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書籍#08.『名画で読み解くロマノフ家12の物語』中野京子(著)〜恐怖と魅惑がうずまく絵画〜

るしあ昌

 ハプスブルク家、ブルボン家に引き続き、『名画で読み解く』シリーズの第3弾はロシアの『ロマノフ家12の物語』です。

 煌びやかな宮廷で、個性豊かな人物が好き勝手に暴れまくって人間ドラマを繰り広げるハプスブルク家やブルボン家とは異なり、ロシアのロマノフ家には、人間が持つ底なしの残忍さが人々の精神を蝕んでいく恐怖の物語がありました。

ロマノフ家


◆ロマノフ家

 ロマノフ家は、1613年にミハイル・フョードロヴィチ・ロマノフロシア皇帝(ツァーリ)に戴冠し、1917年にロシア革命が勃発してニコライ2世が退位するまでの300年余りロシアを統治した帝室です。

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<『ミハエル・ロマノフ』ヨハン・ハインリッヒ・ウェデキント画>
Wikipediaより)

 約100年前までロマノフ朝が実存していたと思うと、それほど昔の話ではないような気がしてしまいます。

 特にニコライ2世は家族で写っている写真や動画も残っていて、1918年にボルシェビキによって一家銃殺されてしまいますが、末娘のアナスタシアに関しては生き残り説が根強く残り、最終的にDNA鑑定で家族全員が1918年時に処刑されていたと判明したのは2007年のことでした。

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<ニコライ2世家族写真>(Wikipediaより)


◆ロシアはやっぱりおそロシア?

 ロシアと聞くと、どこか陰気臭くて、不気味な雰囲気を想像してしまいますが、このロマノフ朝も本書にある通り「弟が姉を、夫が妻を幽閉し、父が息子を、妻が夫を殺してきた歴史」だったそうです。

 拷問、監禁、処刑、虐殺という、恐怖政治半端なしーー。また、「連綿と続いてきた無気味な秘密主義」に根差すロシアのやり方は、人々の間にあるはずの絆や信頼を見事なまでに非現実的なものへと変貌させていくのです。

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<『イワン雷帝』ヴィクトル・ヴァスネツォフ画>(Wikipediaより)

 見るからに冷酷そうなこの人物は、ロマノフ朝の前のリューリク朝イワン雷帝です。誰彼構わず恐嚇きょうかくすることしか知らなさそうなこの出で立ち。でも実は、その原動力となっているものも、彼の中にある憂虞ゆうぐに他ならないのだろうと感じざるを得ません。それはまるで、恐怖に対する恐れから生まれるものは、結局のところ、恐怖しかないのだということを教えてくれているようでもあります。

 このイワン雷帝の最初の妃がロマノフ家のアナスターシャでした。教養もあり雷帝からも愛された彼女は、癇癪持ちのイワンを見事に宥めていたようですが、急死してしまいます。そして、それが当然かの如く毒殺が疑われ、イワンは粛清を強化していきました。

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<『イワン雷帝と息子イワン』イリヤ・レーピン画>(Wikipediaより)

 終わりを知らない恐怖政治の行きつく先はこういうことなのでしょうか。イワン雷帝は愛するアナスターシャとの間に生まれた大事な、大事な跡継ぎの息子を誤って殺してしまいます。

 背景には、妊娠中だった息子イワンの妻が、略装で行事に出席したことがありました。イワン雷帝は激怒し、皇太子妃を杖で殴って流産させてしまうのです。息子イワンはそのことを意見しに雷帝のもとへ行ったところ、命を落とすことになりました。

 その最後の様子を描いたのが『イワン雷帝と息子イワン』です。

 今、まさに、この瞬間に起きているかのような臨場感が伝わってきます。そこにあるのは、すべてを失ってやっと気がつく「後悔先に立たず」という意味の深さと、その意味を体験しなければ気づけない人間の愚かさのような気がします。

 これは決して現実ではないのだと必死に闘う雷帝と、最初からこうなると分かっていたかようにすべてを受け入れて父の腕の中で眠りにつこうとしている息子イワンの悲し気な表情が、とても印象的です。


◆好きな絵が多すぎる

 これ以外にも、ロマノフ家にまつわる絵画には恐怖を抱くものが多いように思います。ただし、恐怖はあるものの、そこには一瞬にして惹き込まれてしまう何かが、確かにあるのです。

 ここからは先ほどの『イワン雷帝と息子イワン』同様に、特に好きだった作品をさらに3点ご紹介します。

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<『皇女タラカーノヴァ』コンスタンチン・フラヴィツキー画>
Wikipediaより)

 こちらは表紙にもなっている、ネヴァ川沿いのペトロパヴロフスク要塞に投獄された『皇女タラカーノヴァ』です。本書で紹介されていた名画の中でも特にお気に入りの作品です。

