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2022年5月のふりかえり|思い通りにゆかない毎日を、自由に生きたい

5月◯日
引越最終便(中旬予定)の受入れ準備をしながら、東京の家でおだやかに暮らす。

代々木公園で友人に会ったあと、「柴田敏雄×鈴木理策 写真と絵画−セザンヌより」を開催中のアーティゾン美術館へ。旧ブリジストン。石橋財団の収蔵品の厚みに圧倒される。地下足袋からタイヤつくってここまで……戦後日本の経済成長には凄まじいものがあるな。学芸員の気合いも伝わってくるいい展覧会だった。

壁に掛かっていた柴田さんの写真にも、鈴木さんの写真にも、すごく惹かれる。けど、もし解説文やレビューを頼まれたらなにも書けないなと思った。そういう意味では「わからない」。美術館で目にする作品の大半は「わからない」、のに「すごい」と感じる。この経験自体が素晴らしいとあらためて思った。なんでもかんでも知的に理解出来なくていい。圧倒的なものには、ただ圧倒されたい。


5月◯日
評判のPARKLETで朝ご飯を食べ、東京都美術館/とびらプロジェクトへ行き、基礎講座「きく力」のレクチャー。コロナ禍でオンラインになった過去二年間分の補講も加えた、朝から晩までの長丁場で「疲れませんか?」と何度も気にかけてもらった。金澤さん(神山/LICHT LICHT)の靴のおかげか疲れない。彼がつくってくれた靴を履くと、踝のあたりが安定して身体がスッと立ち、背骨に一本糸が通っているような感覚になる。

とびらプロ。今年は約50名の新メンバーの中に、3名、耳の聞こえない人がいた。彼らを対象に含む「きく」講座は、10年くらい前はまだ出来なかったと思う。でも耳が聞こえる/聞こえないは問題でない。実際、聞こえているのにきいていない人は沢山いるわけだから。
3名とも終始楽しそうだった。手話通訳に来ていた二人の女性が、互いに離れたところに立ったまま難なく(手話で)話を交わしている姿がカッコよかった。


5月◯日
最後の引越を終えるべく、再び神山へ。荷造りと並行して、いろんな人と挨拶やお別れの時間。

淡路島の加藤賢一・どいちなつさんを訪ね、彼らの「心に風キッチン」で長く語り合った。別れ際にハーブの畑も見せてもらって、妻(たりほ)にこういう空間が必要だと強く感じる。今回の引越で彼女はなにが辛いって、一つには庭先の植物や生き物たちとの別れだろう。でもかなり東京へ連れてゆくようで、毎日なにか鉢上げしている。

2年前に淡路の二人を訪ねたとき、加藤さんが何気なく尋ねてきた「いま、なにに取り組んでいるんですか?」という問いにうまく答えられなかったのが、ずっと心残りだった。いまなら「一つの時期をちゃんと終えることに取り組んでる」と言える。息はしっかり吐いた方がいいし、必要な時間は必要なだけかける方がいいということを学んでいる。大変なことを急いでやるとストレスが高い。けど若いうちは、そんな風に働いたり生きてしまいやすい。


5月◯日
「ハローカミヤマ」の収録。若い2人と、しょうもない楽しい話を交わす。(下旬に公開された)
>https://stand.fm/episodes/6279c3d39238b30007eb144d

帰宅して荷造り作業をつづけていると、庭先に在所の◯◯さんが来た。用件は戸主会年会費の払い戻し。『いいのに…』と思いつつ、引越前に会えたのをこれ幸いと、しばらく立ち話を交わす。

数年前、役場と「まちを将来世代につなぐプロジェクト」に取り組み始めてまもない頃、近くの××さん宅に呼ばれて「町議に立候補しないか」と5時間くらい諭された一件が長く謎だったので、「あれは一体なんだったの?」と訊ねたり(彼も一緒だった)。
昔は地域の家々の序列がより明確で、貧乏な家の子は裕福な家の子と遊べなかった話を聞いたり。
あと、役場庁舎が建て直しで「くみ取り式」でなくなったのをきっかけに、どの家も水洗式(浄化槽型)になって、それと同時に鮎喰川の水がどろっとして、以来泳ぐ気がしない話などいろいろ聞かせてくれた。

中山間地の川には、都市部以上に生活排水が流れ込んでいる。鮎喰川はいまも十分美しく見えるが、◯◯さんは比べようのないほど美しかった頃を知っているわけで、当時の姿を見てみたい。日本中のそれを見てみたいと思う。
以前田瀬さんが「くみ取り式がいちばんエコ」だと話していたけど、近代化による社会衛生の向上はなんだったかな。暮らしを支えて来た住宅産業が、同時に社会を劣化させて来た歴史はよく理解しておきたい。

