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エッセイ「鉄道員の子育て日記 ⑨家庭でOJT?」

 今日は母の日。何かと「○○の日」と決め付けて、脅迫観念にかられるように行うのは、日本の悪い慣習かとも思うが、頑張るお母さんに感謝する気持ちを持つことは決して悪いことではない。

 十歳の息子と、七歳の娘が協力して、「今日は自分たちだけで料理を作るんだ!」と張りきっている。メニューはカレーに決まったようだ。まずは材料を切ることから。さっそく娘は、ニンジンを乱切りしはじめた。娘の性格を表すかのように、威勢よく適当な大きさに切っている。ほんとにテキトーである。
 一方の息子は、慎重派である。そのことを主張するかのように、玉ねぎを切るのに水泳用のゴーグルを涙目対策として着けたのには驚いた。そして、チョーゆっくりと薄切りにしていく。兄妹でこれほど性格が違うのも、見事なほどである。

「かあさんを休ませるんだ!」と子供だけで頑張るふたりではあったが、それが逆に心配となり、かみさんも我が輩も、気が休まるどころではない。
 子供が大きくなるにつれ、家庭で色々なことが出来るように、親が教えてあげなければならなくなる。それは、小さなお手伝いから始まるわけだが、子供にものごとをある程度「任せる」ことが必要になる。

「朝刊を持ってきて」、「お風呂を洗っておいて」、「ゴミを出してきて」などと、簡単なことから始め、皿を洗う、洗濯物をたたむ、アイロンをかけるなど少しずつ、高度になっていく。
 小学生の低学年ともなると、食品や日用品を近くのスーパーで買ってくるように頼むこともある。初めて子供を外にお遣いに出す場合は、親として色々な心配が浮かぶことになる。まず、「頼んだものを、ちゃんと買ってこれるだろうか」、「お金はきちんと払えるか」と考えるし、「事故に遭わないか」とも気にする。最近になると、「誘拐」や「通り魔」などの余計なことさえも考えないといけなくなった。

 また、手伝いだけでなく、「鉛筆・箸の持ち方」から、「自転車の乗り方」、「キャッチボール」などの実技の点でも、なかなか上達しない子供たちを、あるときは天才のように褒め称え、またあるときは叱りつけ、根気強く気長に覚えさせていくのである。

教育は、愛と忍耐抜きには語れない。

 親としては、子供たちに何でも教えてあげたいのだが、出来ないこと、知らないことも当然ある。スケートは、リンクに連れていって「さあ、頑張れ!」としか言えないし、テレビのクイズ番組を一緒に見ていて、「ノルウェーの首都は?」って問題が出たら、・・・。性教育など、親に習ったこともないけど、「どうやったら、あかちゃんは産まれるの?」って訊かれたら・・・。
 また親として、子供にひとたび注意をすれば、当然こちらも守ることが大切だ。片付けるように注意しても、「そっちこそ、この前、出しっぱなしだった・・・」と言われれば終わりである。子育てとは、まさに自分を育てることに他ならない。

 日本全体において団塊の世代が、一線を退く時期となった。「技術継承」について、どこの会社においても躍起になっているところだ。各企業とも、社員教育に力をいれて、技術レベルを維持するように努力している。
 以前であれば、新人は職場の先輩について現場で少しずつ、覚えていけば良かっただろう。しかし、技術継承が急がれる現状では、集合研修と現場でのOJT(on- the- job training:職場内訓練)を上手に組み合わせて効率的、そして計画的に行うしかない。
 技術継承は「知識」の修得と「技能」の習得に分けられる。知っていることと、出来ることは違う。現場では実務が出来なければ役に立たないことも多い。私が働く会社の研修所の集合教育においても、座学で受ける講義だけでなく、現地で実物を見たり、触ったり、手足を動かして習得できるようにカリキュラムが変わってきている。

 「知識」を自分のものにするためのヒントとして、テレビで見た話を紹介する。それは「ひとから聞いた話を、三人のひとにする」ということである。言っていたのは、あの島田紳助氏であるが、聞いただけでは忘れる話を、ひとに話すことで、自分の知識として覚えることが出来るというのだ。確かに、ひとに話す、つまり教えることで知識の修得効果は高くできる。教えるためには、事前に復習したり、頭を整理しなくてはならなくなるからだ。どうか、研修後に何を習ってきたかを、ひとに伝えるようにこころがけて欲しい。

 また、「技能」については、何度も何度も繰り返して行うことでしか身につかない。このことは、子供が物事を体得していく場合を考えれば明らかだ。一回きりの実習で、技能を習得することはほとんど不可能である。最近は、仕事のやり方も変わってきて直接実務で経験することが減っているケースも多いが、現場の先輩方には、出来るだけ多くの場面において、新人に実務を行う機会を与えてもらいたい。残された時間はもう少ない。

 若い人に仕事を教える立場となり、改めて気づいたこと、そして感じることがたくさんある。
 イメージ通りに講義を終えることが出来た時の充実感、その逆の場合の自己嫌悪。現場に出た新入社員から連絡があった時の嬉しさ、研修の効果を疑う失望感と猜疑心。そして、技術継承がうまくいくかどうかという焦り。貴重な経験をさせてもらっている。
 そして、「教える」ということが何かということを常に考えさせられる。研修の時間は短く、全てを教えるということは不可能である。結局は本人の心がけ次第ということを、考えれば、その仕事の大切さ、そして面白さを如何に伝え、本人の取組む姿勢を向上させることこそが、講師としての役割だと考える。

「出来た~っ!」

 日頃の倍くらいの時間をかけて、やっとカレーが完成した。子供たちは、出来上がったことに大喜びであるが、かみさんと我が輩は、自分でつくる以上に疲れている。しかし、そのカレーはいつもとひと味ちがう味がした。美味しかった。母の日のプレゼントは、それだけで充分である。


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