デイヴィッド・カニングハム——聴取空間(リスニング・ルーム)

『musée』Vol.43(2003年5月)

 デイヴィッド・カニングハムといえば、あのフライング・リザーズのことがまず頭に浮かぶ人もいるだろうし、あるいはまた、ディス・ヒートやマイケル・ナイマンの作品のプロデューサーとしてその名を記憶している人もいるだろう。そして、このアイルランド出身のアーティストが音楽活動以外に美術の領域でも活動しているということも、これまで少なからず紹介されてきた。もちろんカニングハムがアートスクール出身であることはよく知られているし、そうした彼のアート指向は、フライング・リザーズのファースト・アルバムにおけるジャケットのデザインなどからも伺うことができた。また、実験音楽や現代美術といったカニングハムのバックグラウンドと指向性が色濃く反映された彼自身の主宰するピアノ・レーベルからは、演奏者があるフレーズを反復し、そのうちに演奏者が起こした演奏上の失敗(エラー)を演奏に反映させ、それを反復するということを繰り返すという「エラー・システム」なる方法論を用いて制作された、彼のソロ・アルバム『グレイ・スケール』が、フライング・リザーズでの活動に先立つ一九七六年にリリースされている。また、同レーベルからは、やはり英国の映像作家でもあるトニー・シンデンのLPなどもリリースされている。現在新たに再開されているピアノ・レーベルからも、カニングハムとは長年の付き合いになるスティーヴン・パートリッジの映像作品とのコラボレーションを収めたCD—ROMや、パン・ソニックらをメンバーとするユニット「ルード・メカニック」のライヴ・インスタレーションの録音をリリースしている。
 そして、現在カニングハムは、《ザ・リスニング・ルーム》というインスタレーションのシリーズを九三年以来継続している。スパイラルより発売されたコンピレーションCD『サイレンス』にその録音が収録されていた(再発切望!)。また、先頃英国のテート・ブリテンで開催されていたトリエンナーレ「デイズ・ライク・ジーズ」にも出品されていた作品《ア・ポジション・ビトゥイーン・トゥ・カーヴス》は、美術館のサイド・エントランスにひっそりと設置された、題名のとおり、入口の両脇にある二つの曲面の壁に挟まれた空間におけるサウンド・インスタレーションであり、その向き合う壁面に設置された二対のマイクとスピーカーによって起こるフィードバックが、ある閾値を超えるとノイズゲートによってカットされるというシステムによる作品である。観客自身がいる空間を聴く、というコンセプトによるこの作品は、観客が音を出すことによってではなく、観客が空間を移動することによって空間の状態を変化させ、それに反応して変形する「音による彫刻」とも言える。しかもそれは、すぐにはっきりとは知覚されないが、観客が空間の状態の変化とそれに伴う音響の変化に関与するという意味でインタラクティヴなものでもある。また、そこでは、空間と観客という要素によって「自己生成する音楽」とでも言えるものがサウンドしている。


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