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過去のお話 2.かまいたちのお話 前半

話を始める前に、最低限書いておかないとわからなくなりそうな世界観の説明でも。

この世界→死んだ生き物の魂が再び生き物の世界に出るまで滞在する世界。住民は魂の集合体で、生き物と同じように成長する。体の中心部にはコアと呼ばれる部分があり、これが破壊されるか寿命が尽きるまでは死なない。

悪魔→基本的には地獄行きとなった魂の集合体のこと。この世界に時折現れては住民を襲って食べる。ちなみにこの世界の住民も条件次第で悪魔化する。



この世界に存在している者は基本的に1組の両親の下に複数の魂が集まり命が宿る形で生まれる。だが稀に何もないところに自然に複数の魂が集まって生まれてくる者もいる。ユタもそのような生まれ方をしたうちの1人だ。

その少年はとある村の外れにある使われなくなった蔵の中で、かまいたちの姿で生まれた。生まれてから数年の間はずっと薄暗い蔵の中で育った。蔵の外からは時折村人たちがおしゃべりをする声が聞こえ、物心がついた頃から少年は外に出たいと思い始めた。壁にできた穴を見つけてそこから蔵の外へと抜け出した。

蔵の外へ出た少年は村人たちが人型で暮らしているのを見て、誰に教わるともなく人型の姿になってみた。見た目は7歳くらいの子供でTシャツに薄いジャケット、少し短めのズボンに帽子を被っているという出で立ちだ。村人たちは初めはこの見慣れない少年と普通に接していたが、親が見当たらないこと、言葉がろくに喋れないことから怪しいと思い、少年を捕まえて悪魔だ化け物だと罵り暴力を振るった。この村は過去に何度か悪魔の襲撃を受けており、悪魔に対する恨みが強かったのである。

生まれ育ったのとは違う蔵に閉じ込められ、何度も暴力を振るわれるうちに、少年の心には黒い感情が沸き起こってきていた。ある日の夜、彼は初めて自分の武器である氷鎌を使って蔵の壁を壊し、傷だらけの体を引きずって村の近くの森の中へ逃げた。自分にひどいことをしたこの村に仕返ししてやる…その思いで一杯だった。

それからしばらくの間、少年は村人に見つからないような森の奥深くで技を練習し、その後たびたび村を荒らすようになった。建物を壊し、畑を凍らせ、物を盗んで行く。村人たちは何度も少年を捕まえようとしたが、かまいたち特有の身のこなしに加えて分身を出して惑わせるため、なかなか捕まえることができずにいた。
少年の方も村を荒らすのが楽しかったわけではない。ただそうでもしないと心の中の黒い感情はどうしようもなかったというのと、他の生き方を知らなかったのである。

そんなある日のこと、1人の若い男が旅の途中に村を訪れた。この男もかまいたちだった。村で一休みしていると、1人の少年が村を荒らしているのが目に入った。
「おい、あの小僧はなんだ?」
男は近くの村人に尋ねた。
「あの小僧…親のいないところから生まれた化け物なんですよ。ここ数ヶ月村を荒らしているので、皆困っているんです」
「へえ…なぁあんた。この村の村長はどこにいるんだ」
男は村長のところに案内してもらい、自分の望む物を貰う代わりに少年を捕まえてみせようと言って了承を得た。
森の中へ入って行った男は、数日後に少年を捕まえて戻ってきた。村人たちは気を失っている少年を引き取ると、動けないように手足を縄で縛り、前に閉じ込めたのと同じ蔵へ投げ込んだ。

目を覚ました少年は、手足を縛られて動けない上に以前暴力を振るわれていたのと同じ蔵に閉じ込められたことに気づき、恐怖ですくみ上った。村人たちは少年が目を覚ましたことに気がつくと、寄ってたかって罵声を浴びせながら少年を棒で叩き、殴り、蹴り飛ばした。陽が落ちて辺りが暗くなるまで暴行の音と少年の悲鳴は止まなかった。

