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糖尿病スティグマ:ケアは「言葉」で変わる

『糖尿病治療の目標』が大きく変わった!

日本糖尿病学会が毎年出版している『糖尿病治療ガイド』の中に記載されていた「糖尿病治療の目標」が大きく変わったのでお知らせします。まず昨年までの「糖尿病治療の目標」をお見せします。

糖尿病治療の目標(2019:2020).001

ご覧のように2019年までの治療目標は「健康な人と変わらないQOLの維持と健康な人と変わらない寿命の確保」と記載されていて、そこには患者を「病人」として矮小化してみつめる専門家の眼差しが感じられ、糖尿病をもって生きる「人」に対する配慮が感じられない内容でした。

続いて、2020年の治療目標をお見せします。

糖尿病治療の目標(2019:2020).002

それに引き換え、新しい治療目標には糖尿病をもって生きる「人」に対する配慮が感じられます。そこには患者の権利擁護活動(アドボカシー)の大切さ、社会的スティグマを取り除くことの重要性が盛り込まれ、「普通の人と変わらない人生を送ること」をめざしています。つまり糖尿病患者を「病人」としてではなく、「社会的存在」として見つめようとする眼差しが感じられます。これは僕には大きな前進と感じられました。欲を言えば、「健康な人と変わらない」の「健康な人」という表現は不適切だと思います。アドボカシー運動が盛んな欧米ではこうした表現が肥満や糖尿病をもつ人々にスティグマを与えるとして、その使用を戒めています。

スティグマと糖尿病アドボカシー

スティグマとは「先入観や固定観念で、人が望まないような特性で個人にレッテルを貼ること」で、最近の研究は、社会的スティグマが糖尿病のセルフケア管理に悪影響を与えることが報告されていて、2000年以降、欧米では大変注目されています(Diabetes Educ 2009,35:285-292)。

アドボカシーというのは直訳すると「権利擁護」という意味で、糖尿病患者さんが社会から差別(スティグマ)を受けることなく、生きていくことができるように支援していく活動を指します。日本ではアドボカシー活動の遅れが指摘され、日本糖尿病学会も昨年から力を入れ始めています。

スティグマを生む言葉

米国糖尿病学会はスティグマを生むさまざまな言葉”stigmatizing terms”を紹介し、言葉の使い方や態度について啓蒙しています(Diabetes Care 2017;40:1790–1799 )。その代表的な単語や形容詞を以下に列挙してみます。

“Uncontrolled”    コントロール不良
“noncompliant”   ノンコンプライアント
“nonadherent”   ノンアドヒアランス
”lazy”        やる気がない
“unmotivated”    病識がない
“unwilling”      やる気がない                                                                                        " don't care"               病識がない
“Nondiabetic,Normal"  健常者                                                                    "Good,Bad,Poor"  良い、悪いという価値判断の押しつけ

医療者が何気なく使っている言葉の多くが当事者にスティグマを与えていることが分かります。コンプライアンス、アドヒアランスという概念やコントロール理論などもスティグマを生む概念と考えられているので注意が必要です。

「人」と「病気」を分離するという提案

アドボカシー運動の中で重要なことは「人」と「病気」を分離するということです。米国糖尿病学会ではそのことをPerson-first language (病気ではなく、人を第一にした言葉)と表現しています。例えば、先ほどスティグマを生む言葉として挙げた「健常者」という言葉はPerson without diabetesと呼び、糖尿病患者のことはPerson with diabetes(PWD)と表記することを推奨しています。近年、欧米の学会の抄録では糖尿病患者に代わる言葉として、このPWDという表記が使用されているようですが、とても大切な提案ではないかと考えます。

コントロールという言葉のもつ暴力性

医療専門職は日常的にあまり深く考えずにgood control、poor controlという表現を使っています。しかし、こうした価値判断を押しつける表現が当事者に大きなスティグマを貼ることになることを、私たち医療専門職は知らなければならないと思います。以下に米国糖尿病学会の論文から引用します。

「コントロール」という概念は時間とともに進化している。 糖尿病における「コントロール」の使用は臨床研究からもたらされ、DCCT(1型糖尿病を強化治療群、標準治療群の2群に分けて行われた研究)以降強化された。 時間が経つにつれて、それは「能力」あるいは「コントロールできる」「コントロールの欠如」として認識されるようになり、今日糖尿病について議論するとき、このコントロールという言葉が強調されるようになった(Diabetes Care 2017;40:1792)。

最後に

以上、糖尿病学会が発行する糖尿病治療ガイドに記載された「糖尿病治療の目的」の変更から想起された想いを、スティグマという観点から述べてみました。今後も糖尿病臨床に携わる人間のひとりとして、アドボカシー活動に関わっていきたいと思います。最後までお読みいただき、有り難うございました。

                                   

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