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エッセイ「鉄道員の子育て日記 ⑩サマーキャンプ」

 コロナ禍もしばらく続いているため、会社主催の行事はいまだに自粛が続いている。確かに最近の若い人たちには、アフター6などの職場での飲み会や休日のイベントは減りつつあるのが現状だと思うが、職場の同僚たちと楽しんだ想い出はたくさんある。
 まだ子供が小さかったころの会社が主催したイベントに家族で参加した楽しい思いでの話である。


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「おいパトカーだぞ。見つかったら逮捕されるぞ! 隠れろ!」

 道路わきに停まっているパトカーに見つからないように、子どもたちに警告しながら、我が輩は車を走らせた。後部座席でシートベルトをしていない子供たちは、その言葉を真に受けて、慌てて座席の下にもぐりこむ。

「いいか、通り過ぎるまで隠れてろよ。ベルトしてないのが見つかったらみんな刑務所行きなんだぞ!」と再度の言葉に、子供たちはさらに奥へともぐりこむ。特に、あと一週間で三歳の誕生日を迎える娘には、かみさんが「お父さんが逮捕されたら、お金が無くなって食べていけなくなるのよ」と真実味のある口調で駄目を押す。


 八月の初旬の今日は、会社が主催するファミリーキャンプである。住んでいる福岡から西の方向、佐賀県の唐津の海へと向かっているところであり、我が輩にしては、ひさびさの長距離のドライブである。元々長距離の運転はあまり好きではないのだが、それ以外にあまりドライブに行かない別の理由があった。

 それは強情な性格の娘が親の言うことを聞かず、シートベルトをしてくれないことであった。上の息子が素直な性格なのに対し、強情な娘にはほんと手を焼いている。言い出したら、聞いてもらえるまで延々と泣きながらも訴えるその態度には、ある意味で尊敬さえしたいほどである。

 しかし、こちらも折れることが出来ないこともあるので、「国家権力」さえ利用してベルトをしてもらおうと試みているところである。娘は、まだ二歳ながら「パトカー」とか「おまわりさん」「たいほ」とかは感覚的に解っているようで「かくれろー」とか「キャー」とか言いながらシートの陰にもぐりこむ。でも、ほんとに効果があるかというと違うみたいで、娘の方がうわてで、我々をからかっているだけなのかもしれない。

 都市高速を使えば目的地までは早く着けるのだが、今日はドライブを楽しみたいので一般道を通って行くことにした。車で二時間ほどの道のりだ。相撲が行われる国際センター、ショッピングのメッカ天神、そして博多名物長浜ラーメンの屋台前を通り過ぎていく。最近はラーメンを食べにきていないが、このあたりは相変わらず賑わっているようだ。

 最近どこも不景気で、わが鉄道業界も苦しいのだが、ラーメン業界は元気なようで、博多駅近くのキャナルシティのラーメンスタジアムでは全国のうまいお店が競うように出店して盛況をみせている。テレビでも「ラーメンは日本経済を救う」なんて言われているほどだ。

 福岡ドーム(現PayPayドーム)、福岡タワーのある百道まで来ると、超近代的なマンションが林立していて、まるで未来都市の様相を見せる。かみさんは「このあたりも埋め立てたばかりの頃は、なーんにも無かったのにな」と学生の頃を、しみじみと思い出している。そして室見川を越えると、二つの巨大な観覧車(当時)が競うように隣り合って立っているのが見えてくる。マリノアシティという福岡でも最も新しいショッピングセンター施設のひとつだ。大きな方の観覧車はロンドンに続き世界第二位の大きさだそうで、福岡市の元気の良さの象徴とも言える。はやりものの好きな我が家のこと、もちろん既に体験済みである。

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 サマーキャンプということで、例年なら本物のテント生活をするのだが、今年は珍しく一般の旅館を利用しての宿泊となるとのことである。旅館は佐賀県の景勝地で有名な虹の松原という海岸の東端にある。途中から、きれいな海を見ながらの湾岸ドライブを楽しんで、集合時間にはギリギリ間に合った。駐車場には観光バスも停まっていて、意外と大きな旅館である。

 玄関から長い廊下を通って食堂の大広間で受付をする。家族を含め80人ほどの参加者ということであったが、既にほとんどの人が集まっているみたいであった。知り合いを探したが食堂の中にはいないようだ。ふと外をみると庭内にプールがあり、たくさんのひとが泳いでいる。知り合いの子供たちは既に泳いでいた。

「あぁ、プールがあったのか。もう少し早くくればよかった。」と少し後悔した。もう少ししたら、みんなで行うキャンプのメインイベントが控えている。自由な時間はあまりなかった。急いでプールへと向かおうと思ったのだが、良く考えたら子供たちはまだ浮き輪が必要である。ポンプなんていう便利なものは持ってないので、口から息で膨らませるしかない。およそ一年ぶりに試みたのだが、安物のせいか弁の調子が悪くなかなか空気が入らない。顔を真っ赤にさせながらおよそ10分くらい延々と浮き輪と格闘するはめとなった。  

 この日は天気に恵まれたので、プールはとても気持ちが良い。二人の子供たちも浮き輪を使って小さいなりにお楽しみのようだ。5歳の息子はもう自分だけで足を動かして進むことが出来るので勝手に遊んでいる。泳ぐ姿は決してほめられたものではないが、少しづつは成長しているようだ。