一方男の方はというと、ずっと村を荒らしていた犯人を捕まえたということで村長の家で接待を受けていた。
「いやぁ、感謝してもしきれません。まさかあの憎っくき小僧を捕まえてくださるとは」
「…あの小僧はどうなるんだ。あのまま村人たちに叩かれ続けるのか」
「まあそうでしょうなぁ」
男は出された酒を呷った。
「ところで、俺の望む物をくれるという話だが」
「ええ、ええ、こちらでご用意出来るものならなんなりと」
「そうか。そんなら…あの小僧をよこせ」
「え…」
予想外の言葉に固まる村長。
「ご用意出来るものならなんでもいいんだろう?そっちだって悪いことしてた奴がいなくなるんだから良いことづくめじゃねえか」
「し、しかし、あの小僧は…」
「村人たちの気が済むまでサンドバッグにしないとみんな納得しないってわけかい。…なあ村長さん。あんたらが数ヶ月間手を焼いていた小僧を俺はほんの数日で捕まえたんだ。俺が村で暴れたらどうなるか、わかるな?」
「ひっ…」
村長は青ざめた顔になった。
「わ、わかりました。どうぞ連れて行ってください…」
「いいねぇ、話のわかる人で助かるよ」
男はにやりと笑った。
「じゃあ俺は明け方前には小僧を連れて村を出て行くからよろしくな。村人たちには危ない奴だから俺が処分することにしたとでも言っときゃいいだろう」
「はいぃ…」
村長はふらふらと部屋を出て行った。

次の日、まだ暗いうちに男は目を覚まし、村長の家を出て少年が閉じ込められている蔵へ向かい、蔵の戸を開けた。少年は手足を縛られたまま蔵の奥に転がされていた。村人たちに散々に叩かれたために顔は腫れ上がり体も傷だらけだ。
男が近づくと少年は目を覚まし、唸り声をあげた。
「おい、小僧。俺を恨んでいるか」
男は背負っていたバッグから治療用のカプセルを取り出した。
「今からな、お前をここから連れ出してやる」
男はカプセルに穴を開け、訝しげな顔をする少年の体に押し当てた。カプセルから流れ出した癒しの魔法の力が少年の体の傷を治していく。魔法の作用で少年が少しうとうとしている隙に、男は少年の左足首に何かを結んだ。
魔法を使い切りカプセルが消滅すると、男は少年を脇に抱え、蔵の外に出た。
「これ、これとって」
少年は縄で縛られた手足を動かそうともがいた。
「悪いが今はダメだ。縄は村から出て十分離れたら切ってやる」
少年は不満そうな声を出したが大人しくしていることにした。
村を出てしばらく進んでいるうちに朝日が昇り始めた。辺りが明るくなった頃、男は少年を下ろし、少年を縛っていた縄を切った。手足が自由になるや否や少年は逃げようとしたが、左足を何かに引っ張られて転んでしまった。左足を見ると紐が結ばれており、もう一方の端は男の左手首に繋がっていた。
「この紐は少々変わっていてな、最後に結んだ人を記憶する性質があるんだ。それ以外の奴には結び目を解くことも紐を切ることもできない」
男が説明した。
「このっ…!」
少年は氷鎌を出して紐を切ろうとしたが、男の言った通り紐には切れ目すら入らなかった。
「悪いな、俺が連れて行くと言ってお前を村から連れ出した以上、俺の元から離すわけにはいかねぇんだ」
「ぐぅっ…」
少年は男を睨みつけた。
「なあお前、強くなりたいと思わないか?」
「…?」
「強けりゃいじめられることもそうそうなくなる、人をやたらと攻撃するような奴は弱い奴を狙うからな。俺ならお前のことを鍛えてやれる、強くしてやることができる。どうだ、俺の弟子にならないか?」
「…でし…?」
「お前の面倒を見て、色々と教えてやるって言ってんだ。ま、逃げられない以上他にどうしようもないんだがな」
「…」
少年は男を見つめた。男が言ったことの意味は正直よく理解できていなかったが、自分は逃げようがないこと、「でし」というものになるように言われたことだけはわかった。
「…わかった。でし、やる」
「よし、決まりだ。俺の名前はヒョウってんだ。それでえーと…お前、名前はなんていうんだ?」
「…おれ、なまえない。なまえくれるひと、いなかった」
少年がそう言うと、ヒョウは一瞬驚いた顔をした。
「何、名前がない?…いや、確かにあの村の連中がお前にまともな名前をつけるとも思えんしな。うーん、だが名前がないと不便だし、この際俺が名前をつけてやろう。そうだな…」
しばらく考えた後、ヒョウはこう言った。
「お前も俺と同じかまいたちみたいだな。俺の種族は雪が降る地域で見かけることが多いからゆきいたちって言われることもあると聞いたことがある。だから、そこから二文字取って『ユタ』。ユタってのはどうだ」
「ユタ…」
少年は名前を繰り返した。
「ユタ…うん、いい」
「よし、じゃあお前は今からユタって名前だ。これからよろしくな、ユタ!」
そう言ってヒョウは屈み込み、ユタの頭に手を伸ばした。
「!ふぅぅぅっ…!」
ユタは警戒して身構えた。
「落ち着け、叩くわけじゃねえって」
ヒョウは少し乱暴に、しかし優しくユタの頭を撫でた。
(…いたくない…やさしい…)
帽子越しとはいえ、ユタは生まれて初めて他人に触れられて心地良いと感じた。

