LTRR1-5「Mysterious Boy」

 「……ネックレス……」
流雫に後ろから抱かれたまま、澪は呟いた。……そう、階下のコンコースでネックレスを拾っていた。ケープ型コートのポケットに入れたままだったが、今の騒ぎで半分忘れていた。
 流雫が身体を離すと、澪はポケットからネックレスを取り出す。
「……見覚え、有るの?」
と隣に立った流雫に問う。先刻、彼は目にしたと同時に眉間に皺を寄せていた。何か知っているのか……。
 流雫は頷き、答えた。
「……この形、太陽騎士団の……」

 太陽騎士団のエンブレムは、判りやすい。太陽をモチーフとした八芒星だからだ。河月の教会には取り付けられていなかったが、母から送られてきた電子書籍や百科事典サイトで何度も見た。だから流雫は、鮮明に覚えていた。
 「え……?」
澪は思わず声を上げる。1週間前に初めて知った名前を、此処でも聞くとは思っていなかった。
「……もし、最初の騒ぎで狙われたのが、このネックレスの持ち主だったとすると……」
と流雫は言いながら、コンコースで何が起きたか想像した。外れていてほしい、と思うが、それは悪足掻きでしかない。
 「澪の前で転けたのは、恐らくは太陽騎士団の信者。何故走っていたかは判らないけど、僕たちの背後であの男に襲われた……」
そう言った流雫に、澪は
「……そして流雫が標的に……」
と続け、彼は頷いた。澪も一瞬だけ狙われたことは黙っていた。
 しかし、何故流雫が……?それは流雫にとっても、澪にとっても最大の疑問だった。ノエル・ド・アンフェルでも、流雫とその両親は犯人グループに狙われたワケではなく、ただその場に居合わせただけだ。
 これがアニメや映画なら
「僕が……ソレイエドールの血を引いてる……!?」
などと云う展開でも不思議ではないのだが、そう云う理由でもない。不可解……その言葉がこれほど当て嵌まるケースも無い。
 ただ、今この場で頭を抱えても、答えなど出るハズも無い。そもそも、名古屋にいる目的は旅行だ。
 今だけは忘れ、早くネックレスを駅員……より警察官に引き渡して、ミッドランドプロムナードに行こう……。そう思った流雫と澪は、その場で駆け寄った警察官の事情聴取を受ける。澪には、父が頭を抱える様子が容易に想像できた。
 淡々と質問に答える2人。最後に澪が
「これ、あの騒ぎの直前に……」
と言い、警察官にネックレスを渡す。その拾得物の手続きが終わると、漸く2人は解放され、同時に溜め息をつく。気を取り直して、2人の名古屋旅行が始まった。

 ミッドランドプロムナード。高さ220メートルの展望台で、最大の特徴は回遊型の構造。最上階から2フロア分、窓側に沿って一方通行の緩い下り坂の通路が敷かれ、下りながら名古屋の街並みを見下ろすことができる。
 「いい眺め……!」
澪はゆっくり歩きながら、眼下の景色に見蕩れる。今まで行った展望台で、地元東京を除いては最も高いミッドランドプロムナードからのそれは、冬の透き通った青空にも助けられて、それだけで数十分前の出来事を払拭できそうな気がする。
 事件に遭遇したことでロスした時間は40分ほどか。それでも、未だ11時。このロスタイムは十分取り返せる。
「もっと、色んな街に行きたいね」
と澪は言い、流雫は
「だね」
と返す。何時かは祖国のフランスにも連れて行きたいと思う。
 「澪となら、何処にでも行ってみたいし、何処だって楽しいよ」
と続けた流雫に、澪は少しだけ顔を紅くする。
 自分からリア充ぶりを見せ付けるのは問題無いのだが、他人から突かれると簡単に轟沈する。その沈没ぶりは、恋人から見ても面白いらしい。そして、彼も時々予想外の方向から急襲してくる。いや、単に澪の耐性が無いだけだが。
「バカ……」
とだけ言った澪は、しかし満面の笑みを湛えていた。
 この様子を、何時も一緒にいる同級生2人が見れば、1月なのに常夏のような熱気を感じると言われるのは目に見えている。1年前は、ただメッセンジャーアプリで文字の遣り取りをするだけだったのに。
 しかし今、澪は流雫の恋人でいられることに、誇りを感じていた。