 一方、娘は幼児がお風呂で使う浮き輪を使っての挑戦である。久しぶりのプールなので怖がらないか不安だったが、何食わぬ顔で楽しんでいる。ほんと肝っ玉の座った娘である。周囲のひとを見回すと、最近はイルカやらベッドみたいな大きなプールグッズを持参してきているのが目に映る。子供がイルカにつかまって気持ち良さそうにしていたので、大人げも無くちょっと借りて試してみたがバランスが取れずにひっくり返ってしまった。見た目以上に難しい。

 とにかく、海がすぐ近くにあるのにあえてプールで遊べるなんてとびきりのぜいたくだ。今日は、ここをハワイのリゾートホテルにでも来たと思うことにして楽しむことにしよう。ハワイには行ったことはないが、ビーチやプールで子どもと遊んで、御馳走を食べて、買い物して帰るのは一緒だろう。ほとんどが子連れの家族なのでビキニ姿の女性はいないし、砂浜はちょっと粘土質で灰色をしているし、プールサイドにはビールの広告が入ったちょうちんの飾りつけがしてあったりで、いかにもジャパンという感じだが、そこは想像力でカバーすることにしよう。お土産にはマカダミアンナッツのチョコでなくても、魚の干物でもいいじゃないか。

プールサイドのスピーカーから流れるサザンの初期のナンバーがとても心地よかった。

  そうこうするうちに、今日のメインイベントの時間がやって来た。旅館の横の海岸で行う地引網体験である。これだけはハワイにも勝るセールスポイントであろう。初めてのことなので、子供より我々大人の方が楽しみにしているのかもしれない。みんな裸足になり海辺へと向かう。既に船が網を仕掛けに沖へと向かっており、その網の両側のロープを二手に分かれてめいめいに手に持った。

 地元から手伝いに来ている漁師らしきひとの指示に従い、岸辺からロープを手前に引っ張って歩く。端まで来たらまた岸辺まで戻り、同じように引っ張る。我が輩の子供たちも、まだ背が低いためにロープにぶら下がっているだけのような姿だが、一生懸命に頑張っている。

 そうやってみんなで網を内側に寄せるように作業を繰り返していく。結構重くて少し疲れてきた頃、やっと網の部分が見えてきた。魚を逃がさないようにするためにか、ここからは海の中にまでひざまで入り込んで引くようにする。ロープが更に重くなる。八月に入って、まだ間も無いこの日、海にはすでに小さな「クラゲ」が発生していて、重くなったのはどうやら、このせいらしい。

 魚が見えた。どこからともなく声があがる。「何だ、この魚!」、「カニがいるぞ」、「小さいのが多いな」とあちこちで喜びの声がする。「おい、エイだぞ!」と大きな声があがる。網の中を覗くと、体長で60cmぐらいはあろうエイがかかっている。みんな予想外の獲物にテンションもあがる。網が引かれるに連れて、多くの魚があがるのと同時にクラゲも負けじと、その数を増やしていく。網の先端部はその目を塞ぐようにクラゲがびっしりだ。どちらかというと、クラゲの中に魚が埋まっているような状態である。

 最後の仕上げとして地元のひとたちが網の内側に入り、魚を手でつかむと勢いよく空中に放り投げる。大きな魚がひとだかりの中に落ちると、その周囲でどよめきがあがる。ケースの中にはみるみるうちに大小の魚、カニそして大きなエイが重なるように入っていく。足元いっぱいに拡がったクラゲの数には敵わないが、まずまずの大収穫であった。全ての魚が集められた後には、透明な寒天のような無数とも言えるクラゲだけが、足元に残されることになり、「クラゲの恨みを買うことにならなけりゃ良いが」、と我が輩は彼らの冥福を祈った。 



 それからしばらくして魚たちは大きな皿に見事に調理されて我々の前に並んだ。海岸ではよく判らなかったが、採れた魚は多くの種類にわたっていて、チヌが刺し身に、コノシロ、サヨリが焼き物に、ワタリがには二〇杯ほどがゆがかれて、お皿に山盛りである。また、トンバという小さな魚が多く採れていて、これも全てから揚げとなっていた。ボラは残念ながらボツとなったみたいだ。みんなの脚光を浴びた注目のエイは、予想外にもきちんと煮付けになっていた。なんでもこの旅館の名物料理でもあるらしい。夕食の予定は肉・魚介類のバーベキューだったので、この日はほんと海の幸、山の幸ありの文字どおりの御馳走となった。

  そんな夕食も終わり、腹も膨れて、後は寝るだけなのかと思ったら、何やら寝床となる大広間でイベントが開かれるらしい。ふとんが敷かれた広間の向こう半分は中央のカーテンで仕切られていて見えなくなっている。そのカーテンが、さっと開くと驚いたことに、いろんな仮装をした主催者のひとたちがステージに登場した。ザ・ドリフターズの加藤茶みたいなズラを被った年輩の男性であったり、馬のお面をかぶったお兄さんもいる。また、きれいな女性も少し恥ずかしそうに参加している。「いったい、何が始まるんだ」と皆期待を膨らませる。そして・・・。 

 申し訳ないが、この後何が起こったかは参加した人のみが知っていることとしたい。しかし、この夜子供たちが大広間の中でこの夜、大きなお兄ちゃんやお姉ちゃんに混じり大いに楽しんだのは間違いない。

おわり

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