自分とけやき坂46

来たる3月30日、31日に日向坂46は東京ドームでのコンサートを迎える。

本人達は通過点とも言っているが大きな節目になることには間違いないのでここで自分が過去と今、このグループに対してどういう感情を持っていたのかをダラダラと書き残してみようと思う。別に誰に見せたいわけでもないんだけどどうせなら?web上に残してみようと何となく思った。別に自分の思想を強く広めたいわけでもない。何も参照せずに書くので色々事実誤認があったらご容赦。


元々欅坂46好きだった自分は(ここの大元を辿って書き連ねるの面倒くさくなるので欅坂をスタート地点にする)、2017年の全国ツアー仙台公演を観に行った。東京に住んでる自分がわざわざ遠征したのはなーこが好きだったという安直かつ意味不明な理由。

自分はそもそも握手会に熱心に通う人でも無ければライブにガンガン行くわけでもなくいわば在宅、楽曲や番組等を適当に、時にはのめり込んで楽しむ程度のヲタクだった。(今でもそう)

だから欅坂のライブ自体も全握ミニライブは見たことあるけどちゃんとした?ライブはその時が初めてだった。当時のけやき坂46の立ち位置は2期生が加入する前後くらい、ちょうどRe:mindが始まる頃くらい。メンバーの名前は認識していたけど顔と名前はちょっとあやふや。京子の顔がすげータイプだったのに何故かおたけとよく間違えてた。そんなけやき坂がライブで披露してたのはものの2曲か3曲ほど、中盤に彼女たちのパートがあって一気に披露してた。(終盤に欅と合同の楽曲には参加してたけど)。

まぁ出番が少なかったのは明らかだったんだよね。惹かれた理由の一つはまずそこにあった。持ち曲の少なさはあったと思うけど乃木坂のアンダーメンバーと比べてもライブでの扱いの小ささに驚いたんだよね。

ここからは本当に自分の趣味の問題なんだけど好きだったとはいえ正直当時の欅坂の暗めな、反抗心のある楽曲(かなりザックリイメージ)の多さに辟易してた部分があって。サイマジョのある種真新しさは良かったんだけど。

その中で中盤に出てきたけやき坂の明るさに一気に惹かれてしまったんだよね。あのライブでの永遠の白線は忘れられないし今でも思い出に残ってる。

ドキュメンタリーとか裏側は好きじゃないので全く見てないんだけど欅にとっても当時不協和音あたりがグループの方向性的に分水嶺になってたっぽい話しはなんかぼんやり目にして。自分の趣味趣向でいうとたしかに不協和音あたりから違うなぁと。カッコいいとは思ったんだけど。エキセントリックも。でも月スカであぁ、完全にこのグループそういうのに行っちゃうんだなと思って自分の気持ちは離れちゃったんだよね。

反比例するようにけやき坂への好き度は増していって。2017年末あたりからの自分はひらがなけやきしか目に入らないくらい。Re:mindはそのためにネトフリ入って毎週木曜ド深夜に最新話見てたし。ただ好きになればなるほどやっぱりこのグループの扱いの悪さは理解していって(それでも当時は良くなってた時だと思うけど)より応援したい気持ちも強くなっていった。こういうのはやっぱり下剋上が楽しいんだよね。

2018年の2月に欅坂の武道館ライブで元々1日だけけやき坂がやるはずが急遽3日間やることになったのかな。そのニュースを見てなんか無性に行きたくなって武道館3日目をステージサイド席だけど観に行った。余談だけど白線とかひらがなけやきは楽曲中に横向く場面があってそこでやっとステージサイド席に正対してくれる感じになってそれがなんか嬉しかったな。

あのライブの熱さとか一体感は忘れられない。欅坂の楽曲もガンガンやってたんだけどそれもなんだか楽しかった。手つな振り付け動画みたいのライブ前に頭おかしくなるほど見せられたし(振りは覚えてない)

このライブでは2期生もお披露目的に参加してたし最後はサプライズで単独アルバムの発表があった。発表直後のセカアイの影ちゃんの咆哮が忘れられないんだけどここ未だに何の映像化もされてないよね?多分。

