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新宿プレイマップ 1970年10月号 日本語ロック論争 全文掲載

新宿プレイマップ

喧論戦シリーズ②「ニューロック」
☆内田裕也(フラワー・トラベリン・バンド)
☆鈴木ヒロミツ(モップス)
☆大滝詠一(ハッピーエンド)
☆久民(LICK・UP・PLAYER)
★司会・相倉久人(ジャズ評論家)
★撮影・羽永光則

■ロック→GS→ニューロック


内田 僕はロカビリーから一貫して、12間も、ロックに近い事をやってきたわけだけど、ボクのバンドは3年くらい前、つまりGSの最盛期の時あたりから、かなり変った事をやってきたつもりです。演奏法なんかもそうですけど、外国のマシーンの紹介ですね。ジェファソンや、チューニンルクスなんてボクらが紹介したようなもんだ。その意味では、パワーハウスとかモップスとかその頃からやってる連中は、何らかの意味で、今やってる連中の指針になってるんじゃないかという気がしますね。それに、今みたいにウッドストックネーションなんて騒がれる前だから給料なんて全くないような状態でやってたけど、案外やりたい事やれたように思う。

鈴木 ロックがどうのとかいう事はオレは殆ど気にしないままGSの時代から、”現実に即した歌を”ということでやってきた。アニマルズが好きで彼等の歌をよく歌ったのも、エリックバートンさんという人が、現実に即した自分達の生活を歌っている点に共鳴したわけで、別にGSへの対抗というのではなかった。それに、今は、GSとロックの間に厳密な区別はなくなってるし、ロックゼネレーションというくらい、音楽の代名詞というより、世代になっているわけで、若者の間の共通の欲求、考え方、あらゆるものを音楽にしたものがロックだと思うんで、その意味じゃ俺タチは昔からロックをやってるんじゃないかと思うのでゴザイマス(笑)

大滝 ボクはついこの間までGSみたいな事をやってたけど、去年の夏くらいから日本のロックについて考えているんです。つまり日本の中に外国のロックを持ち込んでも何となく馴染めないという原因は、言葉の問題が一つにはあると思うわけです。そこで日本語でロックをやってみたわけなんです。今度ハッピーエンドというバンドを作って五日にレコードが出るんですけど、何かそういう試みをみんながやってみたらと思いますね。

久民 ボクなんか見てて思うのは、使う言葉が日本語でありながらビートは向こうのまんまということの不均合のようなもの。つまり、日本の歌というのは、やっぱり浪曲なんですよ。知らず知らずのうちに身につけちゃってる。だから、マスコミ的にロックが普及してもこの間の富士急ハイランドみたいに人が集まらなかったりするんで、もう一度、日本語の体系とリズム、日本人の体質という点を考えてもいいんじゃないかと思うけど、裕也さんなんかどうですか。

内田 前に日本語でやった時があるんですよ。やっぱり歌う方としては”のらない”というんですよね。ボクは夢が大きいのかもしれないけど、独立した時からロックは世界にコミュニケート出来るものと思っていたからエキスパートを狙っていたし、それに今度アメリカでやらないかという話があって向こうへ行くんですけどその時にボクは変に日本民族というのを強調しなくてもいいと思うんですよね。別に着物を着ていく必要もないし、世界は一つだと思うから、着物着たけりゃ着てもいいし。だから、もし日本語で唱うより、英語で唱って言葉が判らなくても”のって”説得できれば、その方がいいと思いますね。それにフォークと違ってロックはメッセージじゃないし、言葉で、”戦争反対、愛こそ全て”と云うんじゃなくて若い連中がいてそこにロックがあれば、何か判りあっちゃうと思うし、言葉は重要だと思うけど、ボクはそんなにこだわらない。でも、大滝君達が日本語でやるというのなら成功してほしいと思う。

