日本のマイノリティ問題について誤解されがちな、ある一点について

 この前都心に赴いた時にヘイト集団と思しき街宣車が道を占拠しており、警察と揉めながら「〇〇人はくたばれ〜」系のことを叫んでいた。未だにヘイト集団っていたんだなと思った。

 ネトウヨは2010年代の文化であり、最近はどうにも下火である。以前はネット言論=右翼系という定説があったのだが、最近はむしろ左傾化の動きが目立つ。ネット左翼が2020年代のトレンドなのかもしれない。在特会の主催者だった桜井誠は都知事選に立候補していたが、ほとんど注目されなかった。一時代を築いたネトウヨの代表格だったのだが、明らかに時代に見放されてしまったらしい。そういう訳でヘイト集団については特に何かを思うわけではなく、懐かしいという感覚であった。

 ところで、筆者はエスニックマイノリティに関する知識に興味津々である。昔から民族移動ネタは好きなのだ。当然日本のエスニックマイノリティにも関心はあるのだが、あまりにも距離が近いため、むしろ触れにくくなってしまうところがある。

 ところで日本のエスニックマイノリティ事情はしばしばタブーとなるため、かえって誤解が広まってしまう時がある。筆者もあるエスニックマイノリティに関して結構多くの人が事実誤認していることに昔から引っかかっていた。ネトウヨですらどこまで認知しているのか怪しいところである。間違った認識の基に間違った偏見が形成されているとしか思えないのである。

 超デリケートな話題なのでペイウォールを設定しようとも思ったが、一応今年の間は有料化する予定はないので、公開することにする。こういったネタをブログで取り上げるのは気が引けるのだが、記事が増えるごとにだんだん大胆で厚顔無恥になってきているので、まあ良いだろうと思ってしまった。そもそも筆者の目的は少数民族の興味深い性質について論じることであり、政治主張ではない。

 で、その日本のエスニックマイノリティに関する、少なくない世間の人が抱いている間違った認識についてなのだが、それは・・・


























































「朝鮮学校が大韓民国の学校である」という誤解である。





 日本には朝鮮学校の他にちゃんと韓国学校という存在があるのだが、なぜかこちらの方は認識されておらず、知名度が低いままだ。朝鮮学校は大韓民国の外国人学校ではなく、朝鮮民主主義人民共和国の外国人学校である。

 この手の話題はタブーなので、どの程度の人間が正しく認識しているかはわからない。しかし、筆者の観測範囲内では、なぜか認知度がかなり低いように見える。在日コリアン=朝鮮学校、という認識の人物は日本国内にかなり多いようなのだ。実際、2010年代のネトウヨは韓国叩きが好きだったが、なぜか同じ文脈で朝鮮学校が叩かれていたりする。彼らは民族主義者なのでどちらも等しく叩きたいということなのかもしれないが、知識不足のような雰囲気もあった。朝鮮学校の前で嫌韓デモを行う、こんなに滑稽なことがあるだろうか。

 このような誤解が成立したのは日本のエスニックマイノリティを取り巻く複雑な問題が背景に存在する。朝鮮半島の分断は日本にも影響を及ぼしており、ここのイデオロギー的な混乱が多くの人間に取って理解を妨げているのである。

3つの「朝鮮」

 これは非常にややこしいのだが、日本において「朝鮮」という用語は3つのニュアンスで使われでいる。

①朝鮮半島
②日本領朝鮮
③朝鮮民主主義人民共和国

 この3つの使い分けは前後の文脈によるしかなく、それにはかなりの程度で朝鮮半島の政治事情に精通している必要があるだろう。

 ざっくり朝鮮半島の歴史についてまとめよう。朝鮮半島には元々近代まで朝鮮王国という国があった。19世紀の終わりにこの国は「大韓帝国」と改名した。日露戦争に勝利した日本は1910年に韓国を併合し、地名を「朝鮮」に戻した。第二次世界大戦に日本が敗北すると、朝鮮半島は2つに分断され、北半分は朝鮮民主主義人民共和国となり、南半分は大韓民国となった。北部は朝鮮に由来する地名を使い、南部は大韓帝国に由来する地名を使ったことになる。この事実からも判るように、「朝鮮」という名称は特に差別的なニュアンスはなく、純粋に朝鮮半島の地名を表す表現の一つであった。