 ミッドランドプロムナードを後にした2人は、名古屋駅まで戻って地下鉄に乗ることにした。名古屋市の大動脈となる満員の地下鉄に5分揺られ、無数の乗客に混ざってプラットホームに吐き出されると、頭上の案内板に従って賑やかな地下に出た。
 地面に大きな楕円形の筒状に穴を開けたような、正確には半地下の広場。床に刺さった4本の柱で、頭上の展望フロアは支えられている。しかし、20メートル程の高さが有り、屋根の代わりにはならない。
 スペース21と名付けられたこの特徴的な場所は、バスターミナルの機能を有している他、地上の広場も含めて個性的な都市公園の様相を呈している。その半地下の広場では、イベントが開かれていた。東京でも2人が偶然通り掛かった、SDGsに纏わるイベントだった。
 3ヶ月後、名古屋から新幹線で1時間足らずで行ける大阪では万博が開かれる。世界各地から多数の人が訪れるため、SDGs先進国入りを果たしたい日本での啓蒙活動が2年前から増えていた。
 企業や民間団体、それに自治体のテント組みのブースが軒を連ねる広場は、しかし足を止める人は少なくない。一言で言えば、小さなステージも有るがエンターテイメント性が皆無で、通りすがりの人に関心を持たせるには至っていない。
 流雫と澪も、特に足を止めることは無い。関心の有無以前に、2人の初対面が互いの脳裏を過るからだった。

 ……去年の3月、SNSで知り合って半年近くが経った頃、澪から誘う形で臨海副都心で顔を合わせることになった。その日も、待ち合わせ場所の目の前に建つ商業施設でSDGsのイベントが開かれていた。
待ち合わせ時刻の寸前、この施設から発砲音や爆発音が聞こえた。
 そして2人が、初デート……そう意識はしていなかったが……で最初にしたことが、テロ犯から逃げ切ることだった。そして、流雫は澪の目の前で引き金を引き、逃げ切った直後にその反動からか泣き崩れ、澪は無意識に流雫を抱いた。
 澪は、流雫に助けられたことで、彼の力になりたいと思うようになった。そして流雫は、澪に抱かれたことで、愛情と云うものを知った。だからか、2人が急接近するのに時間は掛からなかった。
 その時と似ている……。それが2人が近寄らない最大の理由だった。疑心暗鬼になってはキリが無いことぐらい、流雫も澪も判っている。しかし、1時間前に事件に遭遇したばかりだ、そうなるのも無理は無い。
 緩くカーブした階段を上がった2人は、地上の広場に出ると背後のタワーに振り向く。
 スペース21から名古屋城に至る上下線の車道の間、広い中央分離帯を公園として整備され、ヒサヤセントラルパークスと名付けられたエリア。商業施設が両サイドに並び、中央部が開かれている。
 その中心部に聳え立つのがチューブタワー。東京の首都タワーと同じ設計者が手掛け、展望デッキは高さ90メートル。金網に囲まれてはいるが屋外の展望バルコニーは高さ100メートル。名古屋城と共に名古屋のシンボルとなっている。
 ……次の目的地が、この瞬間に決まった。

 エレベーターで展望デッキに上がると、先刻とは違った景色が眼下に広がる。ミッドランドプロムナードの半分以下の高さしか無いが、建つ場所が離れていて眺めは当然異なる。その違いが、流雫にとっては面白いらしい。
 デッキを1周すると、展望バルコニーへの階段が2人の目に止まる。行かない、と云う選択肢は無い。澪に流雫が続く形で、狭い階段をゆっくり上がっていく。
 展望バルコニーに吹く風は多少強く、肌寒い。しかし、この時期はどの屋内も暖房が強いだけに、寧ろ快適に思える。
 細かい目の金網越しに街を見おろす流雫は、ふと澪とは違う視線を感じた。シルバーヘアの少年は、左右で異なる色の目をその主に向ける。
 ……シャギーカットのヘアはダークブラウン、目の色はターコイズ。ワインレッドの服に白いデニムジャケットを羽織り、デニムを履いている。
 睨んでいるワケではないが、2人をじっと見ている。……その顔に、流雫は見覚えが有った。名前は知らないが……。
「流雫?」
澪はその様子に、恋人の名を呼ぶ。
 「あ……」
と声を上げた流雫は、少女から逸らした顔を澪に向け
「ちょっとね……」
とだけ答えたが、同時に目を見開く。
 ……思い出した。しかし、忘れたい。そう思い、今の十数秒を忘れようと思った流雫は、しかし近寄ってきた少女に捕まる。
「……アンタ、何処かで見た……」
そう切り出された一言に、
「……ひ、人違い……」
とだけ言って目を逸らす流雫。澪はその焦りを感じるような反応に、怪訝な目を浮かべる。しかし少女は
「……あの渋谷の……」
と被せた。
 その瞬間、言葉と云う鎖が、シルバーヘアの少年に絡み付く。
「あ……」
とだけ声を上げた流雫は固まった。その隣で、澪も頭を殴られたような感覚に襲われ、思わず口にした。
「渋谷……?」
逃げられない流雫は、しかし逃げ出したかった。甦ってくる、あの日の記憶から。

