日の後、その金額を300万円強に増額。理由は、申立て時は証拠(書証)となるタイムカードの一部しか入手できておらず、請求する未払い残業代の金額を低額にとどめていたからです。第1回期日の前に相手方から私のタイムカードすべてが乙号証(書証)として提出されたことから、私はそれに基づいて未払い残業代を再計算、増額したわけです。

私は、当時、「相手方は、なぜ、申立人の私にとって有利になる書証をわざわざ自ら提出したのだろうか?」と不思議に思っていました。しかし、後になって、第38回noteで書いたように、タイムカードの開示を会社に義務付けるような法律上の決まりはない一方、「労働者からタイムカード等の開示を求められた場合には、その開示要求が濫用にわたると認められるなど特段の事情のない限り開示すべき義務を負うと解すべきである」とした判例(大阪地判平成22年7月15日、大阪地裁 平成21年(ワ)第5554号)があることから、相手方の代理人弁護士は私のタイムカードを提出しないことで労働審判委員会の心証が悪くなるリスクを嫌ったのではないか、と勘繰っています。

いずれにせよ、300万円強の請求に対して、最終的に認められたのが235万円。この235万円に落ち着く過程では、相手方が一時退席した申立人 対 労働審判委員会のセッションで、労働審判官から、申立人(私)に対して、

(1)どの程度金額の譲歩ができますか?
(2)譲歩額を相手方に伝えてよいですか?
(3)それとも、譲歩額を伝えず、譲歩額を下限に金額交渉をしますか?

といった問いかけがありました。これは、調停・和解を目的とする労働審判ならではのものと言ってよいでしょう。(1)は、「ここまでなら最大限譲歩できるという金額を労働審判官に教えろ」という趣旨。(2)は、その譲歩額を労働審判官から相手方に直接伝えて、相手方がその譲歩額を受け入れることができるか否か判断を迫るというもの。そして、(3)は、労働審判官が、申立人の譲歩額を相手方に伝えないまま(その譲歩額を念頭に置きながら)、「いくらなら申立人へ支払うことができるか」と相手方に支払える最高額の提示を求めるものです。

なお、この金額交渉は残業代などの賃金のみが対象で、未払い経費のうちSuica利用のため領収書を提示できていなかった電車代は認めることは難しいとのコメントがセッションの場で労働審判官からありました。

対する私の回答は次のとおりです。

(1)25%の譲歩が可能です。
(2)譲歩額を相手方へ伝えてもらって問題ありません。
(3)金額交渉しません。譲歩額が受入れ可能か相手方へ迫ってください。

私の(1)への回答を受けて、労働審判官は235万円という数字をはじき出しました。

労働審判委員会はその235万円の数字で相手方を説得したものの、結局、相手方は235万円の支払いを拒否。労働審判委員会による調停・和解のこころみは失敗。そこで、労働審判委員会は民事訴訟の判決にあたる「労働審判」を出すに至ります。それが「元雇主は元従業員(私)に対して235万円の支払い義務がある」だったのです。申立人の私にとっては、けっして悪くないもので、民事訴訟なら勝訴と言ってもよい金額・内容でした。

相手方は、この「労働審判」に対して異議を申立てました(異議申立てについては、第11回note参照)。これによって、「労働審判」はその効力を失い、労働審判手続き申立ての時に東京地裁に民事訴訟の提起があったものとされたのです。

私にとっては、民事訴訟へ移行ともなると、少なくともあと数ヶ月、もしかすると1年程度、解決までに時間を要するかもしれない。それでは、235万円では割に合いません。本人訴訟ですから、書面作成も自分でやる必要があります。裁判所への訴訟費用(収入印紙代・郵便切手代)や交通費などの実費負担もあります。もちろん235万円は入って来ず、民事訴訟のためにお金が出ていくことになります。私は「異議申立て」で経済的にちょっと困ったことになってしまいます。元雇主は私の弱みを見越して、持久戦に持ち込む戦略なのか、どこかのタイミングで和解を持ち出して235万円の減額を目論んでいるのか。私はそのようにも勘繰りました。

しかし、民事訴訟への移行には、元雇主にとってもリスクはあるはず。まず、労働審判とは異なって、民事訴訟は公開されます。法廷には傍聴席もあるわけで、誰でも裁判の様子を傍聴することができます。政府や地方公共団体から仕事を受注していたり助成金も交付されたりしている元雇主ですから、元従業員の私との労働トラブルが公開されて何一つプラスはないでしょう。「労働審判」なら守秘義務条項もあったわけですから。「労働審判」は公開されませんが、民事訴訟の判決ならそうはいきません。

さらに、民事訴訟となると、「労働審判」では科されなかった付加金が発生する可能性がでてきます(付加金については、第17回note参照)。つまり、支払額は235万円には到底おさまらない恐れがあるのです。また、民事訴訟には、原告(労働審判での申立人)の私を利する可能性がある「仮執行宣言」と「文書提出命令申立て」という制度があります。仮執行宣言とは、民事訴訟で出された判決が確定前であってもその判決に基づいて仮に強制執行をすることができるとするもの。民事訴訟法第259条に定められています。文書提出命令申立ては、裁判官の判断によりますが、被告(労働審判の相手方)が保持する証拠を提出させる手段です。民事訴訟法第220条に定められています。

さらに言えば、元雇主は、民事訴訟を続けることによって多くの法務リスクを抱えたままにもなってしまいます。民事訴訟でも未払い残業代、未払い賃金、未払い立替経費の合計が訴訟物の価額となりますが、これらに加えて社会保険加入手続きの未履行などの「お金にかかわらないトラブル」も紛争ネタとしてくすぶり続けるのです。言い換えれば、いくつもの訴訟ネタが潜在的に私の手の内にあるわけです。「労働審判」が確定するなら、それに規定された「235万円の支払い完了を以って、(私と元雇主の間には)どのような債権・債務も存在しないことを相互に確認する」旨が有効になったはずです。そして、それによって、元雇主の紛争ネタとしてくすぶっていた法務リスクはいっさい消えたわけです。

以上のように、元雇主が異議申立てをして民事訴訟に移行することで、私が経済的に困ったことになるだけではなく、元雇主も様々なリスクを抱えることになります。 双方がリスクを抱え込むのです。

続きは次回noteにて。ここまでお読みいただきありがとうございました。

街中利公

本noteは、『実録 落ちこぼれビジネスマンのしろうと労働裁判 労働審判編: 訴訟は自分でできる』(街中利公 著、Kindle版、2018年10月)にそって執筆するものです。

免責事項: noteの内容は、私の実体験や実体験からの知識や個人的見解を読者の皆さまが本人訴訟を提起する際に役立つように提供させていただくものです。内容には誤りがないように注意を払っていますが、法律の専門家ではない私の実体験にもとづく限り、誤った情報は一切含まれていない、私の知識はすべて正しい、私の見解はすべて適切である、とまでは言い切ることができません。ゆえに、本noteで知り得た情報を使用した方がいかなる損害を被ったとしても、私には一切の責任はなく、その責任は使用者にあるものとさせていただきます。ご了承願います。

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