自動運転でも中国がリープフロッグするかもしれない/野口悠紀雄
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※本連載は第9回です。最初から読む方はこちら。
現在の社会構造は、「自動車は人間が運転する」という前提で組み立てられているため、自動運転が技術的に可能になっても、実際の導入は容易でないでしょう。ところが、中国では、政府が社会構造を自動運転に合わせて改革してしまう可能性があります。
◇技術的にはアメリカがリードしているが
EVにおいて中国がリープフロッグする可能性が高いことを、この連載ですでに述べました(「中国はEVにリープフロッグする」)。
自動運転に関しても、中国がリープフロッグする可能性があります。国が自動運転導入のために、社会制度を改革するからです。
純粋に技術的に見た場合、自動運転で圧倒的にリードしているのはアメリカです。
とくに、アルファベット傘下のウェイモとGM傘下のクルーズです。
2018年の走行距離は、ウェイモが約202万キロメートルでトップ。2位のGMクルーズが約72万キロメートルでした。
中国では、トップの百度が約3万キロですから、比較にならないほど遅れています。
ウェイモの自動運転車の走行距離は、中国の全自動運転車の走行距離の合計を上回っています。
しかし、だからといって、ウェイモの自動運転車が公道で一般的に利用される最初の自動運転車になるとは限りません。
なぜなら、アメリカで自動運転を公道で導入するには、様々なハードルを乗り越える必要があるからです。
特に厄介なのは、事故が起きた場合の責任です。アメリカは訴訟社会ですから、自動運転の車が事故を起こした場合に、誰が賠償責任を負うのかなど、様々な問題が起こるでしょう。この問題が解決されないかぎり、一般の自動運転車が実際に公道を走ることは難しいでしょう。
◇中国では社会制度を自動運転に合わせる
ところが、中国では、この問題を回避できるという指摘があります。
「強権で進む中国の自動運転(英『エコノミスト』)」 ( 2019年10月21日、日本経済新聞に掲載)は、次のように指摘しています。
「ソフトが対応できるよう道路に自動運転車を誘導するセンサーの設置、人の移動を制限する法律の制定・施行、さらには事故が起きた場合の自動運転車メーカーの法的責任を限定する。
いずれも訴訟がすぐ起きる欧米の民主主義社会では実現が難しいが、一党独裁体制の中国だからこそできることだ。」
さらに中国では自動運転車の走行を容易にする都市を設計(または再開発)したり、新しい都市を作ってそれを自動運転のために適した構造にすることも行なわれています。
例えば、自動車はすべて地下を通る新しい都市を建設することも計画されています。これも政府が主導するからできることです。
以上をまとめれば、つぎのように言えるでしょう。
アメリカや日本などでは、まず社会が要求する安全の基準があり、これを満たすように自動運転の技術が高められなければなりません。
それに対して中国では、「まず自動運転ありき」という方針で、社会の制度や構造を、自動運転に合うように変えてしまう、ということです。
こうしたことを考えると、自動運転の普及が欧米より中国の方が早いというのは、大いにあり得ることなのです。
◇すでに業者が入っている場合には、新しい技術は導入しにくい
前記『エコノミスト』の記事は、もう一つの興味深いケースを紹介しています。これは、道路を掃除する自動ロボットを製造し、これを市に販売している中国のメーカーの話です。
中国企業は単純作業を自動化して利益を上げることで、完全自動運転に向けた開発を前進させられる。しかし、アメリカではそうはいかない、というのです。
アメリカで道路を掃除するロボットを自治体に提供したいと考えても、ほとんどの自治体は既に複数の道路清掃企業と契約しているため、そこに入り込むのは容易でない。
したがって、この面でも自動運転で中国がリープフロッグするだろうというのです。
「すでに業者が入っているから自動化できない」というのは、アメリカだけの問題ではありません。日本の場合を考えてみると、もっと大きな問題になると予想されます。
◇法体系の大きな修正が必要
ここで、当然のことを改めて思い出していただきたいのですが、完全自動運転は、現在の法体系では公道を走ることが認められていないものです。
自動車は人間が運転するという大前提に立って、全ての仕組みが作られています。
ですから、運転手がいない車を認めるためには、法律の体系を大きく変えなければなりません。それは気が遠くなるほど大変なことです。
自動車に新しい技術を導入する場合に、これほど大きな法体系の変更を要するということは、これまでありませんでした。
EVにしてもハイブリッドカーにしても、技術的には難しいのですが、法体系の大規模な改正は必要とされません。
ところが自動運転の場合には、状況が全く違うのです。
◇強い反対が予想される
法律を改正するといっても、多くの人が新しい技術の導入に賛成しているのであれば、問題はありません。
自動運転の場合にも、それに賛成する人はたくさんいます。とくに自動車の運転が面倒だとか危険だと考えている人の立場からいえば、1日も早く導入することが望まれています。
