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言えなかったこと

ニシビノサスマド③

バスは満員
通学でよく乗っているとはいえ
毎回うんざりする光景

その朝は一番後ろの座席のど真ん中
なんか落ち着かない席に落ち着いていた
通路に立っている人たちを
まるで監視しているようなポジション

立っている乗客の中に彼がいた

私の家から数件離れた同じ並びの家で
私が中1でこの街に引っ越してきて
はじめて見た男子
同じクラスになった事はないし
ちゃんとした会話をした事もない
でもなんとなく存在感のある彼の事を
いつも見ていた気がする

彼は片腕を三角巾で吊っていた
彼の通う男子高まではかなりの距離があるけれど
いつも自転車で通学しているのか
バスに乗っているのを見た事はなかった

〝骨折かな…じゃ自転車は無理だね…〟
なんて考えながら
ふと思った……

〝片腕吊ってて片手で学生カバン持ってて
バス代を料金箱に入れられるのかな〟と

バスに乗っているのは20分ほど
その長いような短いような時間
私はずっとそれが気になって落ち着かなくなった

〝カバンかバス代持とうか?〟

その台詞が頭の中に浮かんできて
こびりついて離れない

〝カバンかバス代持とうか?〟

〝カバンかバス代持とうか?〟

〝カバンかバス代持とうか?〟

バスが終点のターミナル駅に着くまで
私の頭の中はそれだけ

それを彼に言うためには
三人の人を飛び越さないといけない

〝すいません〟
〝すいません〟
〝すいません〟
〝カバンかバス代持とうか?〟

もしかしたら彼に辿り着く前に
両側の座席の人の何人かが立ち上がって
割り込んでくるかも知れない

〝すいません〟
〝あ…ちょっと待って下さい〟
〝すいません〟
〝先に行かせて下さい〟
〝すいません〟
〝すいません〟
〝あ…す み ま せん〟
〝カバンかバス代持とうか?〟

彼の真っ白な三角巾をみつめながら
ずっとずっと
そんな台詞を頭の中で反復練習

〝でもちゃんと話した事もないし…〟

1人でシミュレーションして反復練習

中学時代に一度だけ声をかけた事がある
その時の事を思い出したところで
バスが終点のターミナル駅前に到着した

乗客が一斉にワサワサッとして
押されるように前に進む彼が
だんだんと遠退いて行く
私も腰を上げて出口へと向かった
見えなかったけど彼の入れた小銭の音を聞き
軽くため息が出てしまった

窓の外の彼は真っ白な三角巾しか見えなかった

飲み込んだ台詞が多過ぎて不機嫌になった私は
ぶっきらぼうに定期券を見せてバスを降り
彼が向かう駅の方から目を反らし学校へ向かった

〝明日もバスかな…
あ…そうか…バス代の事より
席を譲ってあげなきゃだったんだ……〟

なんだか凄い失態をしたようで
恥ずかしくなって来た

〝明日は自転車で行こうかな…〟と
1人で呟いていた

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