昭和の洋食、平成のカフェ飯

阿古真理、2013、「昭和の洋食、平成のカフェ飯」: muse-A-muse 2nd http://muse-a-muse.seesaa.net/article/424606203.html


主に最後の方の自分用メモとリンクのためにエントリしたのでまあ良いといえばよいのだけどあまりにさっぱりしすぎてるのであれだなあとか。


エントリ最後の方にも載せといたのだけどこのエントリの文脈としてはこっちのほうが内容がある


南直人、1998、「ヨーロッパの舌はどう変わったか」: muse-A-muse 2nd http://muse-a-muse.seesaa.net/article/384995687.html


おーざっぱにいえば「料理なんてものは近代になって豊かさが大衆化するまではごった煮な鍋物を毎日食べるのがふつーで、それが変わってきたのは近代以降」ということ。そこからすると日本の近代、民主化というのは戦後からだったのだなあと改めて思う。


また、この手の話題として出てきがちな「孤食とか、ちゃんとした栄養素が足りてない簡易な料理はよくない」みたいなのもいきすぎるとそれ自体が権威を帯びフードファディズム的なものになってしまうことも。


とはいえ料理における基本的な知識、てか化学知識みたいなのはあってそういうのだと「強火をやめると、誰でも料理がうまくなる」なんかは良いのだろう。これも続刊発注してるのでそのうち読み進めたい。「男のパスタ道」なんかもタイトルに反して地味に調理における温度変化について科学知識的な検証だった。


エントリと関連リンクを読み直しつつ次に読むものを選定して図書館に発注した。


そこから振り返ると阿古真理さんの視点というのは現時点でアラフィフぐらいの男女雇用均等法第一世代の女性たちを中心とするのだなあとあらためて。


Amazon.co.jp: 小林カツ代と栗原はるみ 料理研究家とその時代 (新潮新書): 阿古 真理: 本 http://www.amazon.co.jp/review/R2S9GKZALKE8TH/ref=cm_cr_dp_title?ie=UTF8&ASIN=4106106175&channel=detail-glance&nodeID=465392&store=books

(引用)

本書は、戦後日本の食文化と女性の社会的位置付けをシンクロさせ論じた優れた作品であるが、一つ言いたいのは料理や料理研究家に知識のない方には、ほとんど響かない内容だということ(例示すると、女性史や女性と社会に関心はあるが料理に造詣のない方とか、料理は好きだが社会問題の知見のない方は、うかつに本書を買わない方がいいです)逆に、「きょうの料理」を愛読するなど、料理研究家に詳しい方には、多くのトリビアあるいは彼女達の人生が事細かに記された内容だけでも十分楽しめるだろう。

そして、冒頭で書いた食文化と女性の社会的位置付け自体は、目新しい内容ではないが、それ故に腑に落ちる分かりやすい内容となっている。面白いところは、料理研究家達が、こうした文化や社会に対して先進的なスタンスあるいはポジションから、女性をリードしてきたという読み解きだろう。輝く女性なんて胡散臭い言葉が横行する以前、女性が社会で働くことに信じられないほど偏見や無理解だらけだった当時、料理研究家は夢のように輝く存在だったことが伝わるだけで、本書を読んだ価値はあるだろう。

タイトルや先達レビューがヘンで、カツ代さんと栗原さんに特化したミスリードをしているが、彼女達を現代へのターニングポイントとしつつも、むしろ、戦後まもないところから現代までを料理研究家で纏めたトータルな内容を評価したいところだ。

また、案外と楽しめたのが、ビーフシチューと肉じゃがのレシピ比べ。これは、実際に料理の世界をフィールドとする著者ならではの視点であるし、料理をする者にだけ楽しめる部分だ。それにしても、意外だったのは、肉じゃがのレシピの全てが牛肉を使っていたこと、ビーフシチューを海軍で和風にアレンジした期限こそあれ、関東以東では豚を使うものと思っていたが・・・

(引用終わり)



Amazon.co.jp: ルポ「まる子世代」―変化する社会と女性の生き方 (集英社新書): 阿古 真理: 本 http://www.amazon.co.jp/review/R3CEKB79CF64GH/ref=cm_cr_dp_title?ie=UTF8&ASIN=4087202291&channel=detail-glance&nodeID=465392&store=books


(引用)

著者は、まる子世代を1964~69年生まれと定義した上で、彼らを取り巻く環境、それらにより受けてきた影響などを踏まえながら、現代社会を読み解こうとしている。

この本は、彼らが直面している問題をケースごとに列記したものではない。それを想定して読み始めると少々肩すかしを食うかもしれない。著者自身、このことはあとがきに記している。

私もまた、第一章の、様々な人物(仮名)のエピソードを細切れに紹介するという手法に読みにくさを感じた。

しかし、著者の意図は個人個人のケースを掘り下げていくことではなく、一つの大きなうねりとして掴み、社会に照らすことなのだ。

それがわかる第二章からは格段に読みやすくなる。さらに筆がのってくる第三章以降の文章の説得力は抜群である。

まる子世代が読めば、どのコミュニティの中でも“中堅”として責任を全うすることを求められる年代にあって、勇気を与えられるにちがいない。

また、その親世代や配偶者に当たる男性が読んでも興味深い発見があるのではないだろうか。

誰もが自分の生きてきた時代がスタンダードだと信じている。それだけを切り取るのではなく、時代の流れに照らした時、相互理解の糸口がつかめるにちがいない。


(引用おわり)



「おもひでぽろぽろ」なんかも実際のあの年代の女性の感慨としてはいろいろ複雑なものを含んでいたようだけど「ちびまる子ちゃん」にもそういうところがあるのだろう。そしてそれらは解消されずくすぶって、しばらくして後の世代に再発見されていく。ちょうど和食が再発見されていったように。


関連で昭和の大衆食についての本と以下を予約した。


Amazon.co.jp: 昭和育ちのおいしい記憶 (単行本): 阿古 真理: 本 http://www.amazon.co.jp/dp/4480878742/ref=pd_lpo_sbs_dp_ss_3?pf_rd_p=187205609&pf_rd_s=lpo-top-stripe&pf_rd_t=201&pf_rd_i=4087202291&pf_rd_m=AN1VRQENFRJN5&pf_rd_r=1R582J25MN97VWVBYZ8Y


Amazon.co.jp: うちのご飯の60年―祖母・母・娘の食卓: 阿古 真理: 本 http://www.amazon.co.jp/%E3%81%86%E3%81%A1%E3%81%AE%E3%81%94%E9%A3%AF%E3%81%AE60%E5%B9%B4%E2%80%95%E7%A5%96%E6%AF%8D%E3%83%BB%E6%AF%8D%E3%83%BB%E5%A8%98%E3%81%AE%E9%A3%9F%E5%8D%93-%E9%98%BF%E5%8F%A4-%E7%9C%9F%E7%90%86/dp/4480878092/ref=pd_sim_14_3?ie=UTF8&refRID=13WJBH33K3RX2K7P5877



阿古真理さんの視点は全体として社会学的なそれだろうけど「昭和育ちのおいしい記憶」の場合は単にその時代を代表する食べ物のエッセイをぼんやりという感じのようでさらっと読めるように思う。ちょうど武田百合子さんの「ことばの食卓」のように。


ぼけーっとお外カフェとかしつつ読むと調度良いのかもしれない。






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αでもβでもなくΚブロガー「正直に本心を吐露すること自体は悪くない。だがそれをしてよいかよくないか、してよい相手かそうでないか、の違いは厳として存在する」
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