しかし、自動運転車が登場すれば職を奪われる人も大勢いるのです。
まず、タクシー、バス、トラックなどの運転手が失業します。これらの営業車を無人化することについては、運転手からの強い反対が予想されます。
さらに、現在の形態の自動車を前提にしたガソリンスタンドや駐車場、あるいは修理工場なども、問題を抱えることになります。
そして、現在のタイプの自動車を製造しているメーカーやその労働者、部品の供給メーカーも大きな変化に見舞われます。
第2に、自動運転になると事故が減ることから、自動車保険に対する需要が急減することが予想されます。損害保険会社の最大の収益源は自動車保険なので、これによって大きな打撃を受けるでしょう。
第3に、交通警察が、現在のように大量の人員を必要としなくなるでしょう。これをどうするかも大きな問題です。
さらに、完全自動運転になれば免許が必要なくなる可能性がありますが、免許事務とそれに付帯した自動車教習所は一大産業となっているので、ここで大きな失業問題が発生する可能性があります。
◇日本ではとくに問題となる破壊的な技術
「破壊的な技術」ということが言われます。
技術が新しくなると、古い技術を中心として形成されていたそれまでのエコシステムが破壊されてしまうということです。
とりわけ、失業は重大な問題です。このために、技術的には可能であっても導入されないという問題が起こるのです。
これはリープフロッグとは逆の現象です。
これまで破壊的技術と言われたものが、沢山ありました。例えば、インターネットはその代表的なものです。
しかし、インターネットの場合には、法律を改正しないと利用できないわけではありませんでした。
必要なインフラを整備すれば、インターネットを利用できました。自動運転に比べると、事前の社会的制約は、はるかに弱かったのです(ただし、事後的には、それまでの社会構造を大きく破壊しました)。
しかし、最近になって、破壊的であるという理由で利用ができない技術が増えています。
ライドシェアリングが日本で導入できない大きな理由がこの点にあることを、すでに述べました(「シェアリングはなぜ中国で進展し、日本で進展しないのか」)。
今後、このような技術はさらに増えるのかもしれません。
◇新しい技術の導入に国家の力が必要なのか?
以上述べたことには、これまで述べてきたリープフロッグ現象とは異なる要素が含まれています。
「遅れていたものが追い抜く」という意味では同じなのですが、追い抜ける理由・原因が違うのです。
これまで述べたケースでは、遅れていたことそれ自体が原因でした。例えば、中国では、固定電話が普及していなかったというまさにそのために、インターネットが広がったのです。
自動車の場合に、人間が運転する自動車に適合した社会構造がすでに出来上がってしまっていて、そのために自動運転という新しい技術が導入できないという事情があります。
自動車社会がまだ完全に形成されていない中国において自動運転が導入しやすいという面は確かにあり、その点では、これまでと同じようなリープフロッグだと解釈することができます。
ただ、「国家による強権によって革新的な技術が導入できる」という点が違うのです。
これまでも、 新しい技術のために国家の支援が必要とされる場合がありました。まず、基礎的な研究開発について国の援助が必要ということについては、広い社会的な合意が形成されています。
新しい技術の利用のために、社会資本の整備が必要とされる場合もあります。
自動車の場合には、舗装道路というインフラストラクチャが必要であり、このために膨大な投資が必要とされました。ただし、それは新しい需要の創出という意味で、経済的にはむしろ歓迎されたのです。
これと、自動運転を導入するために様々な社会的な仕組みを変えることとは、性格が大きく違います。
中国では、我々が理想と考えている市民社会が実現されておらず、国家の力が強いから新しい技術を使えるという面があるのです。
これを望ましいこととして受け入れてよいのかどうかは、未来社会の方向付けに関連する、きわめて重要な問題です。
(連載第9回)
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■野口悠紀雄(のぐち・ゆきお)
1940年、東京に生まれる。 1963年、東京大学工学部卒業。 1964年、大蔵省入省。 1972年、エール大学Ph.D.(経済学博士号)を取得。 一橋大学教授、東京大学教授(先端経済工学研究センター長)、 スタンフォード大学客員教授などを経て、 2005年4月より早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授。 2011年4月より 早稲田大学ファイナンス総合研究所顧問。一橋大学名誉教授。2017年9月より早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問。著書多数。
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