 こうした区別はその国の言語によっても異なる。韓国では北部のことを「北韓」と呼んでいる。「朝鮮」という言葉はやや注意を要するが、その理由は日本とは異なる。「朝鮮」という名称は北朝鮮のシンパという印象を与えてしまうようである。ただし、「ヘル朝鮮」というネットスラングを見る限り、完全なタブー名称でもないようである。

 中国では北部を「朝鮮」、南部を「韓国」と呼んでいる。唯一北とか南といった表現が入っていない。中国は冷戦終結と共に韓国との国交を結んだため、両方を尊重している形となっている。

 日本は北部を「北朝鮮」、南部を「韓国」と呼んでいる。日本政府は北朝鮮を承認していないので、北朝鮮の「朝鮮」の部分は①の朝鮮半島の意味と解釈するのが妥当であろう。一方、在日朝鮮人といった時の「朝鮮」は②の日本領朝鮮の意味である。朝鮮総連など北朝鮮関連の機関に付けられる「朝鮮」は③の朝鮮民主主義人民共和国の意味である。本当にややこしい!!

 ちなみに中立的な名称として使われる「コリア」だが、これは要するに「高麗」である。南北朝鮮においても中立的な観点から高麗という言葉は良く使われる。その点でコリアという名称は単なる外国語でもないので、非常に便利である。

 ヘイト集団は朝鮮人叩きが大好きだが、この時に使われるのは明らかに②の意味の朝鮮である。

 第一にヘイト集団は戦前を美化しており、戦前の朝鮮人差別を同じネーミングを使うことに意味を持たせている。戦前の文学を読めばわかるが、当時の子供は「朝鮮人」に石を投げつけるのが大好きであった。

 第二にヘイト集団は北朝鮮問題には強い関心がなく、むしろ韓国に矛先が向かっている。特に朴槿恵時代はひどかった。

 第三にヘイト集団は南北朝鮮の区別というより、在日コリアンの民族的な要素に注目しているようだ。これらの事情から、ヘイト集団は韓国人に対する侮蔑用語として「朝鮮人」という名称を使っているきらいがある。①の意味であれば差別的ニュアンスはないし、③の意味であれば別の問題が絡んでくるのだが、ヘイト集団やネトウヨは韓国に対して日本統治時代の名称を持ち出すことによってネガティブなニュアンスを伝えようと考えているのではないかと思われる。言葉というのは語源を辿るのも大事だが、発話者のニュアンスも大事なので、仮に中立的な用語だったとしても、侮蔑のニュアンスで使われだすと、侮蔑語になってしまったりする。

朝鮮半島の分断

 こうしたややこしい混乱が発生したのは、第二次世界大戦後に朝鮮半島が分断されたという歴史的事情によるところが大きい。

 それまで日本領朝鮮だった地域は朝鮮民主主義人民共和国と大韓民国という2つの国家に分断された。この分断国家という存在が特殊なのは、どちらにも地域主義的な基盤が無いことである。例えばドイツとオーストリアは同じ民族の国だが、南北朝鮮とは性質が異なっている。どちらも地域主義的な基盤によって成り立っているからだ。分断国家にとって自国領とはあくまで国家統一までの一時的なものである。

 朝鮮民主主義人民共和国も大韓民国も朝鮮半島の全土が領土と主張してやまないし、その根拠は地縁ではなく、イデオロギーだった。したがって北部の人間であっても資本主義を信奉すれば大韓民国の支持者になるし、南部の人間であっても共産主義を信奉すれば朝鮮民主主義人民共和国の支持者ということになった。

 したがって、2つのコリアの帰属意識は当初は不安定だった。南朝鮮労働党は南部でありながら朝鮮民主主義人民共和国を支持しており、当初は反乱を繰り返していた。北部では地主やキリスト教徒などが大量に南部へ脱出していた。最終的に悲惨な朝鮮戦争によって南北の分断は固定化された。

 ここで問題となったのは日本列島に住んでいた朝鮮半島系の人々である。彼らは第二次世界大戦以前にいろいろな事情で日本に渡航してきていた。朝鮮半島が分断された場合、彼らはどこの国に忠誠を誓うのだろうか?

