たとえ事実であっても誇大に見える表現は嫌いだ。
我が家は4LDK、その中の一室である僕の部屋には滝がある。滝の前には噴水があり、その脇には暖炉があり、ベッドはクィーンサイズを一人で使う。キッチンとは別に、部屋の中にはワインセラーと冷蔵庫があり、壁一面が本棚になっていて数百冊の良書が並ぶ。間接照明に彩られ、寝るときには無数の星が天井に輝く。
全て事実だ。
どうだろう。これだけ聞くと、トンデモなく広く、立派な豪邸か何かに住んでいると思われるかもしれない。
でも、実際にあなたが僕の部屋に来たら、「あれっ?こんなもん?」と思うだろうね。
だって部屋は8畳を少し広くしたくらい。滝も噴水も暖炉も卓上サイズ。まとめてちゃぶ台に乗るほどの大きさだし、クィーンサイズのベッドも、子供が産まれる前に夫婦で使っていたものを流用しただけ。部屋に合わぬ大きさだ。
ワインセラーは8本しか入らない小型のものに5000円以下の安ワインしか入っていないし、冷蔵庫も業務用の中古品でデザイン性皆無。中には賞味期限の過ぎたモノまで…妻には電気代が高いと怒られている。
本棚は圧迫感あってできれば無くしたいくらいだし、ホームプラネタリウムは買った日から3日間使って、その後は年に1回稼動すれば良いくらい。映し出される星も安っぽい。全部間接照明にしたから暗くて、とにかく本を読むのが大変。
まぁとにかく多趣味なオッサンにありがちな、ゴチャゴチャした部屋だ。
それが実態である。
冒頭で書いた内容は事実ではあるけど、読者は事実とは違うイメージを持ってしまう。
所謂『嘘ではない』というだけのこと。
僕はこういう表現は嫌いだ。
魅力を引き出すのは良い。だけど、事実であっても、事実と違うイメージを持たせるのは裏切りだ。
『書くこと』を仕事としている以上、ブログでも、原稿の執筆でも、生のイメージそのものが想像できる表現を心がけている。
たとえ事実であっても誇大に見える表現は嫌いだ。
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