 ……12月最初の日曜日、流雫は渋谷駅前でテロに出会した。全ては、女の人が犯人に撃たれたことで始まった。本能的に被害者に駆け寄り、消えそうな命を目の当たりにし、怒りを露わにした流雫は、しかし犯人から狙われて銃を手にした。珍しく、流雫が冷静さを欠いていた。
 駅前広場の端に設置されたトーキョーアタックの慰霊碑に、遠隔操作のトラックが衝突して爆発したと云う惨劇は、規模こそ小さくも2023年8月の惨劇を彷彿とさせた。
 そして、その場にいた犯人は2人が同士討ちして死亡し、残る1人は逮捕された。しかし、犯人の脅威が無くなり救急隊員が被害者に駆け寄ることが漸くできた時には、既に見知らぬ人は絶望的だった。
 心肺停止……事実上の死亡宣告に、流雫はその場に崩れ落ちて泣き叫んだ。澪は彼を強く抱きしめ、空から落ちてくる粉雪に、弔いの花片の代わりになってほしいと願った。
「っ……!!」
流雫は奥歯を軋ませる。
 ……流雫は一度だけ、少女を見た記憶が有る。動画サイトのニュースで、渋谷のテロ事件の犠牲者の遺族だった。自分の姉と言っていたか。
「……やっぱり……」
とだけ言った少女は、しかし
「……アンタたちが、アネキを助けようと……?」
と続ける。澪は
「え……?」
と、小さな声を上げた。何がどうなっているのか判らない。しかし今は、この少女の話を聞くしかない。そう思った澪の隣で、流雫は俯くばかりだった。