鈴木 そりゃ日本語でやれれば日本語の方がいいさ、でも現実に日本語じゃ波にのらないね。日本語って母音が多いんだよな、だから”オレはお前が好きなんだ”なんて叫んでも”何言ってる”なんてシラケちゃう(笑)もっと演歌みたいに歌えば感じるんだろうけどロックで怒鳴っても”アイツバカじゃねえか”っていわれるのがオチだしね(笑)

相倉 ボクはニューロックが登場した時点が面白いと思うんだ。その前に反戦フォークの流行った時期があった。でも、そういう言葉による伝達ではもうダメなんだ、つまり戦争反対という言葉にメロディーをくっつけただけで考えを理解させるというオプチミズムが崩壊した後でニューロックというのが出てきた。だから内田さんの言う事はその通りだと思うし、大滝君が日本語でやるという事は、日本人に歌はあるのかという基本的でかつ深遠なテーマにもかかわりあっちゃうわけで非常に面白い試みだと思う。

大滝 ボクは別にプロテストのために日本語でやってるんじゃないんです。何か、日本でロックをやるからには、それをいかに土着させるか長い目で見ようというのが出発なんです。ボクだって、ロックをやるのに日本という国は向いてないと思う。だから、ロックを全世界的にしようという事で始めるんだったらアメリカでもどこでも、ロックが日常生活の中に入り込んいる(原文ママ)ところへ行けばいい。全世界的にやるんならその方が早いんじゃないですか。でも、日本でやるというのなら、日本の聴衆を相手にしなくちゃならないわけで、そこに日本語という問題が出てくるんです。でも日本日本と言うからといってボクらは国粋主義者でも何でもないから誤解しないで下さい(笑)

内田 でもロックが日本で土着した状態というのは具体的にどういう事をキミは指すの?土着に成功して、ロックが地方を廻る興行システムになっちゃうという事?

大滝 ボクらは成功するかしないかじゃなくて、ただやるかやらないかだけなんですよ。

内田 それもいいけど、成功しないかもしれないのに、何を目的にやるんだ?オレは成功しない事をやる気はないね。オレ達が何かやるのは、やはり、成功する事で自己の存在を確認して行くという点なんじゃないのか。

大滝 でも成功したいという理由でコピーばっかりやってるというのは逃げ口上じゃないですか。

内田 日本語のオリジナルが好きな奴もいるし、向こうのコピーの好きな奴もいるし、アナタはコピーを馬鹿にした言い方するけど、アナタは自分のバンドの技量としてどうなんですか、向こうのバンドよりうまくコピー出来る自信があるわけ?

大滝 向こうのバンドより以上に出来るバンド(原文ママ)があったら聞きに行きたいですね。みんなそれを目指してやってるんじゃないですか。

内田 だからどの程度だい。

大滝 そんな事自分じゃ判らないじゃないですか。

相倉 土着という言葉を厳密に本来の意味合いに使うと、田舎へ帰るという事になるけど例え田舎に行っても日本の原型なんてないわけで、例えばボクなんか新宿に土着するしかないと言い切っちゃてもいいくらい都会にしか土着できない。でも都会の人間は流れ歩いてるわけで、土着という概念からみれば全く相反するものなんだ。そこで土着するという事は、土着しようという志向性を持ってるかどうかなんだ。つまり、今迄の話で言うと、ロックのリズムというのは、やはり基本的には英語圏のものだよね。言葉とリズムが非常に密着してるから、あれだけの力強さが出るわけだ。だから日本語とロックを結びつけて狂熱のリズムを生まれさせるには100年くらい先の事になるだろうと思うし大変な事だと思う。でもそれは続けなければならないし、それと、ロックが土着し切って日本に新しいモノが生まれるという可能性の問題とは別だと思う。

■社会現象としてのニューロック


内田 今現象としてのロックについて盛んに云われてるわけだけど、オレが言いたいのは、音楽としてのロック。オレは自分でリードギターとヴォーカルに関しては世界で通用すると思っているけど、そういう下地がない所でも中途半端なオリジナルっていうのは無い方がいいと思う。それはタイガースやテンプターズと同じになっちゃう。大滝君の所はジャズ喫茶には出てる?

