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「雪ト逃ゲル」 島本理生

「ほかの人にプロポーズされたから結婚する」
と切り札のように告げた。Kはしばしぽかんとしていた。私はまだ若くて今はもう似合わない短いプリーツスカートから膝を出していた。
「セックス抜きでもいいって。私がいるだけでいいって」
真剣な声を出しながらも、心のどこかで復讐を遂げたような達成感を覚えていた。
 (p.147)

「エッチしてなくても、同じように会ってくれてた?」
酔いにまかせて、ずっと聞きたかったことを聞いてみた。

「当然でしょ」
そう言って私のおでこに軽くキスをした彼は、その30分後、家へと帰っていった。

彼の帰りを待つ人のもとへと。

愛の始まる瞬間など、端から本人にしか分からない。どんな理由からにせよ突発的に感情が決壊して、気が違うほどのことを自分自身に許す最大の激しい間違いが愛ではないかと。 (p.155)

彼を見送ったあと、キッチンの前に座り込んだ。

言葉なんて、何だって言えるのだ。
彼の言葉が真実でも嘘でも、これが現実。

何も変わらない。

罰は、罪を犯したから当たるわけじゃない。罪を犯したことそのものが罰なのだ。なぜならこんなにも苦しい。 (p.144)

ひとりで、窓の外の景色を眺めた。
橙色の月が輝いていたが、「月がきれいね」なんて言える人は、もう隣にはいなかった。

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「雪ト逃ゲル」 島本理生 『夜はおしまい』(講談社、2019) 第3話

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