 「アンタたちのことは、渋谷の動画で見て……」
とベンチの端に座った少女は言い、冷えた空を見上げる。
 タワーを下りた3人は、セントラルパークスのジューススタンドに立ち寄る。フルーツを目の前でミキサーに掛けるだけのフレッシュジュースが特徴らしい。そして、近くのベンチに座ることにした。澪を挟み、左に流雫が、右に謎の少女がいる。
 ……ヤジ馬によって録画された事件の動画が、動画サイトにアップロードされていた。コートを着た人が倒れた直後から始まり、警察がヤジ馬を排除するところで終わっていた。
 そして、被害者に駆け寄った男女。ダークブラウンのセミロングヘアの少女なんて無数にいるが、シルバーヘアの少年は珍しい。その後、2人が犯人に立ち向かっていったことが、少女にとって何よりも印象的だった。
「……アネキとは知り合い……だったとか?」
と少女は問う。澪は
「いえ……ただ偶然居合わせただけで」
と答える。
 流雫は、2人が言葉を交わす隣で黙ったまま、フルーツジュースのペーパーカップを持った手を小刻みに震わせている。……あの人の妹、つまり遺族。会わせる顔が無い。澪が間にいるから、まだどうにかなっているだけの話だ。
 「……流雫」
と名を呼んだ恋人に、流雫は
「僕は……救えなかった……」
とだけ呟き、ジュースを一息に飲み干す。柑橘類特有の酸味が強めのジュースは、しかし今の彼には味方しなかった。
 ……助けようとしたことなど、どうでもいい。助からなかった、それが全てだった。
 医者でも救急隊員でもない流雫には、人に手を施す事はできない。流雫が悪いワケではないし、そう思う必要など微塵も無い。それぐらい、シルバーヘアの少年も判っている。
 ただ……人の死を目の当たりにしたことで、無力感となって襲ってくる。
「……流雫」
と名を呼ぶだけで精一杯の澪に、少女は
「アンタたちみたいなのに看取られただけ、アネキは幸せだったかな。アネキに代わって礼を……」
と言った。
 その言葉に、何の皮肉も他意も無い。それは、その口振りからも判る。しかし、流雫にはそれが不可解過ぎた。
「……礼なんて……」
と零す流雫。救えなかったのに。
 その様子に、少女は思わず険しい表情を浮かべる。……動画で見た大胆な動きからは想像がつかないほどに繊細、しかし繊細過ぎるのか不可抗力の結果に引き摺られている……。それが少女から見た流雫の第一印象だった。
 ただ、勝手に人の悲しみを抱えては沈んでいる。それだけが癪に障る。
「……ところで、どうして名古屋に?」
と問うた少女に、澪は
「ちょっと旅行で……2人だけで」
と答える。ただ、流石に先刻名古屋駅で事件に遭遇したとは言えない。
 「……礼代わりに、アタシが案内するよ。地元だから」
と少女は言った。
 名古屋の地理に疎い流雫と澪にとっては、渡りに船。頭を下げた澪は有難いと思うが、しかし同時に流雫が気懸かりだった。
 少年は
「……サンキュ……」
とだけ言った。
 ……少女の言葉に、十中八九他意は無い。全ては、渋谷の件を引きずっている僕自身の弱さの問題。親切さえ拒絶するのは人として違う……。
 そう思った流雫は、言葉に甘えることにした。尤も、澪が間にいることに甘えている……そう言われても文句は言えないが。
「今更だけど、アタシは詩応。伏見詩応って云うんだ」
と少女は名乗った。
 伏見詩応。名古屋市内に住む高校2年生。昨年までは陸上部にいたが、姉の死を機に退部した。直接は全くの無関係だが、彼女には彼女で思うことが有る。
「あたしは、室堂澪です」
「僕は……宇奈月、流雫……」
と2人は名乗る。少年の言葉が尻窄みになるのは、初対面相手では特に何時も通りのことだった。
「ルナ……?」
と小声で言った詩応は、改めて少年を見た。
 外ハネショートのシルバーヘアに、アンバーとライトブルーのオッドアイの瞳。見るからに日本人らしくない。そして、UVカットパーカーの下のシャツにもフランス国旗をモチーフとした模様が遇われている。
「フランス人……?」
と詩応は流雫を見ながら問うた。
 「……混血。母さんがフランス人。今は僕だけ、日本にいるけど……」
と答える流雫。やはり、澪が間にいると詩応とはどうにか話せる。
 両親と離れて暮らす流雫に、詩応は少しだけ引っ掛かる感じがした。
「……フランスか……」
と詩応は言う。その様子に
「どうしたんですか?」
と澪は問う。その瞬間、流雫のスマートフォンが鳴る。東京の後輩刑事だ。1週間前、別れる直前に電話番号とメッセンジャーアプリの連絡先を交換していた。
「ちょっと待ってて」
とだけ言った流雫は、2人に背を向けてディスプレイに浮かぶ通話ボタンを押した。

