MAY day
夢の中の私は10歳くらいの子供で
地面に星の絵を描いただけだというのに
皆にうらやましがられるようになる
なぜって、それはだれにも描けないものだから。
私は困惑する。
だってこれは難しい図形じゃない
難しい色でもない
こんなに、簡単なことなのに。
描いた星の周りに人が集まってくる
私は段々と怖くなる
彼等からは好奇と嫉妬の混ざったようなまなざしを向けられ、それから一定の、―それは見えない位に薄いものではあるが―距離を取られる。
私は何もしていない。
星の絵を描いただけだ。
描きたいのなら、皆も描けばいい。
私は何もしていない。
星をみようとする人がどんどん増えて来る。
私は怖くて彼らの目を見る事が出来ないで下を向く。
私の描いた星は輝き、光り続ける。
その度に、人の数が増え、
やがてその集団は私の存在など忘れ
あとはひたすらに
その光だけを求めるようになる。
自分の描いたものが、
自分のしたことが怖くて仕方がなくなり
目を閉じた瞬間に
現実の私の、目が覚める。
これは気が滅入っている時に決まって見る夢だ。
不思議なものでこの夢を見た後の私は
ほんの少しだけ、気が楽になる。
現実の私は絵が好きでもないし、描くことも全然得意ではないからだ。
夢の中の事象は必ずしも現実に直結はしない。
つまり『星の絵』というのはあくまで私の中に存在するものの比喩だということ。
それが何を指すのかは、分からない。
私の中に、人からうらやましがられるようなものなど何もないはずだもの。
いつもそう結論付けて終わる。
ここは現実。
恐ろしい気持ちは夢の中に全部置いてきたのだ、
――だからこの夢を見た後の私は少し、元気にもなる。
平和であることが、一番大切。
今日も平和に生きられれば、それでいい。
出かける準備をする。
メイに誘われた。
彼はとても美しい。
私の幼馴染みであるエイプリルといつも一緒にいる人。
「そりゃ見た目は素敵だけどさ、あまり喋らないし、近寄り難いっていうか――――何を考えているか分からないよね。」
ほんんどの女友達による彼の評価はそんなところで、
けれども誘われて悪い気はしなかったので応じた。
気晴らしがしたかったのもある。
エイプリルとはよく遊びや食事や買い物をするけれど、
メイと二人で出かけるのは初めてだ。
家を出て駅までのいつもの通りを歩く。
約束は夕刻、
それまでの時間、街でゆっくり過ごそう。
本当は一人の時間が一番好きだ。
この時間が私の活力になり、この時間がなければ生きてはいけないとさえ思う。
気に入りの店を回り、昼食を食べ、またいくつかの店を回り、大好きな公園まで歩き、
カフェに入り、いつもの窓側でお茶を飲む。
約束の時間まで、ここで過ごすことにする。
外は日射しが強く、
すぐ近くにある噴水が勢いよく水しぶきをあげている。
宝石みたいに形を変えながらはじける水に
さっと色が付く。
虹だ。
綺麗―――、そう思った瞬間、
行き交う人の中で立ち止まり、同じようにその光の様子に目を奪われている人物を見付けた。
メイだった。
平和であることが、一番大切。
今日も平和に生きられれば、それでいい。
ストローから口の中へと運ばれる
レモネードの味。
公園の日の光など最も似合わない
そんなイメージを彼に持っていたけれど、
後ろの緑をバックにすると、
背の高さと線の細さが映えて
美しさが際立つ、
絵描きなら、このシーンごと、彼の表情ごとを焼き付けて、絵にしたいと思うのだろうな―――
甘酸っぱく冷たい液体をごくん、と飲み込み、テーブルに置かれた文庫本に手を掛ける。
約束は夕刻。
噴水にかかる虹を
ぼんやりと眺め続けているメイを見て、
どういう訳か私は
彼に今朝のあの夢の話をしてみたくなった。
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