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子哭き寺①

白い女

 蒸し暑い八月下旬の夜の事だった。既に、時計は深夜二時を廻っている。ひと気のない細い山道を私はLEDライト片手に一人で歩いていた。

 辺りには放逐ほうちくされた竹林で覆い尽くされており、天高く伸びた竹たちが時折、生暖かい風を受けて笑っている。私はサラサラとした笹の葉の調しらべに不意に空を見上げた。

 空には厚い雲が覆いかぶさり、薄い月の光を遮っている。そのお蔭で辺りは真っ暗闇と化している。そこへ湿ったような葉の香りが漂う。おそらく、それは笹の葉と野草たちの匂いなのだろうか。

 竹林の隙間から遠くの眼下がんかに見える街明かりが揺れており、山の裾の下に広がる田園からカエルたちの合唱が響き渡っている。さすがに深夜だけあって、真昼の暑さは少しだけ和らいでいるように感じた。

 ここ周防山の駐車場から私が歩き出してから既に三十分が経過していた。朽ちた枕木と砂利の回廊を登り続ける。私のふくらはぎの皮が突っ張り、まるで棒のように重くなっていくのを感じた。

「それにしても・・。この階段は、どこまで続くのかな」

 私は階段の長さにうんざりとしながらも上へと登る。朽ちた枕木が足を乗せる度に甲高い音を鳴らし、ゴツゴツとした砂利がLEDライトに照らされて、不気味な陰影を作っていた。

 私の額から吹き出す汗が一滴、一滴と落ちては闇に吸い込まれていく。

「ふぅ・・」

 額から滝のように絞り出る汗を長袖シャツの袖口でぬぐいながら

「はあはあ・・。それにしても長いわね」

 立ち止まった。そう言えば、先ほどまで聞こえていた虫の音が消えた。私は坂道に沿って舐めるようにLEDライトを照らしていく。

 ここからは、だいぶ先の方に石で出来た階段が浮かび上がっているのが見えた。その両脇を支えるように木で出来たの門もあるようだ。

「あれが、例のお寺なのかな?」

 そう思った時だった。私の背筋に悪寒が走り、思わず身震いしたのだ。

 蒸し暑い暗闇の中で、重圧された静寂だけが立ち込めていくように感じた。私の中に不安、それが暗闇の恐怖と溶け合い、渦巻いているような気がした。

 私は勇気を振り絞って、その門の暗闇の中へとライト向けた。と、その時だった。

 直線的に照射された白い光が一瞬、異形の物体をとらえたのだ。

「白い浴衣・・」

 私の網膜に焼き付いたのは、その凍りつくような映像だ。古い木製の門の前で、腰まである長い黒髪を垂らした白い浴衣を着た女性の姿が立ちすくんでいるように見えた。

 だが、その眼はくり抜かれたようにどす黒く、口も笑っているように真っ黒に塗られているのだ。そして、私が凝視する間もなく、その姿はスッと暗闇に溶けていったのである。


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