 在日コリアンは敗戦まで日本領朝鮮の帰属だったはずだが、戦後に日本籍が失われると別の国籍を選ばなければならなかった。ここで大韓民国への帰順を選択した人間は韓国籍となったが、大韓民国を選ばなかった人間は朝鮮籍となった。日本は朝鮮民主主義人民共和国を承認していなかったため、朝鮮籍の「朝鮮」は「第二次世界大戦前に朝鮮半島出身だった者」という意味に留まった。「旧朝鮮の出身者」ということである。先程の分類に当てはめると②ということになるだろう。朝鮮籍にこだわる人間は北朝鮮に親和的であることが多かったが、建前上は北朝鮮ではなく、南北どちらでもない「朝鮮」ということになっている。まさに宙に浮いた国籍である。本当にわかりにくい!

 ①じゃないのという意見もあるだろうが、それは違う。なぜなら朝鮮籍から韓国籍への変更はできても、逆はできないからだ。朝鮮籍の「朝鮮」とはあくまで存在しなくなった国の国籍なのであり、言ってしまえば無国籍に近い。

北朝鮮の優位

 さて、朝鮮半島の分断という現実を受け、在日コリアンはどのように行動したのだろうか。戦前の朝鮮半島は北部で工業化が進んでいたのに対し、南部は農業中心で遅れている傾向にあった。したがって、在日コリアンの多くは南部の出身だった。

 しかし、在日コリアンへの浸透に成功したのは韓国ではなく、北朝鮮だった。日本が西側国家であったことを考えるとこれは奇妙にも思える。しかし、在日コリアンは貧しかった上に日本で差別を受ける立場にあったため、右翼よりも左翼の方にシンパシーを感じていた。また、当時の朝鮮半島の現状を見ると、韓国よりも北朝鮮の方が住みよい国に見えたようだ。実際、1970年代まで北朝鮮の経済水準は韓国よりも高かったと言われている。韓国政府が日本国内での組織化に後ろ向きだったという事情もある。

 以上の要因により、北朝鮮は日本国内でかなりの影響力を得ることができた。日本が西側国家だったにも関わらず、北朝鮮を支持する在日コリアンが多かったのだ。1960年代の帰還事業で北へ帰還する人間が多かったのも、無視できない数の在日コリアンが北朝鮮寄りだったことを示しているだろう。現在では考えられないが、冷戦時代の日本の左派は北朝鮮を支持し、韓国を熱烈に批判していた。韓国は軍事政権の悪い国ということだった。一方、右派は反共という観点から韓国との繋がりを持っていた。(統一教会はこの時に日本に持ち込まれたものである)

 実際に在日コリアンのどの程度の割合が北朝鮮を支持しているのかはわからない。しかし、1950年代の時点では在日コリアンの半数は韓国籍を拒否し、朝鮮籍のままであることを選んでいる。北朝鮮の劣勢が続いて久しい現在においては流石に韓国籍の人間の方が圧倒しているが、それでも無視できない人数が未だに北朝鮮の方に近しい存在として活動している。

朝鮮学校とヘイト

 さて、朝鮮学校は北朝鮮によって設立された外国人学校である。一時期、民主党政権時代に無償化の対象となるか否かで議論になったが、最終的に取りやめとなった。朝鮮学校は金日成や金正日の肖像画が掲げられており、日本国政府としては容認不能だったからだ。現在もこうした方針が続いているかは分からないが、北朝鮮の学校という基本的な性質が変わらない以上、日本国政府としては支援することはできないだろう。

 朝鮮学校が日本国内で冷遇される立場となったのは、この学校が日本が承認していない北朝鮮の学校だからである。現在も日本と北朝鮮の関係は非常に悪いため、当然に朝鮮学校への眼差しも厳しくなってしまうだろう。民族の問題というよりも、イデオロギーの問題だったわけである。北朝鮮の関係者が日本に対して挑発的な態度を取るのは当たり前であり、民族云々の問題ではないのだ。

 一方、朝鮮学校を叩くヘイト勢力がどこまでこうした事情に立脚しているかは不明である。彼らは民族主義的な傾向があるので、冷戦的秩序の中で南北が対立構造にあるという事情にはあまり関心がない。むしろ韓国も北朝鮮もまとめてヘイトの対象であるようだ。

 朝鮮半島の独特な点として、左派の方が民族主義的な傾向が強いというものがある。したがって韓国よりも北朝鮮の方が民族主義は強烈である。朝鮮学校は自分たちのアイデンティティとして民族主義を押し出す傾向がある。朝鮮学校に対する批判は北朝鮮に対する敵対ではなく、民族に対する差別であるという主張にすり替えられる。この世界観と親和的なのはネトウヨやヘイト勢力である。これ以上に皮肉なことはない。

