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それで君は幸せになれるの? ~ショートショート~

「またあかんかった!」
 電話口の友人は今日も元気だ。私は見ていたアニメの音量を下げて、彼女の話に耳を傾ける。どうやらまた、男とうまくいかなかったらしい。
「またかよ~。ほんまあほやな」
「もういやや! なんでどいつもこいつもこうなんの!」
 喚くくらいならやめればいいのにと思う。彼女はいつもいつも、だいたい同じ経緯でだめになっているのだから。だから私は笑いながらそれを指摘する。
「すぐヤるからやん?」
「いやだってまあ、楽しいし、求められたら嬉しいやん?」
 返答に苦笑いしか浮かばない。彼女は承認欲求の塊だから、そこに価値を見出しているんだろうなとは思うけれども、それにしてもホイホイと応えすぎだと思う。だから私はそう言う。
「それがあほなんやて」
「はー。結構あの人好きやったのになあ」
 私の返答なんて聞かず、彼女は軽い声音で会えなくなった相手を惜しんでいる。
 彼女は、世間一般的な基準に照らし合わせると、見た目は良い方だ。同性として話していても面白い。けれどどうにも男女の交渉ごとは下手くそだし、めんどくさいのは否めない。実際こういう話をするのだって、もう何度目だ。私がそれを言おうとすると、彼女は違う話を始めた。
「こないだ結婚した友達がさー」
「うん?」
 出鼻をくじかれて、やや勢いがそがれた声で返事をする。
「わたしは計画通りに結婚できたから幸せ! この歳でまだ結婚できてないし彼氏もおらんって不幸まっしぐらやん! って言うてきて」
 思わず笑った。女同士のマウントの取り合い。彼女はよくそれに巻き込まれる、と言うか私と違って、良くも悪くも女社会に生きている。
「確かにさー、社会基準で言うとこの歳って結婚適齢期やからなー、って思ったりもするんやけど」
 そうやってマウントを取るための自慢話も流さないのが彼女だ。まあ、彼女の中に引っかかる部分があったからだろうけれど。私はそういう社会基準を気にしないタイプなので、ふうん、と相槌だけを打ち、夕飯の支度を始めることにする。
「そんなん誰が決めてん! って思ってさ。余計なお世話じゃ! みたいな」
 威勢のよい声にまた笑った。まな板に野菜を並べて包丁を出しながら、思わずツッコむ。
「そんなん言うて、でも結局悩んでるんやん」
 彼女の笑い声が響く。
「そうなんですよねー! 結局世の風潮とかに流されてちゃっかり流されるんですよねー! どうやったら彼氏できるんかなー!」
 そう、彼女はなんだかんだ言って世間の目を気にする。だから社会的にだめだと言われるようなことはやめとけと言うのに、それはできないらしい。今更言っても無駄だと分かっているので、私はとりあえず、先の台詞への感想を告げる。
「けどまあ、悩んではいても、それが不幸やなんて誰が決めたん、って話よな」
「それ! 落ち込むけど、私たぶん不幸ではないわ。それなりに楽しいし」
 けらけらけら、とどこまで本気なのか掴ませないような、軽い笑い声。ならいいんちゃう、と返した私の声に、温度は乗っていただろうか。
 
 不幸ではないと彼女は言う。不幸でないことと幸せであることは違うよ、と私は思う。今のままで本当に後々後悔しないのか、と問いたい気持ちもある。
 けれどまあ、それを問うてもきっと彼女はまだ理解できないだろうし、痛い目を見ないと現状から抜け出せないだろうから黙っている。私の思っていることなんて世間一般の意見そのものだから、彼女もきっとどこかで聞いて知ってはいるんだろう。
 その上で変わっていないのだから、私がわざわざそれをまた言うことはない。

 幸せになるのも不幸になるのも彼女次第。私は心の中だけで問う。それで君は幸せになれるの?

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こちらからお題を拝借いたしました。ありがとうございます。
【台詞で紡ぐ 10のお題】「それで君は幸せになれるの?」
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