『わ』たしが如何にして映画を好くに至ったか〜オジサンズ・トーキング・アゲイン〜

 何故私が映画鑑賞を趣味にするに至ったか、という話を覚えている限りでも2回はnoteに書いている。そして今回も書く。おじさんは同じ話を何回もするので仕方のないことである。
 ただその実、おじさんたちは全く同じ話をしているようで、他で同様の話題を話しては細かくブラッシュアップを施し、話のウケや流れや表現といったところを調節したものを再度披露している。いわば落語のようなものである。前の一席と今の一席、同じ噺ではあるが出来としては全く別のものと言っても過言ではない。
 ……という例えを恐らく2回目の同じ話を書いたときにしている。でもまた書いた、今のところこのツカミの最適解なので。

 と、言うワケで過去2回書いたことをまた再度書くのだが、まぁ当然その過去作を見返す……なんてことはせず、また自分の思い出す通りにつらつらと書き連ねていく。当然、過去のものと若干の齟齬が発生する可能性はあるし、新事実や正反対のことを書く可能性はあるが、まぁバットマンで言うところのジョーカーの過去みたいなもんだと思ってもらっていい。どれもあの時聞かれたオレがそう答えただけで、どの過去でも結果としてこうなるからだ。


 映画を好くに至るその起点となるのは、私の父親である。と言っても父親は別に映画関係の仕事をしていた訳でもなければ、特段頻繁に映画館へ連れて行ってくれた訳でもない。映画との関わり方としては恐らく各ご家庭のものと変わりないと思う。むしろ映画の鑑賞経験として甘やかしてくれたのは母親のほうであって、頻繁ではないにしろよく友人たちと一緒に映画館へ連れて行ってくれたものである。

 と、ここまでだと父親の影響なぞ微塵もないように思えるが、起点となり得たポイントはこうした経験ではなく父親の考え方にあった。幼少期の娯楽といえば、テレビにゲームに漫画であった。テレビはさておき、ゲームや漫画をあまり買うことがなかった……というより買う許可が出なかった私はその手の話題、ましてやゲームともなるとそれはもう疎外感がスゴかった。一つの機体に集まって遊ぶものならまだしもポータブル機を持ち寄るものとなれば、まず本体を買わねばならず、次にソフト、最後に技術が必要になる。その最初の段階から立ち止まっているわけだからそれはもう遠くから眺めるしか出来なかった。同じゲームを持ってないから以降遊ばなくなるような薄情な友人たちではなかったにしろ、そのやるせなさたるや否や。

 まぁこうなると当然親にねだる流れになるのが子供の道理であるが、これをねだらなかったもんだから今後年に反発が来てるんだぞ。端から諦めず少しくらい駄々こねりゃあよかったんだ。
 ……話が逸れた。まぁ平時にゲーム機とソフトをねだることこそなかったが、漫画本を買うために小遣いを要求したことは多々あった。結果こそ惨憺たる打率な上、恐らく大半の方がこうした要求の棄却時に受けるもはやテンプレートのような返答をされ続けた訳だが、そのうちの一つとして父親からこう言われた。

『漫画を買うくらいなら映画でも行ってこい』

 今思えば決して映画を優れたものとして扱った上での発言ではなく、後年親父が娯楽にバッチリ傾倒しだした時に発覚した好みのジャンルから察するに「漫画も映画もくだらないが、どうせくだらないものに金を出すなら映画のほうがいい。」とした上での子への発言である。父子の交流を期分けするならば、一番父親に畏怖の念を覚えていた頃での発言だったことが相成ってそれはもう深く脳に刻まれている。
 が、この時はまだそう言われた止まりだった。

 そこから時が進み青春時代。部活も勉強も上手くいかず稀に嘘ついてバックレることもあり、高架下で時間を潰していたこともあった。そんな中、ふと先ほどの言葉が脳裏に浮かんだのち、青春時代特有の好意的な解釈を生み出す。

『映画に金使う分には文句ないのでは……?』

 第一次映画鑑賞期の到来である。
 これを機に嫌気が差した時にふらりと映画館へ立ち寄るようになった。動機こそ不純なれどこうした外部から経験を得ることが変に功を奏したのか、嫌気こそ無くならないものの逃避をするまでには至らず、土日や放課後以降の時間を使って映画を観る趣味が出来た。

 またまた時は進み大学時代、慣れない一人暮らしと高校までとは違う大学生活への適応にしくじり精神をものごっつりやらかす。横になったまま外の電信柱に留まる鳥を見て日が暮れていく生活を送り続け、まだ活気溢れる頃に組んだ履修計画のうち半分を落とし、電話口に親に泣かれ、あとは……っとこの辺はまた別の機会に。
 ともかく、暗黒期と例えるに相応しい暮らしをしていた。今でも五本の指のうちに入るほどダメな時期を送っていた訳だが、まぁこんなことをしてると学生課からお呼び出しがかかるわけで。
 ただ、この時対応してくれた方が良かった。面談はまぁ如何にしてこの不甲斐ない生活となったかを説明することになったのだが、終わり際にこう聞かれたのだ。

『とりあえず、やりたいことやってみようか。』

 次の日、これ当然とばかりに大学をバックレた私は肉を食いに行った。肉を食べたかったからだ。久方ぶりにちゃんとしたものを食べ、外と触れ合い、帰って今までの愚かさにひとしきりヘコんだのちに、過去の心の支えを思い出す。

 第二次映画鑑賞期のはじまりである。

 その後、なんとか残りの履修計画からまだ挽回できるものを拾い集めたり、2年次以降で各種単位を回収に奔走するなどして留年は免れた訳だが、一人暮らしという集団生活の縦軸を外れた生き方は映画を鑑賞するという行為に浸かるには十分すぎる時間を有していた。

 そして今、時間も金も自在に動かせる第三次鑑賞期に至っている。独身街道をひた走っている最中のためこれを最終過程とするかは断言できないところではあるが、まぁこれで死んでもあんまり悔いはないかなとも思いつつある。
 面白い映画を観て、エンドロールと共に死ぬ。後始末を考えなければ趣味に生きるものとしては冥利に尽きる死だ。実現の望みは薄いが、いつか死ぬならこう死にたい。

 ただ悔しいかな、映画館へ足を運ぶたびに面白そうな映画の予告編やビラを見つけてしまう。せめて死ぬ前に、この作品とかを観てからにしたい。あと1……2……3……いや、そういやあの作品の続編が再来年あたりで……確かあれはそろそろ公開からこのくらいだからリバイバル上映なんかもやるかな……
 まずいな、これじゃいつまでも死ねない。

 私の人生の上映時間は、まだまだ長くなりそうだ。