コップちゃん 第1話⑴
コップちゃんは、出番がくるのをじっと待っていました。
薄暗い、じめじめした台所の下で。
使われるコップはいつも洗い場にいられるけど、
出番がないコップちゃんはほとんど光を浴びません。
「邪魔なんだけど。もっとあっちいきなさいよ」
大きくて細かな模様のワイングラスが押してきます。
「ごめんね。いきたいけど、隣のお皿がつかえてるんだ」
「あら、わたしのせいだといいたいの?ひどいわ」
「ごめんね。そういうつもりじゃないんだよ」
さっきからボクはごめん、ごめんと謝ってばかりだ。
結局、お皿にもワイングラスにも押されながら、ボクは真ん中で小さくなっている。
ときどき、おうちのひとは食器入れのドアを開けるけれど、たいがい使われるのは同じものばかりだ。
なんども使われると、うっすら汚れてくるけれど、大きなコップくんは、その汚れを勲章のように誇らしげにボクに見せつけた。
「おまえのような魅力のないやつは、どうせここにいることすら忘れられてるさ」
そうかもしれないね。
ボクは北海道のガラス工芸のお店にいた。
おうちのひとは、「きれいだね」と彼氏に言われたから買って帰ってくれた。
けれど、その彼氏というひとはこの家に来たことがなかった。
ボクはなんども捨てられそうになったけれど、ゴミ袋に捨てられる寸前でいつも、おうちのひとは思いとどまった。
そしてまた台所の下に戻ったんだ。
ここではたくさんの食器が暮らしている。
カレー皿、スープ皿、いろんなグラス、木のコップ、陶器のグラタン皿……
世界中のどこかでつくられ、どこかで売られた食器たちが集まったちょっとした祭典のよう。けれどそんな華々しさはない。
ボクらは使われない、けれど捨てられない食器たちなのだ。
ガサガサ、ガサガサ。
遠くから不穏な音がやってくるのが聴こえた。
(つづく)
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