 「弥陀ヶ原さん?」
その第一声に、弥陀ヶ原と呼ばれた刑事は
「ニュースを見た。今、名古屋にいるんだろ?無事かい?」
と問う。
「遭遇したけど、どうにか」
と答えた後で、問うた。
「どうして名古屋にいると……?」
「室堂さんが、今日から2人で名古屋に旅行だと言っててな。高校生2人だけは不安だが、まさか最初から的中するとはな……」
と答えた弥陀ヶ原に流雫は
「でも、澪がいるから助かったようなもので……」
と返す。
 「2人のコンビネーションは相変わらずか」
と言いながら口角を上げた弥陀ヶ原に、流雫は
「……でも、撃ってないから未だマシだったかな……」
とだけ返した。正当防衛のためなら撃つこと自体は厭わないのだが、その後の事情聴取が正直面倒なのだ。
 流雫は話題を変えた。今、何よりも気になることが有る。
 「あ、……気になることが、一つだけ有って……」
「何だい?」
と問うた弥陀ヶ原に、流雫は
「事件の時に、澪がネックレスを拾って。愛知県警の人には預けたけど……」
と答える。
「ネックレス?」
「……澪の目の前で人が転んで、その時に外れて落としたっぽくて。その直後にコンコースが騒がしくなったから、もしかすると被害者の……」
と、流雫は刑事の問いに答えていく。
 その瞬間、詩応は眉間に皺を寄せた。
「詩応さん……?」
と澪が呼ぶが、その声はボーイッシュな少女には届いていない。そのターコイズ色の瞳は、流雫の背中を捉えている。
 「……そのネックレスのチャーム、太陽騎士団のものだった……」
と流雫が続けると、少女は目を見開いた。
 ……流雫、と名乗った少年は、一体何を知っている……?
「……ちょっと待て」
と言葉を被せた刑事は
「太陽騎士団……?どう云うことだ?」
と問いながら、慌ててボールペンを手帳の紙面に突き立て、肘で隣のページを押さえ付ける。
 「偶然太陽騎士団のネックレスを着けていた人が、偶然通り魔か何かに出会した。僕や澪が狙われそうになったことだけは偶然だったとしても、犯人は偶然自爆した……。これ、偶然と云う言葉で片付けるには、あまりにも違和感が……」
と流雫は言った。その目には、恐怖よりも怒りが滲む。だが、今は後ろで2人が待っている。早く合流しないと。
「最初から、被害者が狙われていたと云うのか……?」
と弥陀ヶ原が言うと、流雫はスマートフォン越しに頷きながら
「……最初から信者を狙っていたとしても不思議じゃない……。……あ、ちょっと行くところが。夜、メッセージは入れておくので……」
とだけ言って終話ボタンを押し、溜め息をつく。
 旅行先でも目撃した事件の事を話すことになるとは。最早、お祓いどころか一度輪廻転生でも経験しないと、この悪運からは逃れられないのか。
 「アンタ……何を知ってる?」
と、詩応は近付きながら問う。
「ふ、伏見……さん……?」
と驚く流雫に、少女は
「……名駅で事件が有ったのは、アタシも知ってる。ただ、太陽騎士団のネックレスだとか、信者を狙っていただとか……。単に遭遇しただけとは思えない口振りだ」
と言い、続ける。
「……何を知ってる……?」
その言葉に、澪は思わず詩応の隣に寄り
「……詩応さん……!?」
と眉間に皺を寄せて名を呼ぶ。彼女も疑っているワケではないだろう、しかし流雫は年齢不相応なほどに色々知っている。疑われても仕方ない。
 流雫は深く溜め息をついた。……どう思われても、知ったことじゃない。
 「僕は、ノエル・ド・アンフェルに遭遇した」
と先刻までとは違う口調で言った流雫は、詩応に顔を向ける。
 そこには、優しいどころか弱々しく思える少年の面影は無い。そして、彼が放ったフランス語に、ショートヘアの少女は大きく目を見開いた。何故、その名前を……!?
 「だから、太陽騎士団も血の旅団も、少しだけなら知ってる」
とだけ言った流雫は、続けた。
「……血の旅団が秘密裏に日本で動いていて、太陽騎士団の信者を狙い、警察に捕まらないように自爆した……」
その言葉に、澪が被せてくる。
「……でも、確か血の旅団って……」
 「そう、日本での活動は禁止。だからあくまで、個人規模で秘密裏なんだ。……偶然が重なった以外で、尤もらしい理由を言え……となると、それしか思い浮かばないんだ」
と言った流雫に、詩応は完全に釘付けになっていた。ボーイッシュな少女は言葉を失い、ただ凜々しいオッドアイの瞳を見つめている。
「妄想であって、思い過ごしであってほしい。そう思いたい。だけど、……恐らくはそうじゃない……」
と流雫は言った。
 澪は恋人の言葉に、強い説得力を感じた。その推理力も流雫の武器だが、だからこそ、今度こそは外れてほしいと思う。今度こそは……。
 数秒の沈黙の後で、詩応は
「……もし、それが全て真実だとすると……」
と言った。
 ……流雫の言葉が妄想とは、最早思えない。だから余計に、あの相容れない性格が残念に思える。
「……1年近く前の河月の教会爆破事件もそう、宗教テロ……いや、最早一方的な迫害が日本でも本格化……」
と流雫は言った。まるで、自分に言い聞かせるように。


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