大滝 前はGSのような事をやってて出てたんですけど、仕事に追われるのがいやで、今は余り出ませんね。

内田 例えばロックフェスの時だけナマでやるバンドなんていうのがあるけど、ベースはやっぱりジャズ喫茶だよ。テレビじゃナマの音は伝わりっこない。50人でも100人でもナマの反応がないとダメだ。

相倉 そういう日常活動は絶対必要だ。ところでロックがブームなんて事はいつからいわれはじめたんだろうか。

内田 やっぱりこんなにブームのようになったのは去年の夏のウッドストックの成功以来の現象だと思いますね。それまでボクらはテレビには余り出たことがなかったし、カネも入らなかったな。

久民 そのギャップがすごいからこの間の富士急ハイランドにしても今回の富士オデッセィの中止の件にしても問題が出てくると思うんですよ。つまり、アメリカの場合は、ロックを媒介にして人が集まるような社会状況があったわけで、ロックそのものの魅力だけではなかったと思うし、まして大新聞に広告を出したからなんかじゃないんですよ。日本の場合、そういう状況への分析なしに、一万集める二万集めると、数字だけをイージーに語ってしまう。そのくせ、やった後で人の集まりが悪かったりすると、主催者は自分の責任を回避した形で、もうロックはダメだと一般論にスリ替えるか、ロックバンドの責任にしてしまう。真面目にやっている連中までが巻き添えを食っちゃう。

鈴木 ウッドストックだって大分前からつみ重ねがあったわけだけど、日本の場合はホンの二、三年前からボチボチ出てマスコミにとりあげられるようになったのは、ここ半年くらいでしかないのに、二万三万集めようって言っても無理なんだよ。みんな真剣にやってるんだけど、やってる側にも聞いてる側にも両方の中に意見の違いがあるし、どんどん分裂する気がするよ。

久民 でも地方にも、オデッセィへ行きたい人はいると思うんですよ。たまに地道なキャラバンをやったりすると成功するし、ファンの性格も変ってきている。例えば日比谷のコンサートの時でも裕也さんのメンバーが出るとファンが前に動いて、終わるとゾロゾロ下ってくるという、今までになかった現象がでてるわけですよ。ないのは、そういう動きを組織する地道な方法論なんですよ。

相倉 ロック界を組織しようとしている人が企業プロデューサー風に動きすぎるという気がしますね。

内田 ボクたちプレイヤーが表に出なさすぎたと反省してますね。富士急なんかの場合、あんな惨めな結果に終わっちゃうと、もっと最初からミーティングにも出て意見を言うべきだった。失敗したって思ってますね。

久民 バンドの責任じゃないですよ。

内田 オレはバンドの責任だと思うね。つまり、それはかつてのGSのようなスターがいないという意味ではなくて、電気のつかない、当然テレビもないような所でやっても人が呼べるような音楽性と主張を持ったグループがいないという事じゃないかな。例えばあそこにジョーカーズのようなバンドが出てたら違ったんじゃないかと思う。それを逃げては卑怯だと思うね。それとあとは場所の問題、遠いということと遊園地の中のアトラクションということ、安易に企業やスポンサーと結びついてしまいすぎる。

久民 シビアに言えば、ああいう催しには出るべきではなかった。切るべきだったと思えますね。

内田 どこかの新聞に”商魂ロック不発”って書いてあったけど、まあそんなようなもので、案外失敗して良かったのかもしれない。

鈴木 ロック人口がまだ少いんだよ。東京だって、せいぜい五千人集められればいい方のわけよ。まして田舎にはロックと共通する生活なんてないんだから。ロック・ジェネレーションなんて言っても、殆どは受験勉強だとか、将来の会社の事考えてるわけじゃん。だから日本には”受験勉強はいやだ”なんてロックが流行するわけ。

