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短編小説「始めたばかりですが、よろしくお願いします」

マッチングアプリだよ

恋人と出会ったきっかけを聞くと、友人たちは皆口を揃えてそう答えた。
少しはにかみながら恥ずかしそうに。時には、堂々と。
でも、今の時代は当たり前でしょ、と続く。

いずみんもやった方がいいよ、と言われ続けてついにアプリをインストールした。
Findalと書かれたモノトーンのシンプルなアイコンが、マッチングアプリなんかじゃありませんよみたいな顔をしてホーム画面に並んでいる。
今の時代は当たり前でしょ、と私も思うけれど、いざインストールしてみると、知らない人と会うなんてと怖くなってそのまま寝かせてあった。

使ってみようと思い立ったのは、ハマっている今期のドラマで主人公とヒロインが知り合ったきっかけがマッチングアプリだったからだ。人気俳優の北岡くんみたいな人はアプリにはいないって分かってるけどね。

本名で登録するのは憚られたので、MIとイニシャルを入力した。
プロフィールには「始めたばかりですが、よろしくお願いします」と書いておく。

一通り登録が済むと、まるでショーケースに商品が並ぶように続々と男性の顔が流れてきて、その異様さにギョッとしてしまった。ここに載っている人たちが全員存在していて、それぞれに生活を送っていると考えるとクラクラした。

いざ始めると、本当にマッチしたらどうしようと不安になる。初めましての人と会話をするのが得意なタイプではないし、マメな連絡もできない。

とりあえず、こんな人となんて絶対釣り合わないでしょってくらい素敵な男性にだけハートを送ってみよう、と決めた。

画面の上でひたすらに指を滑らせていく。
顔が写っていない人はパス、同じような自撮り写真を何枚もあげている人はナルシストっぽいのでパス、精神年齢が低そうな人はパス。
自分の性格の悪さが嫌になるが、この場所ではきっとお互い様だ。
アプリで盛ってる写真はパス、ぽっちゃりはパス、地味顔はパス、そうやって私も誰かにパスされている。

突如、指を止める。
横顔の写真しかないけれど、昔好きだった人に似ている。
大学2年生の時にバイトしていたビストロのシェフ、栗木さん。身長が180cmくらいあって、ふわふわの天然パーマだった。作ってくれる賄いが美味しくて、私はバイト初日から恋に落ちた。
オーダーをとったり、テーブルを拭いたりしながらキッチンを覗くと、シンクの高さが合わないのか、少し猫背になった背中が見える。指輪がないことを確認していたのに、しばらくして既婚者であることを知った。料理をするから指輪を外していたのだと気づいた時は、自分があまりにも滑稽で恥ずかしくなって、コンビニで380円以上する高いスイーツを爆買いした。

画面に映る人は天然パーマの横顔がどこか栗木さんに似ている気がして、初めてハートを送る。
年齢が6つ上の「ひろ」さん。栗木さんと同じ年齢だ。
画面にMATCHの文字が出てきて、体と心が一緒に跳ねた。

MI:こんにちは。マッチありがとうございます。


当たり障りのない文言すぎた、何かもう一言送らないと、とあたふたしていると、既読がついて「入力中…」の文字が浮かび上がった。

ひろ:こんにちは。こちらこそマッチありがとうございます。なんて呼んだらいいですか?
MI:まゆでお願いします!なんて呼んだらいいですか?

ひろ:ひろきでお願いします!まゆちゃん、と呼ばせてもらいますね😄

私の中で何かが少しだけ崩れた。
本名は和泉真由で、友達はみんな私を「いずみん」と呼ぶ。幼稚園の頃からそう呼ばれていたので、自己紹介の時には「いずみんと呼んでください」と言うのが習慣になっていた。
でも、栗木さんは私を「まゆ」や「まゆ氏」と呼んだ。バイトはみんな下の名前で呼ばれていたので、私だけが特別なわけじゃないけど、栗木さんにまゆと呼ばれるのは嬉しかった。
だから、まゆちゃん、は何かが違う。それに、下の名前+ちゃんで呼ばれることが久しぶりすぎて、なんなら少しゾッとしてしまう。
いや、でも初対面で呼び捨てするのも違う気がするし、年下の女性をちゃん付けで呼ぶことは一般的なはずだ。この人は何も悪くない。どう考えても勝手にゾッとした私が悪い。

ひろ:まゆちゃんはどんな仕事してるんですか?

MI:私はまだ働いてなくて、大学院生です。ひろきさんは?

ひろ:僕は印刷関係の仕事をしています。

MI:印刷関係…!埼玉県のどのあたりに住んでるんですか?私は板橋区なので、もしかしたら近いかも。

ひろ:蕨市なので、比較的近いですね😌ちなみに、まゆちゃんはどういう出会いが良いですか?


MI:どういう出会い??フィーリングが合うとかですかね?