 ネトウヨ全盛期にしばしばバッシングされた朝鮮学校だが、韓国学校に関する事案はあまり聞かなかった。ネトウヨは韓国叩きに熱心にも関わらずである。ネトウヨはこの辺りの事情にあまり明るくないのではないかという疑念は尽きない。ヘイト集団はどこの国でもそうだが、彼らは人間が奥底に持つよそ者嫌いの感情を刺激することが中心になっているので、論理的な議論は好きではないのだろう。民族主義がインテリに嫌悪されるのはこうした要素なのではないか。

まとめ

 今回はかなり際どいテーマを扱ってみた。流石に危険すぎるテーマだったかもしれないが、あまりにも多くの人が誤解しているので、あえて一石を投じたつもりである(ヘイト的な意味ではなく)。

 朝鮮学校が冷遇されているのは日本国と対立関係にある北朝鮮の学校だからであり、純粋な民族問題が原因とは考えにくい。民族差別が原因ならば韓国学校も同様の扱いになっているはずである。日本が大韓民国を唯一の正統政府として承認し、北朝鮮と深刻な拉致問題を抱える現状では、うまく行かないのは必然だろう。ところが北朝鮮系の在日コリアンは現状の問題を民族主義的な世界観にすり替えることが多く、ヘイト勢力もこの世界観には驚くほど親和性が高いようだ。

 在日コリアンのアイデンティティはエスニックマイノリティの例に漏れず複雑で重層的なのだが、朝鮮半島の分断という要素が特に複雑さの次元を上げている。ネトウヨ勢力はこうした背景にあまり詳しくないので、「韓国」叩きをしていながら、嫌悪するのは在日「朝鮮」人である。これには朝鮮という用語の定義が三層構造であり、日本語では区別が付かないという事情もあるだろう。ネトウヨが偉大なる金日成大元帥の領導に従って大韓民国の存在を否定しているのなら別に良いのだが、そういうことでも無さそうである。

 ちなみにどうでも良い話だが、ネット上の北朝鮮を面白がっている層はネトウヨよりもむしろミリオタとの親和性が高いので、政治的にはかなり北朝鮮に敵対的なはずだ(一方で韓国には友好的である可能性が高い)。

 在日コリアンを巡る定義の混乱は今後減衰していくと思われる。

 第一に韓国の経済成長によって韓国が日本と対等な先進国となったため、以前ほど民族差別の対象にはなりにくくなった。1950年代の朝鮮半島出身者は現在のクルド人に近いイメージだったのだが、現在は韓国はむしろ美容の国となっている。最近の韓国では就職難で日本に移住する者も増えているらしいが、彼らが1950年代の朝鮮半島出身者と同じイメージで語られることはまずない。

 第二に朝鮮半島の分断が久しく、北朝鮮が衰退しているため、北朝鮮寄りの勢力が在日韓国人を取り込む可能性が皆無になった。エスニックマイノリティとしての朝鮮半島系の人は今後も存在し続けるだろうが、彼らが北朝鮮政府を支持するかどうかはまた別である。最近の北朝鮮政府は公式に「第一の敵国である大韓民国」という表現を使用しており、もはや南北は別の国として分離されつつある。

 第三に中国脅威論の増長で韓国は日本の敵対国とはなり得なくなっている。尹政権は対日協調を続けており、東アジアの冷戦構造はむしろ強化されそうである。すでに日本人にとってのライバル国のイメージは中国になっており、台湾や香港に目が向いているだろう。

 いつものように長大な議論になってしまったが、要するに在日コリアンのうち、北朝鮮に親和的なグループが日本国内でうまく行かないのは、やむを得ないところがあるのである。

 在日コリアンのうち、大韓民国に親和的なグループは遥かに対処しやすい。普通の隣国として関係を結べば良いからだ。その上、韓国が先進国となったことで摩擦は軽減されている。日本にやってくる韓国人はアメリカ人やイギリス人と同じ立ち位置になっており、1950年代とはあまりにもイメージが異なる。地方の場合は1950年代のノリを引きずっているかもしれないが、東京においては以前のような問題は起こりにくいと思われる。

 むしろ問題となりうるのは北朝鮮の崩壊後の南北問題だ。豊かな韓国人にとって北の同胞は1950年代の日本における在日コリアンに似た存在に映るはずだ。強烈な差別偏見が発生することは間違いないし、その解消には何世代もかかるだろう。

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