それからというもの、旅を続けながらヒョウはユタに様々なことを教えていった。戦い方や体を鍛えるのが主だったが、それだけではなく読み書きや言葉の使い方、基本的な礼儀作法やいざという時のお金の稼ぎ方などなど、生きていくのに必要なあらゆることを教育した。
ユタを村から連れ出す時に繋いでいた紐は、昼間は逃げないという約束で寝るときだけ繋ぐようにしていたが、ヒョウがユタはもう逃げ出すことはないだろうと確信した後はその習慣もなくなった。ヒョウは他にも少し変わった道具を持っていた。例えば空を飛ぶボード。普段は折りたたむことができ、空を飛びたい時にさっと広げて乗れるという便利なものだった。
「いいか、強いってのはただむやみに力を振るうようなことを言うんじゃねえ。強い奴ってのは余裕がある。余裕があるから他人に優しくすることができる。本当に強い奴ってのは優しいもんだ。人に優しくできるような奴になれよ、ユタ」
ヒョウはよくそう言いながらユタを撫でてくれた。ヒョウの大きな手で雑にわしゃわしゃ頭を撫でてもらうのがユタは大好きだった。
ユタはどこで覚えたのか、いつのまにかヒョウのことをししょーと呼ぶようになっていた。ししょーみたいな強い人になりたい、それがユタの目標だった。

ある夜のこと。宿の部屋で寝ていたユタがふと目を覚ますと、ヒョウが座り込んで何かを手に持ってじっと見つめているのが見えた。ユタがそっと近づいて見ると、それは1枚の写真だった。写真にはヒョウと女の人が写っていた。
「ししょー、それ誰?」
「うわっ!びっくりした…これはな、俺が昔付き合っていた人だ」
「…付き合っていた人?」
「そう。俺にとって大切な女性だったんだ」
「そうなんだ。この人、今はどうしているの?」
ヒョウは黙り込んだ。
「…ししょー?」
しばらくして、ヒョウはようやく口を開いた。
「この人は…今はもういない。悪魔に…悪魔に食われたんだ」
「…!」
ユタは何も言えなかった。
沈黙が続いた後、ヒョウは言った。
「…ユタ。お前にとって大切にしたいと思う人が出来たら、その人と一緒にいる時間を大事にしてくれ。いつそれが出来なくなるかわからないからな。俺は今この人に話したいことが山ほどあるが、それはもう叶わない…」
「…うん」
「…さて、今日はもう寝よう」
写真をしまい寝支度を始めたヒョウに、ユタは思い切って声をかけた。
「ねぇ、ししょー」
「なんだ?」
ユタは一瞬躊躇ったが、意を決して続けた。
「あの村の人たちがおれのことを悪魔とか化け物って呼んでたんだ。おれが親のいないところから生まれたからって」
「そうか。んで?」
「…ししょー、その、おれが悪魔だとしたら、おれのこと憎んだりする?」
ヒョウはフンと鼻を鳴らした。
「俺にあっさり捕まるような奴が悪魔なわけねえだろ。親無しだからって悪魔とか化け物だという証拠にはならん。馬鹿なこと言ってないでさっさと寝ろ」
ユタは布団に潜った。ずっと心の中に引っかかっていたものがなくなり、なんだか救われたような気分だった。