単独アルバム、メンバーも現場のファンも喜んでたけど個人的には当時、単独シングルデビューだけを望んていて、EXILE系列的な感じで姉妹グループとしてデビューして、なんなら欅坂と数字争って欲しかったとすら思ってたので(さすがに好戦的すぎ)単独アルバムはお茶を濁されたなと思った。自分はけやき坂46、なんなら数字を外して「ひらがなけやき」としてデビューして欲しかったと思ってて正直今でもちょっと心残りとしてある。そういう意味では後に改名し、現在までの事を考えると改名を望んでいた齊藤京子はよっぽど立場と現実を理解した出来た人間なんだなぁと自分を少し省みた。

とはいえアルバム発売、さらにはひらがな推しもはじまって明らかに見聞できるものが増えてきて流れは変わっていたように思う。自分ののめり込み方も深くなっていって、ライブ行くような人じゃなかったのに2018年はけやき坂のライブ合計6本くらいは行っただろうか。自分では考えられないことである。

同時に欅坂46のグループ内のひとつである以上欅坂が動けなければけやき坂にも影響している状態なのはいちヲタクから見ても明らかだったのでやはりそこに対するストレスは自分は相当あった。(実際、正直欅共和国での出番が少ない件は自分は現地で楽しんだ人間じゃないので相当根に持っている)加えて当時絶対どこかのライブでシングルデビュー発表のサプライズがあると思っていたのでひらがなクリスマスあたりに裏で発表されていたことにかなりガッカリしたのを後から知って感じた。

とはいえ2019年2月にけやき坂は日向坂46と改名しデビューする運びとなる。改名することに対してあまり自分は本意では無かったのとやっと欅坂を離れデビュー出来るんだという喜びの半々だった。

ひらがなけやきが大好きだったのでやはりそのグループから日向坂46へ新たに転換するのは自分は気持ちとして難しかった。だからライブ自体も日向坂のデビューカウントダウンライブに行ったのが最後。あれはひらがなけやきのラストライブでもあったから。

それからの日向坂46は怒涛であった。売れに売れた。みんな仕事もたくさん増えて音楽番組もテレビも死ぬほど出るようになった。Mステだって紅白だって全部叶った。知名度もファンもめちゃくちゃ増えた。

こうなるとヲタク、というか自分の悪いところで少し気持ちが離れて行くんだよね。好きなのには変わりないんだけど惰性というか。やっぱりひらがなけやきの時の熱量はもう無い。加えて芽実がやむを得ず卒業してしまったことがあまりにも悲しくてそれも一因ではある。

自分にとっては単独シングルデビューだけが望んていたことでキュンが出た時点でももうゴールなんだよね。あとの活躍はずっと夢のような時間でありエピローグ。

だから東京ドームライブについても裏では初期から言ってたのかもしれないけど約束の卵という楽曲が来たときも唐突に無理やり目標作ったなぁくらいにしか思ってなかった。ていうか当時東京ドームでライブやる未来なんて想像できなかったけど。

加えて2度延期、全員揃ったかと思えばやむを得ずこれを書いてる時点ではひよたんの欠席も発表されていて。

あんまり死ぬほど集大成にしてほしくないんだよね。当たり前に東京ドームでライブやるようになってメンバーみんなお婆ちゃんになるまで活動してほしい。(在籍中に結婚して産休育休とって好きなようにやって欲しい)


とはいえ自分、行くんだよね。東京ドーム。初日に。

やっぱりこれだけは見届けたくなってしまった。

正直日向坂になってからの楽曲はあんまり聞いてないのもあるんだけど何やるんだろうな。声の足跡見たら泣くと思う。

あとはひらがな時代の楽曲なんかやってくれんのかな。

ひらがなけやきやってくれないかな。

白線やってくれないかな。間奏で指文字?やりたい。

まかり間違って欅坂のOvertureやんねーかな。あれOverture史上一番カッコいいと言い切れるんだけど。


まとまりの無い文章になってしまった。自分が何を思ってたかを思い起こすために書いたものなので特に反省もないのだか。

とにかく何事もなく無事に東京ドーム公演が終えられますように。

いつまでも自分が好きなグループでいてもらえたらいいなと思います。

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