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不安と感覚の密接な関係 Part1

近年、少しずつですが自閉症の方が感覚の困りごとをもつことが知られてきたと感じます。代表的なのは感覚過敏・感覚鈍麻といった症状です。

ですが、自閉症の方のもつ特徴でまだまだ知られていないことは多く、その一つは‘’不安‘’の高さです。むしろ、情動的な反応は鈍いとさえ思われていることもありますが、当事者は強い不安を抱えて日常生活を送り、不安を背景に、傍からは不適応と捉えられる行動が生じている場合もあります。

「いつでも聞いて!」と声をかけても、先生や上司に相談や報告できないような事例は、当事者がもつ不安の高さや、トラウマイベントの累積によって「聞きたいけど相手に迷惑かも…」という思いによって身動きが取れないことに依るということは多いです。

そもそも、不安は危険が迫った時に適切に緊張状態を高め、身を守るための生体に備わった適応的な反応です。こうした場面では、自律神経の調節機能がはたらき、心拍数や脈拍や発汗の増進などが生じ、「闘争か逃走か(Fight or Flight)」と呼ばれる自己防衛反応を取りやすい準備状態が作られます。危険となる対象と立ち向かうか、逃げるかという言葉通りの生理的反応です。

「闘争か逃走か」の反応の他にも「フリージング」という反応も見られることがあります。危険に対して自己防衛反応を取ることができない状態を意味します。これは繰り返し恐怖場面にさらされて取った行動が、その事態を好転させることに結びつかないような経験を繰り返し経験した場合などに、学習された行動として現れることが多いです。

近年の研究によって自閉症者が高い割合で不安障害を併発することが、海外の研究から明らかにされています。2019年に発表されたデンマークの約3万人を対象とした人口統計データを用いた調査では、約20%の不安障害の併発率を報告しています(Plana-Ripoll et al., 2019)。Vasa et al., (2014)など、他の研究と総じて見ると、約20~40%の不安障害との併発率と考えられます。

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不安障害とひとまとまりに言っても、複数の側面から構成されています。その一つ一つをここでは述べませんが、Nimmon-Simith et al., (2019) では不安障害のどの側面に関して、ASD者が定型発達者と比べて特に割合が高いのかを報告しています。下図では、不安障害をもつ人の中でのASD者の割合を、その各側面ごとに棒グラフで表しています。右側の二つ(Mixed anxiety/depression, Unexpected anxiety disorder)が特に黄色のバーが高く見えますが、これらは複合的な要因によって生じる不安障害で、特定の側面に帰属することが困難な面についての割合を表しています。注目していただきたのは、社会不安性障害と強迫性障害でASD者が定型発達者との比較で、自閉症者がかなり高い割合を示していることです。

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社会不安障害の割合が高いのは、冒頭でも述べたように、ASD者が決して社会的な情報に対して鈍感なわけではなく、むしろ元々もった特性と、それによる経験によって、社会的な場面に強い不安をもつようになったことを示しています。強迫性障害は、そうした不安を軽減させるための行動として、自分の中で不安を生じる事態を抑えると無意識に学習した行動を繰り返すことになったことを意味します。

ここまで聞くと、自閉症者の高い不安は、心理的な問題によって説明できると考えられ「な~んだ、気持ちの問題かぁ」と自閉症の方に対してしばしば生じる誤解をもつ人もいるかもしれません。

感情・情動状態を強化する刺激によって活動が高まる脳部位として代表的なのは扁桃体です。情動的な顔を表した顔を視覚的に提示した時の脳活動を調べた研究があります(Herrington et al., 2017)。怒った顔を提示した時の脳活活動を機能的脳画像計測(fMRI)で調べると、不安尺度(STAI)で高い得点を示した自閉症者では、両側の扁桃体の神経活動が、不安の低い自閉症者、定型発達者と比べて高いことが分かりました。また、自閉症者全体の不安尺度の得点の高さは、右側の扁桃体の活動の強さと相関し、不安が高い人ほど右扁桃体の神経活動が強いことが分かりました。

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以上をまとめると、自閉症者では、その症状と何らかの理由で不安が併存しやすい状態にあり、その状態は自律神経や中枢神経(脳)の活動の神経生理的な状態を背景にしていると考えられます。こうした状態は、自閉症の方々の中核的な症状と考えられている社会性やコミュニケーションで見られる特徴と密接に結びついていると想定されます。誰しもが不安などの強い情動状態があって、社会的な場面でうまく立ち振る舞うことができず、その行動を悔い、また同じ場面でその時のことを再び想起するということを経験したことがあるでしょう。当事者の困難の背景には、こういった苦しみを更に強めてしまうような生理学的な背景があり、いっそう社会的な場面での立ち居振る舞いを困難にしていると想像すれば、どのような配慮があると当事者の本来もつ能力を開花できるかのヒントになるのではないでしょうか?

次回は、不安を高めるような状態が知覚を変化させ、感覚が敏感になるメカニズムについて研究を紹介していきたいと思います。

引用文献

Plana-Ripoll., Pedersen., Holtz., Benros., Dalsgaard et al., (2019). Exploring Comorbidity Within Mental Disorders Among a Danish National Population. JAMA Psychiatry, 76(3), 259-270.

Vasa., Carroll., Nozzolillo., Mahajan., Mazurek., et al., (2014). A systematic review of treatments for anxiety in youth with autism spectrum disorders. Journal of Autism and Developmental Disorders, 44(12), 3215-29.

Nimmo-Smith., Heuvelman., Dalman., Lundberg., Idring et al., (2020). Anxiety Disorders in Adults with Autism Spectrum Disorder: A Population-Based Study. Journal of Autism and Developmental Disorders, 50(2), 308-318.

Herrington.,  Maddox., McVey., Franklin., Benjamin., et al., (2017).Negative valence in Autism Spectrum Disorder: the relationship between amygdala activity, selective attention, and co-occurring
anxiety, 2(6), 510-517.\

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