■富士オデッセイ挫折の内幕


相倉 音楽っていうのは聞き手と演奏者がいて、そこで作られる場がどう拡がっていくかという事で育っていくんだと思う。けれども、その場がどこで作られていてどの程度あるのかの読みの甘さが今までは決定的にあった。その辺りの責任はプロデューサーにありますね。例えば内田クンが何を考え何をやりたがっているか、集まって来る聴衆がどれだけいるのか、という読みが全く浅い。ただロックが盛んだから、一寸変った企画を立ててワッと宣伝すればすぐ人が集るだろうという事で何かをやる。ウッドストックなんか感心したのは長い間アメリカでニューロックが続けられて来て、その結果ああいう事をやったら成功したというプロセスがあるでしょ。日本でもし成功しても、それは、マスコミ的にコマーシャルな意味で成功であって、日本にロックが根づいたというのとは全く無関係ですよね。

鈴木 たまに”若者の手で”なんてやると二、三百しか集らない。やっぱり今ロックが好きだって騒いでいる連中のうち、本当に分かっているのは二、三割じゃないかな、他はロックを知っていればエリートだとか流行の先端だとかいう連中だよ。

内田 でも二年くらい前は全く見向きもされなかったんだからやっぱり進歩だ。

相倉 そこで例の富士オデッセィについて簡単に行きましょう。内田さんは詳しい筈だけど。

内田 オデッセイで一番汚かったのは評論家の人達ですよ。彼等がもっと社会的責任を持って発言してくれたら案外うまく行ったんじゃないかという気さえする。始めのうちは、評論家の人達とかオレ達は、オデッセィ六人衆なんて呼ばれたりして、現地へ見に行ったり子供の遠足みたいに一緒にやってたわけですよ。それが、もっと若者の手でやるべきだという話が内部から起って一寸混乱が起きたら、音楽雑誌を中心にした評論家の人達は、敵にまわって、”富士オデッセィの内幕暴露”なんて記事をのせたり、クチコミで”あれはヒッピーとマリファナの集会だ”なんて流したりする。それでスポンサーがつかなくなったんじゃないかと思いますね。大体、バンドの契約もしてあるし、場所も日取りも決まっているのに、時期が早いから止そうなんていいだすんだからオレは今臨在評論家の人とは付き合いたくないって気がしますね。

相倉 それはボクがさっき言った評論家のあり方に関係すると思うんだけど、企業プロデューサー風に動きすぎるのが一番問題だと思うんだ。我田引水になるかもしれないけど、評論家というのは、ただ音楽を聞いて書けば良いというのではなくて、僕の場合はジャズ界を如何に組織できるかという事の一環として評論してるわけ。それを考えるために自分は演奏しないんですから。でも自分の場所というのは、ミュージシャンと常に一緒の所にいるわけです。ボクは長い間司会をやっていたけど、そこで話す事によりミュージシャンのプレイが変わる。そこでボクの話がまた変わる。これがジャズだと思うし、評論行為とはこの対応関係にあると思うんですよ。普通の評論家は、自分は演奏してないっていうコンプレックスがあるから一寸批判されるとすぐ引っ込んじゃう。そんな時”冗談じゃない、オレはジャズをやってるんだ”と言い切れない評論家は止めた方がいいと思う。ロック界でも同じですよ。組織者がいないで皆企業プロデューサー的にしかモノを考えない。

内田 ボクは評論家のジェネレーションも変わるべきだと思いますね。若い世代じゃないと判らないんだよ。オトッツアンは”誰がいつ生れた”なんてのはよく知っているけどそんなもんじゃないですよ。ともかくオレは残念に思うね。もしオデッセィが夏のイベントとして行われていたら日本のロックの土着化は、変わりましたよ。例え千人や二千人しか集らなくても、やったという事の方が重要なんだ。それを怖がっちゃ、日本のロックは、厚生年金の演奏とフォークとGSで終っちゃうんだ。

