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他人を通してしか自分を愛でられない、映画「MOTHER」

長澤まさみさんのこれまでのイメージを覆す役どころが話題の映画「MOTHER」。

実話を元にしているので、このストーリーの軸となる母と息子の成れの果てはもうわかっている。それを踏まえた上で、どうすれば良かったのか、ずっと考えながら鑑賞した。

シングルマザーの秋子(長澤まさみ)は今日も、実家に金の無心にやってきた。散々迷惑をかけられている両親たちは秋子に呆れており、一人息子の周平と2人追い返されてしまう。流されるようにたどり着いたゲームセンターでホストと名乗る男遼(阿部サダヲ)と知り合い、そのまま深い仲になる秋子。
散らかった部屋、ろくに与えられない食べ物、ガスは止まり、電気も止まった部屋で1人、男と遊び歩く秋子を待つ周平。周囲から孤立し、困窮していく彼らは社会からこぼれていく危うい存在だった。

この映画は、実話である祖父母殺害事件を元にしているため、結果的に周平が秋子の両親(周平から見て祖父母)を殺害するに至ることは明白なのである。

周平は、秋子と2人きりで暮らし、金のない母親からは学校に行かせてもらうこともなく、ともすれば金の無心の片棒を担がされている日々。「嘘をつくな」と家族からは罵倒され、金を持ち帰らなければ秋子から「役立たず」と罵られる。そんな日々でも周平には秋子しかいない。秋子には周平しかいない、その孤独感が2人をさらに硬く強く結び付けていく。

そんな2人に社会の救済機能が働いていないわけではない。一時は児童相談所に保護され生活保護受給の対象となったり、周平にはフリースクールに通う権利も与えられ、立ち直るきっかけは与えられている。ただ、自分を愛することのできない秋子は他人に頼ることでしか繋がりを実感できず、自分の傍にいつもいる息子、そして自分を頼り、受け入れてくれる男しか信じていない。

周平も同じくだ。
周平には実の父親がいて、一度は「お父さんのところに来るか」と誘われるも、それを断っている。
そして児童相談所の職員で、自身もネグレクトの過去を持つ亜矢(夏帆)に心を開くも、その間に立ちはだかる秋子をどうしても排除できない。
学校に行って勉強したい。微かに芽生えた自立のきっかけは、秋子の言葉によって容易に打ち砕かれる。それをわかっているからこそ、秋子は息子にだけは本当の自分をさらけ出す。

結果的に救済は2人に届き切ることなく、追いやるように秋子たちは自らその囲いから逃げ出してしまう。

その時々で、手を差し伸べ、心を砕くものは登場するのだけれど、2人の硬い絆の内側まで入り込める人は誰もいない。それが悲劇の要素となり、やがて事件は引き起こされる。

秋子は自分のことを、他人を通してしか愛せないのだと思う。妹との待遇の差をずっと根に持ち、そのことで両親に恨みを抱きながら自分を愛すことを渇望している彼女は、求めてくれる男にいとも簡単に体を開く。

その恨みに裏打ちされた歪んだ情愛は、息子という1人の少年の心をがんじがらめにして離さない、強烈なインパクトを持っている。

愛がないわけではない、嫌いなわけでもない。大切に、まるで自分の一部みたいに思ってきたからこそ、切り離すことができない愛。

秋子にはどんな大人が必要だったのか。そして周平にはどんな愛情が与えられれば、あの母親と決別する決心がついたのか。

子育てをしたことがない私には、そもそも子育てについての哲学がなく、容易に「親の気持ち」は推し量れない。

ただこれだけ手を差し伸べられても救えない罪があるのだとしたら、私たちはどんなふうに社会を形成していけばいいのだろうか、そのことばかりを考えた。

結果的に母親には執行猶予がつき、実行犯である息子は懲役12年。

この引き離された月日が、彼らにどんな結末をもたらすのか。周平の先の人生を考えても、強烈に植え付けられた呪縛から容易に逃れられるはずはない、と絶望的な思いに駆られた2時間余りだった。

見下ろすように命令している秋子が、突然腰に纏わりついて子供のように泣く。子どもらしい日々を取り上げられた周平は、無理に成熟させられた脳に心がまるで追いつかなかった。

全部自分がやりました。

周平の告白に彼の思いが全て、込められている。


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