謎の町議の一件は取るに足りない話だった。「地域の代表者としての議員」という考え方を変えないと社会はつまらないままだと思う。地区も自治体も、地域間競争でもしているような意識が高く内向きだ。そんなふうでは出来ないことが沢山あって、社会全体が行き詰まっているのに。選挙の形から変わる必要があるんだろう。勉強の要ることが多すぎる。


5月◯日
大量の荷物を積んだ引越トラックをなんとか送り出し、翌朝のフェリーで徳島を離れた。この日までの数日間はなかば生き地獄で、睡眠時間も短く、あまり思い出したくない。その合間に交わした大切なお別れの時間はよく憶えているけど。

フェリーのデッキから「あの山の中にいたんだな」と稜線を眺めながら、Twitterに「すべての仕事や働きが、愛をもって行われるといいな」と書いた。神山に限らず、心からそう思う。いくら頭がよくても愛が感じられない社会は嫌。

>日記:May 20, 2022


5月◯日
駒沢大学で市民社会論のゲスト講義。担当の李先生(LI Yanyanさん)が、おそらく留学生時代のことだろう、日本に来て感激した体験談に考えさせられた。

「居酒屋のご主人とか画廊のオーナーさんとか、私が会った人がみんな社会に想いや考えを持っていて、熱心に聞かせてくれた。中国では考えられない。たとえば飲食業に就いている人は一般的に社会的地位が低く、教養もそれほどでいない(西村:どうなんでしょうね)。それが日本に来てみると、街で営んでいる人たちがちゃんと自分の考えを持っていて、それを語る姿を目の当たりにして『これが民主主義なんだ!』って感動したんですよ」

「でも考えてみると、私が感動した人はみんな〝オーナー〟ですね。従業員じゃないんだな…」

夕方から3時間車を走らせて益子へ。大きな物をいくつか、友人の倉庫に預かってもらう。荷物の移動はこれで一段落。本当に疲れた。


5月◯日
先週の緊張と疲れからか、謎の高熱で二日ほどダウン。翌週からワークショップなので、熱が引いてすぐ何度か検査をしてみたところ陰性。多少安堵したものの、豆ちよ焙煎所の東京出店(3日間)に行けなかったのが残念。

熱が引き始めた頃最初に読んだのは、アメリカの学校や図書館で禁書活動が盛んになっているという記事だった。いまどき一体どういうこと?と動揺しながら、倒れる直前にみた映画「教育と愛国」を思い返す。子どもたちの世界認識や、精神の活動領域が狭くなってゆく。


5月◯日
イン神山に「お世話になりました」という主旨の長い写真記事を一本投稿する。こんなふうにして、気持ちを折りたたんでいる。
>https://www.in-kamiyama.jp/diary/65548/


5月◯日
南アフリカが国連の対ロシア非難決議を棄権、という記事を読んだ。
>http://www.tufs.ac.jp/asc/information/post-845.html

私も「民主主義の方が君主主義(専制的な国家)より優れていて正しい」とは思わない。そもそも現代社会は、イデオロギーで切り分けられるほど簡単なものじゃないだろう。

先月の「とえっくラジオ」を思い返しながら、伊勢達郎さんと本を一冊つくった方がいいんじゃないかと考え始めている。トエックには「自由な学校」という言葉が添えられているけど、実際のところ大切に扱われているのは〝自由〟というより、その中で生まれる〝思い通りにいかない〟気持ちだと思う。「思い通りにゆかない毎日を自由に生きる心や身体」が育まれる時間を、伊勢さんたちは積み重ねているんじゃないかな。


5月◯日
遠野のクイーンズメドゥカントリーハウスへ移動。インタビュー関連の三つのワークショップ(2泊・3泊・3泊)が始まる。

長く滞在して、連続的に複数のワークショップを開くのはわりと初めて。今回は全11日間。予算における自分の交通費や、施設利用費も抑えられるので、人数が少なくても多少参加費を下げることが出来る。定員12名くらいで密に開いていた頃に比べると、それでも高くついてしまうのだけど。

5月は長い引越がようやく終わった月。
少なくとも秋口まで、ボリュームの大きい請負の仕事や、マイペースで関われないプロジェクトには参加しない。暮らしを整えて、忙しいと十分に出来なかったことを、たっぷりやる。


先月を振り返るこの書き物を始めたのは、去年の12月だ。団さんがやっているのを見て手が動き、神山の最後の半年間を振り返りながら過ごした。引越しを経て役目を終えた気がするので、このアルバムへの投稿は終了。フォーマットに感謝。日々の様子は、気が向いたとき日記やTwitterに書きます。
>NISH Diary
>Twitter @lwnish