鈴木 反対するわけじゃないですけど、ボクはなかった方がよかったと思ってるんですよ。つまり、今はやる方も見る方も両方とも責任持たないでただ世代がどうだとかいう形でロックを語っている。音楽としてちっとも定着していない事を反省すべきだよ。

内田 今やらなかったらこのまま終っちゃうかもしれないぜ。だったら燃焼させるべきじゃないのか。単純に云うと、やらないよりやった方がいいという事なんだ。二つでも三つでも本場のバンドが来れば勉強になるし、自信深める事にもなった。

鈴木 向こうから二つ三つのバンドが来たくらいじゃそんなに人は入らないから二万も三万も入る所でやると失敗するよ。

内田 お前は案外常識的なんだよ。

鈴木 野外でやればいいってものじゃないよ。バスが五分おきにボンボン出て、向こうへ行けばメシ一食百円とか一泊五百円くらいで泊れるとか、具体的なものが出ないとダメなんだ。五千円も六千円もかかるなら東京でモップス見ようって事になっちゃう。要するに責任のなすりつけをしても仕方がないし、理想を語るだけでももう通用しないんだ。オレ達がやっていくしかない。

内田 日比谷で10円コンサートをやってから一年たつけど、その間何がどう変ったのか。10円コンサートをまた始めるべきだと思うんだ。同じ10円ではなくて一年間で物価も上ったし生活も苦しいから100円ぐらいにしてやってみようじゃない(笑)気どりすぎてたよ。せめてここのメンバーだけでもスケジュール調整してやろうや。

相倉 ロック生命と思うプレイヤーはいる。ロック生命と思うファンも少しはいる。でもロック生命と思う評論家はいないという事だ。

追発言① 感じとった世代 久民

かのアメリカのニューヨークから百六十キロも離れたウッド・ストックに四十万人の若者が集った、”アメリカが集まった”という感じ、アメリカ社会のいろいろの問題が自分自身の現実と密接な関係を持って響く私と同じ世代が集まって来た。
今日のように情報量がますます増大して来て、また情報ネット・ワークが発達した社会はいろいろな価値観だとかの雑多な思考・指向が並行するような、多層な社会でROCKと一諸に居るというか、生活とか体質がROCKに密着している層が存在しているのも、ごく当然のこと、またR&Bからロックン・ロールそして今日のROCKに変遷と同時に何の不思議もなく若者と一体化して来たのは、その時々の社会状況を肌に感じる世代と、同じ様にROCKもその時々の生活指向、体質を繁栄して来た。今ここで問題になるのはロック音楽にかぎっての事でなく、ロックの層、世代の持っている問題とROCKの関係だろうと思う。
ROCKとヒッピー的思考を持っている若者たちが互いに結びついた背景、必然性がROCK現象として注目されているのだろうし。
文部省の言う「理想的な日本人」とかニクソンの言う「フォゴトン・アメリカン」のように「スクエア」(ごくごく当たり前な人間=非常に皮肉な意味で)には成りたくないし、もっと本当の意味での人間的人生を求めている。またその表れとして言語の変化に例を取れば抽象名詞から抽象名詞+「する」の動詞への変化、今までの言葉(体制)と自分の行為の持っている意味との差が判った時、現実(体制と自分との距離)を自分の側に引きこむ方法として抽象名詞の動詞化として表れていると思う。
また、ウッド・ストックに集まった彼等は自分の囲りに多くの危機があると感覚的に知っていた、ベトナム戦争、黒人問題、インフレ、学園問題、公害等、けど彼らは政治運動とか芸術運動とかの様な運動体を造ろうとしていない、もう何かと運動の可能性はないと知っているようだ、パワーになっている、パワーの高まりに可能性を見い出している、「アメリカが共通の精神を持つ単一の国家ではあり得ない事実」現にウッドストック共和国が独立したし、他にいくつも独立している、これらの国はアメリカの独立当時よりハイ・ポテンシャルな国になっている。
六十年安保闘争の時の国会周辺のデモとウッドストックの根底は差のないものだろう、六十年の時点で安保の体質は意味の理解とか何とかよりも感覚的に危機を予見した若者が集まった、その意味では相似だといえる、けれども日本では複雑なまで細分化され、専門化があまりにも激しい、ロックならロックだけとか、バイクならバイクに執着しているために、他のセクションとの関係をどの様にもっていけるかが、あらゆる意味で何かを生み出す可能性を持っているはずなのにな。
音そのものとしての存在、個体の時間と全体の時の一体化を持ったROCKと「フューチヤ・ショック」(未来衝撃)で大人が神経的発作を起している中を若者は感覚的方法論で明日へ流動して行く。