送ってから気づいた。もしかして、これは、いわゆる「ヤリモク」なのだろうか。
もしそうなら、これ以上やり取りを続けるつもりはない。栗木さんに似ていようが、ブロックすることになるだろう。

ひろ:あ、違います💦ヤリモクとかなのかなと思って😅

自分の心の声が漏れてしまったのかと思ったが、向こうからきたメッセージだった。

ひろ:以前アプリで知り合った女性と食事をしたら、ホテルに行こうとせがまれて怖かったので、確認でした😅

そういうことか。いや、しかしマッチした女性にいきなりヤリモクじゃないですかと聞くのは失礼ではないか?
憤りつつ当たり障りのない返事を送る。

MI:そんなことあるんですね…!私は真面目な出会いを求めていますよ

ひろ:良かったです😅すみません😅あの、嫌だったら断ってくれて良いんですが、もし良ければLINEでやり取りしませんか?住んでる場所も近いのでもし良ければ仲良くなりたいです。嫌だったら全然こちらのメッセで大丈夫です。

念押しの多さに、悪い人ではなさそうだなと思った。LINEの交換はあまり気が進まないけど、せっかくマッチングアプリの海に飛び込んだのだから勇気を出してみるのもいいかもしれない。

MI:いいですよ。LINE IDは…………

*****

ひろきさんのLINEのアイコンは友達との集合写真で、野球のユニフォームを着ていた。
体育会系という点は栗木さんとイメージが違ったが、やっぱり外見の雰囲気は似ている気がする。

その後、何往復かメッセージのやりとりをして食事に行くことが決まった。

hiroki:車で行くので、まゆちゃんの駅の近くで大丈夫ですよ!

Mayu Izumi:ありがとうございます。お店はこことかどうでしょう?エスニック系苦手じゃなければ。

わざと自分の住んでいる場所から2つ離れた駅のお店を選んだ。生活している場所を知られるのは、なんとなく嫌だった。

hiroki:エスニック、なんかオシャレで良いですね😁
ちなみにまゆちゃんは、芸能人だと誰に似てると言われますか?

ああ、この質問をする人か。私が嫌いな質問の一つだ。
綺麗な女優さんやアイドルの名前を言うのも憚られるし、自虐的に男性芸人の名前を挙げるのも違う気がするし、とにかく誰も幸せにならない質問である。

Mayu Izumi:うーん…MMB48のササアヤとかはたまに言われますけど…あんなに可愛くないので💦

hiroki:MMB48のササアヤちゃん!楽しみにしておきます!

hiroki:ちなみに、当日の髭のアリナシどちらがお好みですか??😁

どっちでも良い。どうでも良い。
この数秒のやり取りで、既に合わないのではないかという気もしてきた。
しかし、実際に会ってみたら良い人かもしれないしメッセージだけで判断するのは時期尚早であろう。
だいたい、自分でマッチングアプリに登録して、ハートまで送って、LINEまで交換して、メッセージを送り合っているのにいちいち心の中でツッコミを入れないと耐えられない私もどうかしている。相手に失礼ではないか。

Mayu Izumi:お任せします🥳

にこやかに、普段なら絶対に使わない謎の絵文字を付けた。

*****

当日、現れたのは栗木さんよりもだいぶ小柄な男性だった。話も盛り上がったし、体育会系かと思っていたけどそんなこともなかった。
今の仕事をしながら地域おこし系の会社を作ろうと思っているという事とか、最近別れた彼女がひどく束縛をする人だった事とか、家族の体調が悪くなっている事とか、深い話もたくさんしてくれた。それに応えるように私も深い話をした。

当たり前だけど、マッチングアプリで知り合う人も自分と同じ人間で、家族や友達がいて、仕事や人間関係に悩んでいる。「ひろき」という一人の人間が確かに存在していることを実感して、画面越しに辛辣な評価をしていたことを申し訳なく思った。ひろきさんは真面目で優しい良い人だった。

「もしよければ、次は半日くらいデートしませんか?」
食事の最後にそう言われた。
最後はお互いにぺこぺこと頭を下げながら、では、また、おやすみなさい、気をつけて、などと言い合うたどたどしい解散だった。

Mayu Izumi:スケジュールを確認して、また連絡しますね!

*****

そうLINEを送ってから3日以上が経ったが、私は連絡をできないでいた。

何かがしっくりとこなかったような気がする。

匂いが合わなかったのかもね。
口に出すと、なんだかそんな気がした。
男女には匂いの相性があって、それは遺伝子レベルで決まっている。友達が送ってきた動画の中で、早口のYouTuberが説明していたのを思い出した。

でもよく考えると、その匂いは彼の付けていた香水の香りだったのかもしれない。
いや、もしかすると私が選んだエスニック料理店の香辛料の香りだったのかも。
そんな気もするな。そうだったら、申し訳ないけど。

hiroki:こんにちは!スケジュールどうでしょうか?😁

ポコっという音を立てて届いたLINE。
私は既読がつかないように、そのままトークルームを消した。

寂しさが、胸の奥から湧き上がった。


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