ユタがヒョウと一緒に旅を始めてから3年以上が経過した頃のこと。
ヒョウにはここのところ気がかりなことがあった。以前に比べて体が動かしにくくなった気がしていたのだ。
(…考えないようにしていたが、まさか…)
ユタと練習試合をした時、ヒョウの不安は確信に変わった。ユタの攻撃をほとんど避けることが出来なかったのだ。
「ししょー、大丈夫…?何かおかしいよ…?」
心配そうにヒョウの顔を覗き込むユタ。
「悪りぃ、今日はなんか調子が悪いみたいだな」
そう言いながらも、ヒョウにはこうなった原因が何なのかわかっていた。
(くそっここまでか…覚悟はしていたつもりだったが…)
ヒョウはフーッと息をついた。
(…まだ時間があるうちにユタに話しておかないといけないな)

その日の夜、ヒョウはユタに大事な話があると言った。
「ししょー、話って何?」
ヒョウはしばらく無言だったが、やがて覚悟を決めたように話し始めた。
「ユタ、以前お付き合いしていた人の話をしたことがあったな。その人が悪魔に食われて亡くなったということも」
「うん」
「俺もそのとき一緒にいたんだ。彼女を守ろうとしたが、俺も悪魔に襲われて死にかけた。天使が来てくれたおかげでなんとか助かったんだ」
ヒョウは一息ついた。
「死ぬ寸前だったところを治療を受けてなんとか回復したんだが、その時に言われたんだ。俺のコアはかなり激しく損傷している、だから寿命がかなり縮んだと思われるって。おそらくあと10年そこそこだろうと。…その寿命が、多分もうすぐ尽きる」
「え?どういうこと…?」
「…俺は、あと数日以内に死ぬってことだ」
かなりの長い時間、沈黙が流れた。
「…ししょーが、もうすぐ死ぬ…?…嘘でしょ…?」
「…いや、おそらく本当だ。ここ何日か、体の調子がおかしかったんだ。何かぎこちないというか…お前も今日見ただろう、俺の動きが鈍くなったのを。きっとあれが前兆だ」
「…そんな…」
ユタは信じられなかった。信じたくなかった。ヒョウがもうすぐ死ぬなんて嘘だ、嘘に決まっている…。
「すまねえ、本当はもっと早くに言っておくべきだったと思っている。だが正直俺だってこれは現実じゃねえと思っていたかったんだ…」
しばらく間が空いたあと、ユタはやっとの事で口を開いた。
「…ししょー…本当に死んじゃうの…?寿命を伸ばす方法はないの…?」
「…寿命を伸ばすだけなら1つある」
「じゃあ…!」
「…他の誰かを食べて、その魂を取り込めばその分の寿命は伸びる。だが、当然そんなことをすれば一発で悪魔化だ。俺は悪魔になってまで生き永らえる気はねえ」
「…っ」
ユタはヒョウに抱きついた。
「いやだ…ししょー…行っちゃやだ…」
ヒョウはユタの震える体を抱きしめ、頭を撫でた。
寝る時、ユタは布団の中でずっとヒョウにしがみついていた。明日が来るのが怖かった。

次の日、森の中を歩いている時にそれは起こった。ヒョウが急に体に力が入らないと言うと近くの木に寄りかかるように座り込んだのだ。
「…!ししょー…!」
「ぐ…思っていたより早く来たな…」
ヒョウはぐったりしながらも背負っていたバッグを下ろしてすぐ横に置いた。
「ユタ、これを持って行ってくれ。きっとお前の役に立ってくれる」
「ししょー…いやだ…行かないで…おれ、またひとりぼっちになっちゃうよぉ…」
ユタはヒョウの胸元にしがみついた。
「1人にしちまってごめんな、ユタ。お前にはできるだけのことを教えた、きっとどこかにお前が生きられる場所があるはずだ」
ヒョウはユタをそっと抱きしめた。
「ユタ、俺はお前と会えて幸運だった。まるで息子が出来たようで、お前と旅をする日々はとても幸せなものだったよ」
「…おれも、ししょーのこと、父さんが出来たみたいでとても嬉しかった。すごく幸せだったよ、ししょー…」
ヒョウはユタの頭を撫でた。
「元気でな、ユタ」
そう言った後、ヒョウの体は空気の中に溶けていくように消えていった。
「…ししょー?ししょー!ししょーーーーっ!!!」
ユタの声が虚空に響いた。ヒョウはまるで最初からそこにいなかったかのように、跡形もなく消滅していた。すぐ近くに置かれたバッグだけが、ヒョウが確かにそこにいたことの証だった。
「…ししょー…」
ユタは茫然としてその場に座り込み、しばらく動くことができなかった。




後半→ https://note.com/lush_fctt/n/n163de62b3262

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