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カリヨン巡り:ハウステンボス(長崎)カリヨン・シンフォニカ

世界カリヨン連盟の正式なカリヨンリストに載っている楽器は日本に3台あるのですが、そのうちの1台がハウステンボスにあることは知りながらも、楽器が現在どうなっているのか、誰にもわからない時期が長らく続いていました。大昔、設営されて直ぐの頃にはカリヨン奏者として招聘されて演奏したことがある人もいたようで、欧米の奏者からはたまにそういう話も聞こえていたのですが、近年では経営母体であるハウステンボスの運営状況からもその維持はなかなか大変であろうことは想像に難くなく、ベルギーの奏者の間では、鐘は売り飛ばされたらしいという噂まで聞こえていました。折角の貴重な「本物のカリヨン」の行方を案じながらも、どのようにアプローチしてよいのかもわからない、というのが、ハウステンボスのカリヨンを巡る状況でした。

転機は昨秋のことでした。ふとしたきっかけからオランダ王国大使館の方に、私がカリヨンの演奏をすることをお話しする機会があり、そこでハウステンボスのカリヨンの状況を話した所、オランダ王国大使館の方からハウステンボスに状況を問い合わせていただけるという、またとないチャンスが巡ってきたのです。そこでつながったハウステンボスの担当の方にコンタクトを取り、ついにカリヨンと対面することが叶いました。

カリヨンが自動演奏すら演奏されなくなってから既に10年以上が経過しているとのことでした。最初のカリヨン博物館から、カリヨン奏者のゴーストに会うお化け屋敷へと改装されてそのようなデコレーションも施されましたが、それでもゲストの心を捕らえることはできず、現在は鐘のある建物の階下のみを使い、VRを使ってモンスターを倒すタイプのアトラクションが運営されています。(下のテント部分の図柄がそのVRアトラクションです)

裏側から入りますと、中には色々なチャーチベルのサンプルが、それこそ16世紀のものから1950年代のものまで飾ってあるスペースがありました。創設当時はカリヨン博物館として設置されていたため、展示用として設置されたものがそのまま残っているようです。ヨーロッパの古い塔では時々昔のベル、それも、カリヨンではなく主に時報専用で使われているチャーチベルをそのように取っておいて飾ってあるところは時々あるのですが、まさかそこまで倣っているとは思いませんでした。

ベルの横には大きな自動演奏用のオルゴールドラムがありました。見ると、すべてワイヤーはつながっていそうです。横に手動のハンドルがあり、オルゴールドラムを回転させられます。少し回すとドラムは動き、さらに、ワイヤーを引っ張ると階上かられっきとした鐘の音が返ってきました。見学中もアトラクションは継続中だったのであまり大きな音を出すわけにもいかず、オルゴールドラムはそれ以上回しませんでしたが、これでオルゴールでも鐘はならせそうなことが判明しました。この時点で既にワイヤーとクラッパーと鐘の連続が少なくとも一部はまともに残っていることが分かった私は大喜びです。

手動演奏の部分はどうなってますか?ということで、階上の鍵盤部分へと一同で向かいます。ありました!お化け屋敷使用のデコレーションになっていてむしろ珍しいくらいの設定ですが、そこにあったのは紛れもない、オランダスタイルのカリヨンでした。鍵盤を押してみると、鳴るではありませんか!しかも多少アクションが柔らかすぎるにしてもむしろ硬すぎるよりはずっと弾きやすく、そしてすべての鐘がきちんとワイヤーとつながっています。

更に横を見れば演奏開始を告げるための小さいベルまで独立してついているという、相当に本格的な設計になっています。

音域は3オクターブ、3度移調されている鍵盤で、足鍵盤は手鍵盤の左側最低音よりもさらに6音下まで設置され、その「はみ出た」鍵盤は手鍵盤の右手の一番上のさらに上に便宜上くっついていました。これは実際に演奏するときはちょっと気を付けないと間違えて叩いてしまいそうですが、テープを張るなどで視覚的にわかるように工夫をすれば大丈夫でしょう。

まともな音が出るカリヨンに私は大興奮していましたが、さらに後ろ奥を見ると、幽霊のお人形がカリヨンを演奏しているようなディスプレイがあり、そこにもカリヨンが見えました。もしやと思い、そちらを見てみると、何とそちらも本格的な練習用鍵盤!