 一見、美しい女性がベッドの上で悲愴感を抱いているように見えますが、実際何が起きているかというと、川の氾濫によって窓からは大量の水が流れ込み、溺死するしかない彼女の運命を描いているのです。

 水から逃げるためにベッドに必死でよじ登ろうとしているネズミの存在が、彼女の絶望感をより生々しく演出させています。

 こ、怖いーー。そして、ネズミがすんごく可哀想ーー。

 それなのに、彼女の妖艶な麗しさに惹かれている自分もいるのです。


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<『ロシアからの撤退』ニコラ=トゥサン・シャルレ画>(Wikipediaより)

 この『ロシアからの撤退』からは、襲い掛かる自然の圧倒的強さと人間の無力さを感じます。

 ロシアの地で人間が残酷な生き物になってしまったのは、この過酷な自然が一因なのではないだろうか(できれば、そうであってほしい。でなければ、人間だけで、あれほどまでに無慈悲な残虐性を生み出してしまっていることになる・・・)、と考えたくなるような光景が広がっています。

 本作のサイズが 192×295㎝ ということで、実物を見てみたいと思う作品です。本物を見て圧倒されたいという、不思議な欲求ね(笑)


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<『ヴォルガの舟曳き』イリヤ・レーピン画>(Wikipediaより)

 動力がない時代、船が流れに逆らって河川を上るには、馬や人の力が必要だったそうです。『ヴォルガの舟曳き』が描かれた時代にはすでに蒸気船があったにも関わらずこうして人力を利用しているのは、それが「安上がり」だったから。

 ここに描かれているのは、苛酷なまでに虐げられた人々の姿です。

 そんな姿を見ていると、実は彼らは生きていて、今にもこちらに向かって動き出してくるような錯覚を覚えます。こんな世界が存在したのだという、恐怖。この環境下で生きるしかなかった人々を想うと、心が痛いーー。

 それなのに、尊厳という言葉が一切存在しない苦しみの中で生きる人間の姿にこそ、恐怖を抱いてしまう自分がいるのです。哀れみよりも同情よりも恐怖が先に来るのです。そんなことを感じてしまう自分は、人間として最低な奴なのかもしれないと思ったりもして・・・。

 こっちを見ないでほしい(特に手前にいる方々)。

 いや、見ているのは私かーー。

 できれば、こんな光景からは目を逸らしてしまいたいと思いつつ、それでも、眉間にしわを寄せながら、結局凝視してしまうのです。


◆おすすめの理由

 ぱっと見るだけでも恐怖を抱いてしまう絵画を、背景を知ることでさらに恐ろしく感じ、そこから絵の全体を、さらには、解説されている細部までに目を凝らしては、またゆっくりと全体を見て、当時の様子に耽るのです。

 これが、『ロマノフ家12の物語』の醍醐味だと思います。

 そんなことを繰り返し、分かったことは、どうやら私はイリヤ・レーピンが描く絵画が好きなのだということ。

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<『皇女ソフィア』イリヤ・レーピン画>(Wikipediaより)

 ね。このレーピンが描いた『皇女ソフィア』も生きているかの如く、魂の底からめっちゃ怒ってる感じがするでしょ。これが魅力。


◆あとがき

 印象的な一文がありました。

「それぞれの王朝の終わりを見て思うに、つくづく人間は歴史に学ばない(学べない)のだなあということ」

 『名画で読み解くシリーズ』のハプスブルク家、ブルボン家、ロマノフ家だけでなく、人類の歴史を見ても、そうなのかもしれません。

 そして、こう続きます。

「学んでいるつもりでも、いざ己のこととなると、身近に迫る変化の気配すら感じないのかもしれません(巨大恐竜が足元に目がゆかないように)」

 うん、確かにーー。


◆◆◆


 本書では、ロマノフ家を以下の12の名画を通して解説しています。

1. ワシーリー・スリコフ『フィードシヤ・モロゾワ』
2. シャルル・フォン・ステュイベン『ピョートル大帝の少年時代の逸話』
3. ニコライ・ゲー『ピョートルと息子』
4. カルル・ヴァン・ロー『エリザヴェータ女帝』
5. コンスタンチン・フラヴィツキー『皇女タラカーノヴァ』
6. ウィギリウス・エリクセン『エカテリーナ二世肖像』
7. ニコラ=トゥサン・シャルレ『ロシアからの撤退』
8. ジョージ・ドウ『アレクサンドル一世』
9. イリヤ・レーピン『ヴォルガの舟曳き』
10. 山下りん『ハリストス 復活』
11. ボリス・クストーディエフ『皇帝ニコライ二世』
12. クロカーチェヴァ・エレーナ・ニカンドロヴナ『ラスプーチン』

 前作のハプスブルク家とブルボン家との繋がりも出てきますので、一緒に読むと本書をさらに楽しめます。


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