夢のない私がDREAM!ing3部に救われる話

小学生の頃「先生になりたい」と言ったことがある。中学の時の進路相談では「テレビ局で働きたい」と言った。

一見夢があるように思うかもしれない。しかし先生は憧れの先生がいたから、テレビ局は毎日のように見る画面の中の世界が華やいで見えたから。私は単に憧れのものを「夢」として言っていた。

憧れのものから、努力により自分が目指すものとなる。そういうものが夢というのではないだろうか。なれるものならなりたいが、なる為に何が何でも頑張るという気持ちには先述した2つの職業、並びに他の職業でもなれなかった。

大学も目指すものがないまま決めた。幼い頃から漫画が好きだった。そんな理由で文学部というワードを中心に大学を探した。

そしてとある大学の文学部に合格し、入学した。その大学では教職課程があり、友人も何人か受けていた。友人は「先生になるんだ」と力強く言っていた。

教職課程は大変なものであると想像でき、先生へのやる気のない私では受けても意味がないと思った為やらなかった。私は気になる授業をいくつか取り、暇になれば趣味として動画を見たり、本を読むなど自堕落した生活を送っていた。

このような生活をしている時に何となくでアイナナを始めた。私はそれまでソシャゲにハマったコトがなかったのだが、ストーリーの面白さにハマった。それがきっかけでソシャゲに魅了され、色々なものをやりたいと思った。

そしてドリミと出逢った。回ってきた宣伝のツイートでカッコいい男の子が並んでいると思い、始めた。最初のうちはレッスンをすることでメインストーリーが少しずつ開放されていくということもあり、一気に全部読むということは出来なかった。その為気楽に少しずつ読み進めていった。

色々なキャラの性格が見え始め、私が大好きな闇もチラホラ見える所にのめり込んだ。そして一部を読了した頃には感動が心を占めていた。キャラ一人一人を奥深く描き、展開される物語はとても魅力的だった。そうして私はドリミにハマった。

時は流れ、ドリミ3部の制作が決定した。6月から更新され始めるのだが、私は就活をしなければならなかった。大学を3年過ごしても私はなりたいものを見つけられなかった。

友人が目指すものの為に資格の勉強を頑張っていると言う度、この仕事をしたいんだと言う度心が苦しくなった。目指すものがない私は淋しい人間だと思った。

それでも私はオタクであり、オタクにはお金が必須だ。お金を稼ぐ為に働かなければならない。そう思い、就活を続けた。合同説明会に足を運んだり、就職サイトで色々な企業を見た。「こういう仕事は自分には合わないかな」と思うことはあれど、「こんな仕事をしたい」と本気で思う自分はいつになっても現れなかった。

一つだけ本気でなりたいと思ったかもしれないものがある。漫画の編集者だ。様々なESを書いたが、どれも印象の良い文になるよう、自分を作って書いていた。しかしとある出版社に送る為のESは本当の自分で書いた。「学生時代に頑張ったこと」を書く欄では他のESでは絶対に書かないようなものだが、大学生活を振り返った時に本当に力を入れていたことを書いた。作文では本当の自分を曝け出して書いた。全ての内容は言えないが、最初の文は「優しいと言われるのは苦手だった」だ。誰にも言ったことはない、しかし人生で強く印象に残っていた友人とのやり取りで思っていたことを書いた。初めてそのやり取りについてへの気持ちを書き終えた時、少し晴々しい気持ちになった。

そのESは選考を通る結果となった。私は本当に嬉しかった。私の就活で一番喜んだ瞬間だった。次いでの二次選考は通らなかった。選考が落ちたメールを見て私は「そうだよなぁ〜笑」と言い、悲しみや悔しい気持ちは一切なかった。それよりもESが通ったことにより、自分の存在が少し認めてもらえた瞬間があったのかなという嬉しさが心を占めていた。

