音とリズムと間(ま)の話
絶対音感はないけど、音に敏感だなあと思うことがある。
たとえば、声の低い人が怖いと感じたり、声に限らず低い音の雑音がすごく耳障りに感じたりする。大きい音もわりとダメ。
それはただ単に「音」に対する感じ方だけど、実生活の中で、私はかなり聴覚に頼って生きていると思う。
身近なところで言うと、会話や文章に関して。
私は局所的な記憶力がかなり良くて、ときどき、引かれるくらい相手の言葉を一言一句間違えずに覚えていることがある。
この前もフレスコボーラーインタビューをしていて「あのツイートあったじゃん、○○って書いてたやつ」と、他人の1年半以上前のツイートをほぼ相違なく記憶していて、たぶん引かれた。笑
まあ、仕事的には役に立つのだけど。
ラインのやりとりなども、結構覚えていることが多い。
なぜ覚えているのかというと、半分くらいは、言葉の音、リズムが体に入っているから。言葉を音声として認識していることが多いんだと思う。
頭じゃなくて、体が覚えている感じ。
これはスポーツをするときも同じで、大半のことをリズム感でやってしまっている(おかげで人に上手く教えられない)。
自分でプレーするときも、他の人のプレーを見るときも、リズムがすごく大事。だから、プレー動画を無音で見てしまうと、なんというか、全然入ってこない。
大学でソフトボールをやっていたときに、先輩の修論の材料として、実験台になったことがあった。テーマは、「内野ゴロの際、ランナーが走ったかどうかを、内野手がどのタイミングで判断しているのか」という感じ。いやこれ難しいです先輩。笑
やってみると、そこでも私は、「音」で判断していた。ランナーがスタートを切る音、走る音、それがフェイクかどうかまで、あまりそっちに顔を向けずに判断していた。
「音」で判断をして、「リズム」でボールを取る、投げる。
フレスコボールで言えば、ラケットとボールが当たる音はもちろん大事。それと合わせて、砂上を動くリズム、声を出すタイミングなどからプレーを感じ取っている(気がする)。
そこで大事になってくるのが、リズムの中にある「間(ま)」。
リズム感と言うと、一定のリズムで体を動かすという意味合いになってしまうかもしれないけど、そうではなくて、「間」を感じ取って、使う。というのが、私の中でのリズム感。
だから、傍目には不規則に見えても、自分の中ではとてもリズミカルなのでタイミングが合う、ということがたぶんすごくある。
小さいころからの癖みたいなものなので、「詳しく!」と言われても上手く言えない。ライターのくせに。
なんとなく、ダンスとかにも通じそう(ダンスできないけど)。
これを雑にまとめると、耳からの情報をよく使ってるなーということ。
視覚はもちろんだけど、聴覚がないと、きっとスポーツってすごく難しいんだろうな。
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