書籍『星をつなぐ手:桜風堂ものがたり』

村山早紀 2018 PHP研究所

もし祈るのなら、この優しい人が幸せであるように祈りたい。

この帯の文字を、実物を手に取って見て改めて思った。
この言葉を作者に贈りたい。

もし祈るのなら、この優しい物語を書いた人が幸せであるように祈りたい。
寂しい思いも悲しい思いもせずに、泣かないで済むように……。

この帯の言葉を、一足先にネットで最初に見た時から思ったことだ。
登場人物よりも誰よりも、この優しい人が幸せであるように祈りたかった。
泣かないで済むように祈っていたかった。かなわないとわかっていても、だ。
その理由は、本書をあとがきまで読んだ方には推察してもらえると思うし、当時の空気をSNSで共有していた人たちは多かれ少なかれ共通しているのではないかと思う。

こうして本の形になっていることに感慨があると同時に、まだ手元になかったことが不思議な気さえする。
書籍として、ようやく手元に届いたこの本の感想を、ネタバレありで今度は書いてみたいと思う。
ネタバレなしのほうは、こちら

前回のレビューで書きそびれたことのひとつは、この物語のおじさんたちが魅力的であることだ。
村山さんの作品は、少女ががんばる物語が多いのだけども、紳士で大人な男性たちが出てくるところも、私の好みにぴったりだったりする。
今作は、前作『桜風堂ものがたり』で書店員として生きていこうとふんばった一整君に対する、大人たちからのアンサーとなっているので、なおさら、大人のおじさんたちがかっこいい。

前作だって年長者がかっこよかった。
銀河堂書店長の柳田は、情に厚くて、頼もしくて、凝り性で。
副店長の塚本と柳田の個性のバラバラ具合が、楽しい。
どちらかといえば、私は塚本さんのほうが好きです。
今なら、桜井海さんの『おじさまと猫』のおじさまみたいなビジュアルで、塚本を想像してみたりする。
ああでも、星野百貨店の佐藤も、そんなイメージしてたなぁ。
どちらも鍛えているわけではないのに、無駄なお肉の少ないすらりとしたおじさまで、素敵な人たちに違いない、きっと隠れたファンがいるに違いないと決めつけている。

その銀河堂書店のオーナーである金田。
戦争の時代を生き抜き、戦後の復興を支えてきた人は、おじさまというには年長すぎるかもしれないが、この作品を支える重要で、かつ、異色な迫力を持つ。
COPD(慢性閉塞性肺疾患)なのだろうか。この年代の人は、煙草をよく吸う人も多かった。
思わず、桂歌丸さんを想起したが、タイプとしてはずいぶんと違う。
もうほとんど、精霊になりかかっているようなこの人は、一整君と桜風堂書店に大きな贈り物をしてくれた。

桜野町にも、素敵な年長者がいた。
編集者の仕事を早期リタイアして喫茶店を営んでいる藤森(風猫)だ。
ビートルズが好きで、美味しい珈琲を入れてくれて、桜野町に書店を残さないと、守らないとと思ってくれている人。
一整君から見るとすごい人であるのに、藤森にも迷いや不安もある。
高みから見下ろすのではなく、一整君と同じ目の高さに下りて、頭を下げて、まだ年若い一整君の助けになろうとしてくれる。はからずも。

更に素敵なのは、小説家たちだ。
このシリーズに出てくる物書きたちは、今回の冒頭を飾るなるるだってキュートで魅力的なんだけども、高岡と団の二人がとてもかっこいい。
時代小説家の高岡は、ことごとく、美味しいところを持っていく。この人が出てくるたびに、読んでいるこっちが笑顔になる。陽性のオーラがばんばんと溢れてくる感じだ。
前作と今作をつなぐ作中の名作『四月の魚』の作者である団が、これまた素敵に対抗してくれるのだ。
この二人のおじさまたちのかっこよさには、目元が熱くなった。

もちろん、蓬野だって忘れちゃいけないけれど、こちらはおじさまというよりも、王子様。
いろんな人のいろんな思いが、糸を紡いで束ねて撚っていくように、桜風堂を中心としたネットワークになって広がっていく。
あえていえば、夏野耕陽にも、このネットワークに入ってきてほしかった。夏野もまた素敵な(ややくたびれた)おじさまであるが、救済されてほしい人である。
いつか、『桜風堂ものがたり』と『星をつなぐ手』が文庫化されたりして、村山さんがスピンアウトを書き足してくれたりしたらいいのになぁ。

悲しい物語ではなく、これは幸せになる物語。
もう悲しまなくていい物語。
いつか、5年後とか10年後とか、この本を読んだとき、それでも、p.281で私は必ず泣くと思う。
どうしてもどうしても、今回、涙が込み上げて止まらなかった場所だ。
子ねこだった猫のことを思い出して、泣くと思う。
写真の中で知る作者の猫さんのことを思い出して、泣くと思う。
きっとその時だって、憶えているよ、思い出しているよ、と心の中で語り掛けると思う。

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