追発言② 表象なき世代 相倉久人

ロックが世代という形をとるまでになったかどうかまだ問題ではないだろうか。そういう言い方をすれば、僕らはロックより一時代前のジャズ世代といえるだろうが、その立場から言うと、60年代はジャズの時代だった。というより、ジャズは60年代と共に動いて来た。それは、単にその時期にジャズが流行ったということではなく、ジャズの持つダイナミズムが、60年代という非常にシビアーな時代の持つ構造と共通性があったということ。つまり、この時代は色々な場所で、様々な人達が、何か到達しえないものをひたすら求め続けている時代だったので、密室の中でのジャズという行為が、有効な方法として成立していたわけで、例えばジャズに対する関り方を分類すると、ジャズをやっている人、ジャズの持つダイナミズムを持った行動をしている人、そして、時代のダイナミズムから逃れるためにジャズと敢えて無関係だった人、の三つになるが、こうした配置は、一定程度の時代的な普遍性を持っていた。しかし、それは、60年代後半から世界の動き方が変わると共に変化し、密室的ジャズの限界が語られるというプロセスでもあった。60年代はジャズの時代と言ったのは、それが時代と運命を共にする”表象”の役割を果たしていたからである。それ以後、つまり70年代を生きるジャズ以降の言わば”遅れて来た世代”の若者たちは、まだ自分たちの時代の表象を持ち得ていないと思える。だから彼等は”70年代はロックの時代”と言わずに”ロック世代”と言ってしまう。仮りに”ロック世代”という言葉を成立させれば、ロックの中には、彼等の持つ体質的な特徴は見ることが出来るが、それが彼等の”在り方”を表現しているかどうかは判らない。その特徴というのは、彼等が非常に感覚的なこと。モノを考える時には常に感覚から出発するわけだから、それ自体決して悪いことではないが、彼等の場合は感覚から深い思考へ到達することがなく諦めに近いような形でそれを無視する。その上でどう身をかわしていくかという所の安全弁として感覚という言葉が使われる。”感覚よ””フィーリングよ”という一語で全てが判ってしまったようにいい、全てが終ってしまう。論理の深み、心情の根底でのつながりが欠けた彼等の感覚的つながり方は、幅広く広がっていくように見えるが、その実非常に弱いものなのではないか。その傾向はロック集会にも見られる。かなりの人を集めるにもかかわらずワッと熱気をはらむようなものには余りならない。火がつかない。つまり彼等は、祭りを支える人間の根源的な欲求、パワーのようなものを自分の中から引き出そうとするのではなく、舞台仕掛けを作られた中での自己表現という形をとってしまう。何となくパワーらしきものを盛り上げればいいという発想があり、僕はウッドストックなんかもそう見ている。音楽の熱狂的な割には何処か湧かない部分があるという現象が生れ、このズレが今年に入って出てるのではないか。言い替えれば、今の若者たちにとってロックがかってジャズがそうであったように”時代の表象”たりうるかという問題が出て来たのではないか。ロック世代の若者たちは自分たちを表現する文化現象をまだ持たない。彼等にとってロックが”たまたま”というのでなく必然となるかどうかはやはり今後10年の問題としたいと思う。(談)

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