結局私は編集者も「憧れ」であり「夢」ではなかった。

説明会での雰囲気が良かった企業に申し込んでいたうちの一つの会社に、運良く採用していただいた。そうして私の就活は終わった。

6月になり、ドリミ第3部の更新が始まった。ドリミはプレイヤーの分身となるキャラはおらず、部毎に主人公となるキャラの視点で語られる。第3部の主人公は牛若湊くん。彼はモデルとして活躍し、愛される雰囲気を持つほんわかとした男の子だ。湊くんに対しては顔が整っている良い子だなという印象を持っていた程度だった。顔も良く、愛される湊くんは私にとっては「持っている人」だった。しかしこの認識も3部を読んで考えなければいけないものだと思うようになった。「持っている」や「持っていない」は自分の認識によって変わるものだと考えるようになった。ドリミ3部は固定された認識を変えるきっかけになる言葉が多く存在すると思う為、色々な人に読んで欲しい。

湊くん視点の物語は美しかった。綺麗な表現で語られる世界、優しい言葉は私の心に響いた。まるで純文学ような清らかな物語がそこにはあった。ほんわかしている湊くんが色々考え、行動している様に目が離せなかった。

1部、2部同様、3部の内容も素晴らしかった。今を楽に生きたらいいという言葉と、もっと生きることに必死になれという言葉が同じ話で発せられた。どちらも誰かの心に響く言葉だと思った。「ゆっくり生きたらいい」と「頑張って生きろ」という相反する言葉を同じ話で伝えてくれるドリミのシナリオがとても好きだと思った。更に3部は特に生きてる人に響く言葉が多いと感じられていた。

もう少しで第3部最終回が配信されるという頃、ゼミで先生が「ゼミの皆就職が決まって良かった」と言った。友人からも採用が決まったという連絡をいくつかもらっていた。その内の何人が目指した職につけたのだろう。私のように目指すものが定まらないまま仕事を決めた人はいるのだろうか。そう思うと心が淋しくなった。

私は元々悩みや弱音を吐くのが苦手だ。言ったところでどうしようもないものなら、ただ淋しい時間を共有するだけになる。そんな時間を過ごすよりも楽しい時間を過ごしたい。その気持ちが弱音などを誰かに言うことを拒ませた。目指すものがないという淋しさも誰かに話すことなく、心にしまった。

そして第3部の最終回が配信された。最終回ということもあり、私はワクワクしながら見ていた。目が離せない展開に見入っていたその時、湊くんが現れた。湊くんは3部で夢を見出せない人物として描かれていた。そんな彼は柔らかい笑顔でとある問いを投げた。

『人生に、夢は必要か』

私はこの言葉を見て泣いた。

この世界には夢を目指したり応援する物語や音楽で溢れている。そのため私は夢は持つべきであり、夢は必要かどうかと考えたコトがなかった。しかし心の奥では誰かに問いたかったコトだったのではないかと、その時思った。ドリミは言葉に表せなかった人の何気ない感情を綺麗に表現してくれる所がある。この問いもそれに似たものだろうと思った。

湊くんは夢について考えるコトを言葉にしていった。私はその言葉をただ見届けた。湊くんは私とは決して同じとは言えない人物だと思っていた。しかし「夢を持っていない」という点で同じだった。そんな湊くんの夢についての答えを聞いて、私はまた泣いた。

私の心が温かくなった。私は落ち込んだり、悩んだ時に救いとなる音楽や言葉に出逢い、救われて生きてきた。今夢について悩んでいた私はドリミの言葉に救われた。この言葉は夢のない人、そして夢がある人もいつか心の拠り所になるかもしれない優しい言葉だと思った。

私は今ドリミの言葉を心の拠り所とした。きっとこれから何度も思い出して、救われるのだろうと思う。目指すものは見つけられなかったけど、私は空っぽの存在かもしれないけど、やりたいことや好きなことをして生きていこう。そうすればきっと私は笑って楽しく過ごせる。そう思うと気持ちが楽になった。そんな自分は夢で悩んでいた時の自分よりも何倍も良いと思えた。

私を救ってくれるドリミと出逢えて良かったと心から思う。夢のない私がドリミ第3部に救われ、少し楽に生きられるようになった話オワリ。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?