しかも、練習用鍵盤の後ろ側には大抵鉄琴がついているのが殆どで、私の個人所有の練習用鍵盤のようにMIDIで動作する電子の練習用鍵盤もあるのですが、なんとこれは小さい本物のベルが全部揃っているのです!これも音を鳴らしてみたところ、一部鍵盤とワイヤーの連動が上手く行っていないところはありますが、概ね演奏可能なものでした。正直なところ、今まで見てきた練習用楽器の中で最も贅沢な練習用楽器と言って過言ではありません。

最初に練習用楽器を見た時は埃にビックリしましたが、これはお化け屋敷ディスプレイの飾りでした。お化け屋敷としての展示の時はカリヨン奏者の人形がこの前に座って来場者を迎えるだけの仕事だったようで、勿論カリヨン本体で演奏会をする前に練習できるようにということで揃えられたのが本来だったと思うのですが、それにしてもお人形は随分贅沢な身分だなと羨ましくてなりません(違)。

見学を案内してくださった担当の方の計らいで少しだけ入場者を止めていただき、試し弾き程度ですがほんの少しだけ演奏させてもらいました。飾り台のために椅子の高さが合わず、足鍵盤を使いながらの演奏は技術的に難しかったのですが、音はとても澄んでいて可愛らしくそして美しく、全体に素直なキーレスポンスで、仮にお化けが住んでいても化けて出る前に成仏しそうな位、癒される響きのカリヨンでした。

鐘もワイヤーもはすべて屋内に設置されており、雨風からは完全に遮断されている上に、外気も佐世保の穏やかな気候ですので、たとえ10年以上演奏されていなかったとしても驚くほどわずかな劣化のみでここまで経過できたのでしょう。おそらく、世界的に見ても相当に保存状態の良い、そして元々の楽器そのもののクオリティも高い、非常に価値あるカリヨンだと言えます。

担当の方々は随分放置されていたのでとても演奏できる状態ではないと思っていた、とのことです。元来が町のお知らせの鐘で丈夫な造りですから、そんなにデリケートなものでもないのですが、世の中の楽器というものはほとんどがデリケートなものですし、演奏できる人が見なければ楽器が使えるかどうかはわかりませんから、そう思われていたのも仕方のないことです。

カリヨン演奏者は塔の奥で弾くものなので多少演奏する部分の周りが散らかっていても片づけなくても大丈夫、下にVRのセットが置いたままでもリフォームの必要なし、楽器そのものはいつでも演奏可能、となれば、ほとんど手間暇ゼロですぐにでも楽器として演奏を復活させることは可能です。しかし、現在建物ではVRアトラクションが運営されており、VRアトラクションとしてのキャラクターイメージを確立するためには「そこでカリヨンの音色も楽しめます」という異質のものが存在するのは都合が悪いかもしれません。

とはいえ、「本物の鐘の音が楽しめるテーマパーク」というのは日本で唯一、ハウステンボスだけが持つ価値でもあります。「鐘の音色が聞けるテーマパークでやってみたいこと」がある人も、きっといるのではないでしょうか?フランドル地方のグローテマルクト(広場)のように、生演奏を聴きながらビールとセロリ塩を付けたゴーダチーズを食べるとか、あるいは結婚式とか(トロントでは結婚式での演奏を頼まれるケースもありました)、はたまた舞踏会とかも、宮廷のみやびやかな装いの人々の踊りも良いでしょうし、ブリューゲルの農民の踊りの絵画のようなダンスでも良いでしょう。周りの素晴らしい建物群と合わせてオランダの空気そのものを体験していただくのも、いい機会かもしれません。

これまで演奏者が外国からの招聘のみでしかカバーできないものだったとしたら、確かに頻繁に招聘することは難しかったかもしれません。(他のアトラクションには外国からのミュージシャンも多数参加しているようですが…)
しかし、今なお素晴らしいコンディションで本格的な音色を楽しめる可能性があるとわかったなら、楽器のためにも、音楽文化のためにも、オランダ文化の理解のためにも、何とかカリヨンが生かされる道が開けることを祈ってやみません。

※今回の内部見学に際し、ハウステンボス・パーク運営部の皆様には大変お世話になりました。末筆ではありますが心より感謝の意を表したく存じます。

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