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SDGsだとか、サステイナブルだとか…

世の中、「脱炭素」だの「SDGs」だのと、いろいろ騒いでおりますが、結局のところは何なのよ?…という個人的感想について

 芥川龍之介の「蜘蛛の糸」って短編がありますね。あれ、どんな話だったっけ?って妻との会話に上ったことがありました。
 私と妻の覚えている内容は、地獄の責め苦に喘ぐ主人公〝カンダタ〟の姿を、極楽浄土の蓮池からお釈迦様が見ていて、その主人公が「一匹の蜘蛛を助ける」という善行を積んでいたことを思い出し、救いのために一本の蜘蛛糸を垂らすというもの。ここまでは二人とも一致していたのだけど、ここから記憶の相違がありまして、妻は「多くの亡者を蹴落とそうとしたカンダタに見切りを付けたお釈迦様が糸を切ってしまった」というふうに覚えていたらしいです。私は「多くの亡者が登ってきたのを見て、自分だけが助かりたくて蹴落とそうとした結果、糸が切れてしまった」という結末です。
 これ、どちらも「糸が切れる」のは同じなんですが、「お釈迦様が切ってしまった」のか、「暴れた結果切れてしまった」のかという違いがある訳です。「裁かれてしまった」か「自ら裁きを受ける行いをしてしまった」か、割と大きな違いだと思うんですね。受動的なのか能動的なのか、そこは重要。
 まあ、どう考えてもお釈迦様というのは「悟りを開いた人間の境地」な訳で、他人を裁いたり天罰を下したりすることは無いのですよね。
 児童文学だったんだな、これって…エグいわ~

 で、ふと「蜘蛛糸って人間がぶら下がれるんかい?」と考えたときに思い出したのが、人工的に蜘蛛糸を合成したベンチャーってどうなったんだっけ?ってことだったんですな。
 なんか引っ張り強度は鋼鉄の何十倍とか、それでロープを作ってネットを編めばジャンボジェットも止められるとか、炭素繊維の代わりに宇宙工学にも使えるんじゃないかとか、生物由来で石油に頼らない構造材になるんじゃないかとか、一時期は景気の良い話が飛び交っていたんですが、その後の進展はどうなってるのよ?
 ありゃ?結局そんな強度の繊維なんて出来てないんじゃん…試作品で見せたジャケットとかドレスって何で出来てたのさ。当初の額面通りの強度が実現出来てるんなら、薄手の防弾チョッキぐらいはあってもおかしくないんだけどね。ただのアパレル、しかも限定販売でバカ高い。誰が買うんだよ、そんなの。
 自動車のボディパネルやらダッシュボードにも応用できるみたいな話だったから、大手自動車メーカーの子会社とも合同でなんかやってるようだけど、それも芳しくないみたいな感じね。
 それで使い物にならなかった蜘蛛糸は、とりあえず気づかないうちに引っ込め、それは錦の御旗みたいな〝象徴〟にしちゃって、「自然に優しい」とか「石油に頼らない」とか「脱炭素」とか「素材革命」とか謳い始めちゃってる訳よね。
 だいたいね、カイコやミノムシじゃないんだから微生物が糸を作るんじゃないのよ。微生物は原料のタンパク質作るだけ。そのタンパク質を作る遺伝子を微生物に組み込んで狙った通りの素材を作ると来たもんだ。スゲーな(笑)
 「生成されるタンパク質を遺伝子で決められる」って相当な技術よ、これ。本当にそれが実現出来てるなら革命的なことだよ…「本当に実現出来てるなら」ね。
 発酵で生成されるのは「タンパク質や炭水化物の分解物」であってタンパク質そのものじゃないしね~その辺りもミスリードを狙ってるような気が…

