腰痛治療記録 経緯

まず最初に腰を痛めたのは7/16だった。
デッドリフト中、マックス重量を持った後の追い込み中だった。
身体に違和を感じたものの、無理してシャフトを握り立った時、腰の左側にとんでもない激痛が走った。
これが長い腰痛の始まりであった。

ひとまず治療経緯
7/16:腰初めての痛み。ストレッチをするも増す痛みに悶絶し、這う這うの体で帰宅。
~7/23:安静にする1週間。痛みは引いたものの座ることさえ辛い。
~7/30:ようやく痛みが引いてきたので師匠とスクワットを始める。
~8/7:試験期間のため筋トレせず。そのためか腰の痛みも引く。座れるようになる。
ここで「お!全回復したやんけ!」と思ったのが大間違いであった。
試験が終了した翌日、8/8にジムで師匠に会い、腰もいい感じなのでデッドリフトをしようという話になる。
そこでウォーミングアップを始めると、腰に違和感が走る。
「身体が鈍っちまったんだんだ」そう思いデッドを続け、120kgまで引いた後、追い込みで115kgを持つ。1rep,2rep、なんとか上がる。そして運命の時が(思い出すだけで痛い)
3rep、「ぶちゅ…」とまるで何かを押しつぶしたような感覚と、そしてこれまでに味わったこのないような腰の痛みが走った。「まさか」と思った時には遅かった。
その後腰の痛みがじわじわと広がっていき、重量を60kgまで落とすも腰が痛すぎてフォームがガタガタ、師匠にやめろと言われる。
ちなみに師匠はすんばらしく優しいお方で、いつも「大丈夫か」と言ってくれる人だ。私の体に関する感覚がただひたすらに鈍かっただけである。

8/8、再び腰を負傷する。はあはあしながらも帰宅、再びシップを貼って安静にする日々が始まる。しかし愚かな私はこれくらいでは懲りない。
安静にしたのちの8/18、また痛みが引いて座れるようになったため師匠とスクワットをする。今度は少しずつやろうということで90kgまで担いだ後ベンチプレスをして終わったが、スクワットをしている最中から腰に違和感があった。

この「違和感」を何よりも大事にしなければならないものだと、私はようやく知るのである。

トレーニング後、マットレス上でストレッチをしているとまた走る激痛。
始めて腰を痛めた時と同じ、次第に強まる痛み。「またか」これは、私の独学だけでは、あるいはシップを貼って安静にしているだけでは何かが足りない。そう思って病院のどこかへ行くことへ決めた。
整形外科はシップを貼って安静に、で終わりだ。そこで次に上がるのがスポーツ整形外科と整骨院であった。幸いどちらも家の近くにあったが、ツイッターとネトサをしつこく行い、今回はパワーリフターたちが比較的多く通っていた整骨院に行ってみることにした。

8/24:初受診。当日はもう満員だったが、腰をデッドリフトで痛めたと言ったらマッチョの方が察して席を開けてくださった。ここで初めて瘢痕という名前を知る。腰の筋膜が損傷し、瘢痕が出来たために痛みが引いただけなのにリハビリをせずに重いものを持つものだから瘢痕が再び損傷し、繰り返す痛みに襲われたとのこと。完全に治さなければその部分だけが弱くなり、いわゆる「くせ」になってしまう。よって慎重に治療していこうという話になった。私も大いに納得した。本当に完全に今回治したいと強く思った。

8/28:歪みの補正、歪み箇所の指摘(左腰がゆるみ、右が緊張している。損傷したのは左だが、それを補うために右側が過剰に緊張しているとのこと)。アイシングを行い、正座→ゆっくり上半身をかがめ、ゆっくり起こす動きを行う。
8/31:なんとよくなってきたのに土日の立ちっぱなしバイトの後、帰宅して靴下を脱ごうとしたところ姿勢が悪すぎたために腰を絶大に痛める。息できなくなって死ぬかと思った。腰を全力で冷やして就寝した翌日の受診。再びアイシングをする。一歩後退。とほほ。
9/2:再び低周波治療、正座→上半身屈伸のリハビリ。
9/4:低周波のみ。土日に長時間バイトがあるため、土曜にテーピングをするついでにリハビリもするとのこと。
9/5:リハビリとテーピング。これがただ貼っているように見えて効くのである。大分歩いたりできるようになってきた。まずは普通の生活を取り戻したい。

かなり腰に対して臆病になっているのを感じる。仕方がない。これだけ繰り返して痛めているのだから。師匠は「少しくらい痛みがあってもまたトレーニング始めたら痛くなくなる」と言うが、私も師匠もトレーニング強度の取り戻し方が急すぎるのである。なので今回は思っているよりもだいぶ慎重にやっていきたい。痛みが常に腰にあるというのは日常生活を困難にする。歯がゆい。はやくトレーニングがしたい。だからこそ丁寧にやっていくのである。

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