 個人的には眉唾だと思ってます。
 何故かって?自然はそんな「人間に都合よく」出来てないからですよ。それほど遺伝情報ってのは複雑なのです。三毛猫だって同じ遺伝子持ってても同じ毛色にはならないんですよ。
 もし百歩譲って作れるとしても、それで出来るのはタンパク質だから、何かに使おうと思ったら、糸にするとか成形するとかしなきゃならんのです。その工程は化学繊維を作るとか、樹脂製品を作るのと変わらんのですよ。原材料が生物由来なのか、石油由来なのかってことぐらいの違いしかない。んでね、必ず有機溶剤を使って固めないといけない訳。これのどこが「自然に優しくて」「サステイナブル」なのか、私にはわからんのです。プラント稼働させるのも電気必要だしね。トータルで見ると、ちっともエコじゃないし、脱炭素でもない。ただのイメージなんですよ。
 皆さん、イメージは好きよね…中身無さそうなのになぁ
…あ、個人の感想ですよ。

 脱炭素ってね、無理なの!
 どうしてかって言うと、それは産業革命以降の近代産業全ての否定だからですよ。それまでは地表にある資源を循環させてきただけだったのが、地面の下から化石燃料を掘り出して使い始めたことで発展してきたのが近代文明な訳です。その上に立ってる以上、化石燃料抜きで近代文明は成り立たんのです。
 化石燃料から放出される炭素ってのは、元々地表には無かったものです。何千万年も何億年も地面の下に蓄積されてきて岩石化してた古代の生物の遺骸を、掘り起こして撒き散らしてるだけ。減らそうと思ったら、そもそもそこを何とかしなきゃならんの。地面の下に戻せばいいとか、そういう単純なことじゃない。それにだって炭素固定とか埋設に係るエネルギー必要でしょ?それは何かって言ったら、今のところは石油しか無いんですよ。本末転倒なの。
 水素だって、電気分解で作るんだからね。最終的には水しか排出しないからエコな感じはするけどさ、あれは電気を「水素」の形で溜め込んでるだけ。「水素電池」って言うでしょ?それに爆発物だからね…運搬と取り扱いには注意が必要。しかも液体を保つのは冷却と加圧と、それに耐える容器が必須、それを抱えて走る自動車なんて私は怖くて乗れません。
 風力発電だって重機を動かさなきゃ作れないし、太陽光パネルのシリコンなんて電気の塊だからねぇ…なんとなく「良いこと」をしてる気持ちにはなるんだろうな。
 太陽光をエネルギーに変換するシステムで、植物の葉緑体を超える能力があるものは存在しないんですよ。元々の生態系って、そのエリアに降り注ぐ日射量に合わせて存在してるんです。
 人間だけですよ、そこから外れてるのは。
 この「化石燃料依存」から脱却しないといかんというのはわかるんだけど、今のところ使えるのはそこしか無いんです。原子力だって「お湯を沸かす」ぐらいしか使えてないしね。核分裂を制御できないのは原発事故で明らかになっちゃったしさ、核融合なんてのも実現はまだ先だろうね。
 所詮、人間が知恵を絞ったところで、使えるものなんて、卵に例えれば「殻」に当たる部分しか無い訳でさ、そろそろ自分たちの行いが、環境全体に与える影響の矮小さを知った方がいいと思うよ。
 人が影響して環境が悪化してるから、人がなんとかすれば改善するということ自体が、私は人間の思い上がりだと思ってるのです。
 そんなに大したものじゃないよ、人間は。だってチンパンジーとの遺伝子上の差異なんて1%も無いぐらいなんだから。
 人は人である以上、人知を超えたモノにはなれないことを自覚すべきだね。
 人間なんて地べたに産まれて地べたに帰るしかないんだし、生きたってたかが100年ぐらいのもんでしょ?先のことなんか誰もわからんですよ。
 明日、世界が無くなっててもおかしくないんだもの。それは誰の責任でも無いの。
 人類が滅亡しても、おそらく地球は困らない…というか、その方がバランス取れるんじゃないかな?

…などと終末論的なことを書いたところで終わりにしよう。

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