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帝塚山の人気カフェChevron Coffee Roasters/Michiさんのストーリー(1/2)

大阪市住吉区、帝塚山の姫松駅から歩いてすぐの場所にあるカフェ、Chevron Coffee Roasters(シェブロン コーヒー ロースターズ)は、2021年4月のオープンから美味しいコーヒーが味わえると評判を呼び、連日たくさんのお客さんで賑わっています。

コーヒーは豆から自家焙煎をしていて、海外製のロースタ―で焙煎されたスペシャルティコーヒーが人気です。看板メニューのカフェラテはオーツミルクを使用した自然な甘みを感じる一杯で、サイドメニューのバナナブレッドにもよく合います。

こんなに本格的で美味しいコーヒーが住吉で飲めることに驚き、店長さんはこれまでにどんな経験をしてきて、どうして住吉でお店を開こうとされたのかを聞いてみたくなり、Michiさんにお話を伺ってみました。

目次
1. Chevron Coffee Roastersが誕生するまで
2. 夢を大きく前進させるカフェとの出会い
3. コロナ禍での開業準備を支えた海外での体験
4. お店づくりで大事にしているMichiさんの思い

Chevron Coffee Roastersが誕生するまで

-Michiさんがお店を持つまでのお話で、最初にカフェの仕事をしようと思ったのはいつ頃からでしょうか?

Chevron Coffee Roasters(以下シェブロン)は、地元が盛り上がるきっかけになればという思いで始めたお店です。僕自身が住吉の出身で、コーヒーに関わる仕事をしようと思いはじめたのは大学生の頃からです。当時、天王寺のカフェレストランでバイトを始めて、最初はホールスタッフ、しばらくしてドリンク担当になり、コーヒーのマシンを扱うようになったんですが、その時にコーヒー作りが面白い!って思ったんです。いつの頃から「自分でお店を持ちたいな」と思うようになっていました。

そこから、何歳くらいでお店を持つか、どんな知識や経験が必要で、いつ頃に何ができるようになるかを逆算しながら、大学を卒業してからのことを考えていました。卒業後の就職先はスペシャルティコーヒーで有名なタリーズコーヒーです。自分が店を持つうえで、まずは大きい店で働こうと思ったんですよね。実際、マニュアルやデータもしっかりあって、ものすごい勉強になりました。

タリーズで働いたのは1年、その次はカフェの本場、海外に行こうと決めていました。選んだ国はオーストラリア。世界でもカフェの歴史や文化が根づいている国で、コーヒーと英語の両方を学ぶならこの国が一番かなと思ったんです。

-帰国後に「海外のカフェで働いていました」というだけでもうカッコいいですね。(笑)

そうですね。(笑) あと、自分が独立をして店の経営をするようになったら、海外旅行に行くこともあまりできないかな、という思いもありました。
オーストラリアのカフェといえば、一番有名な街はメルボルンなんですけど、あえて選んだのは海の町、ゴールドコーストでした。住吉で生まれ育って、いつか海がそばにある場所に住んでみたいと思ってたんですよね。

ゴールドコーストは、オーストラリアの中でも60㎞にもわたるビーチが有名な歴史ある町です。春休みには各地から学生が遊びに集まって特に賑やかになります。気候が穏やかでサーフィンも盛ん。海風がとても気持ちいい、そんな町で、僕も1年コーヒーの知識や技術と英語を学んだり、サーフィンをしたりして過ごしていました。

-オーストラリアに渡って、日本との違いを感じたことは何かありますか?

最初に働く先を探すときに違いを感じましたね。日本だとネットで求人を探して、いい所があればパソコンから応募っていうのが普通の流れですよね。それがオーストラリアだと自分で印刷した履歴書をたくさん束で用意して、片っ端からカフェに飛び込んで「スタッフ募集していないか?」と聞いていく。お店の人に「募集はない」と言われても、「とりあえず履歴書だけ置いておくから見てくれ、気になってくれたら連絡して」といって渡すのが普通。足で稼ぐのが向こうでの就活、というか仕事探しのスタイルです。

オーストラリアで右も左もわからない中でしたが、これには鍛えられました。片手にがっちりと抱えた履歴書の束を町中のカフェに配っても、大抵は断られて、興味をもってくれるところはごくわずか。話ができそうな所も、ちらっと履歴書を見て、「日本でカフェの経験があるんだ。じゃあ今から何か作ってみて」といきなりカウンターに入れられてテストが始まるんです。それも初めて見る触ったこともないマシンで。

それでもコーヒー自体は作れるから、お店の人も「おー、じゃあ明日から来て」といったノリです。僕もその時は「えーっ、明日!海外ってこんな感じなん?!」ってビックリしました。

ー緊張する間もなくテストを受けて、流れに任せていくうちに決まったんですね。(笑)


夢を大きく前進させるカフェとの出会い。

ゴールドコーストのカフェで経験を積み、帰国をしてからも、仕事選びはもちろんカフェです。いろんなところに応募しましたが、「海外のカフェで働いていた」というと、たくさんの方に興味をもっていただきました。ハクがつくかなと思ってましたが想像以上でしたね。(笑)

そんなこんなで選んだ先は、南船場のSaturdays NYC Osaka(サタデーズニューヨークオオサカ)でした。サタデーズはアメリカ・ニューヨークのアパレルブランドで、「海から離れたニューヨークに住んでいても、週末(土曜日)の休みには海でサーフィンを楽しみたい。そんなサーファーに向けた街のサーフブランド」というちょっと変わったコンセプトのブランドです。今ではよく目にする、アパレルとカフェが併設しているブランドショップの草分けですね。

その頃サタデーズはちょうど大阪に初出店するタイミングで、オープニングスタッフを募集していたんです。僕もゴールドコーストでカフェもサーフィンもしていたので共通点が多く、「めっちゃいいやん!」と盛り上がってました。さらに、サタデーズにはコーヒーを監修している石谷貴之さんという今のバリスタ日本チャンピオンの方がいて、直接トレーニングを受けられる。「こんな恵まれた環境はない!」と働くことを決めましたね。

-Michiさん自身の経験や価値観にフィットし、ここしかない!という感じだったんですね。トップレベルの技術を学べるのも大きいですね。

普段、石谷さんは東京にいるんですけど、大阪にトレーニングで回ってきてくれたり、広島でポップアップイベントがあれば連れて行ってもらったりもしていました。想像していた以上の経験や出会いがあり、石谷さんには本当に良くしていただきました。

サタデーズに最初スタッフで入り勤めること5年。だんだんと役割も大きくなり、最終的には大阪店と神戸店の両方のカフェを見る、関西のエリアマネージャーを任されていました。主な仕事は両店のカフェのクオリティコントロール。例えばスタッフトレーニングで僕が合格を出したら、本部の方も「OK!」みたいな感じでしたね。

-Michiさん、実はめっちゃスゴイ人じゃないですか!(笑)

呼び名ですごく聞こえるだけですって。ただの言い方です。(笑)
ホントは3年くらいで辞めて、独立に向けて準備をするつもりだったんです。けど、その頃は結婚して子供も生まれた時期で、「今すぐはやめられへんかな。やっぱり組織に守られてる方がいいかな。」ってモヤモヤとしていました。でも、学生の頃からの夢は叶えたい。ずっと持っていた夢を実現しようと、最終的にはサタデーズを卒業して独立へと踏み出しましたね。


コロナ禍での開業準備を支えた、海外での体験

退職をしてからしばらくは準備に結構な期間がかかりました。というのも、サタデーズを退職したのが2020年の2月、ちょうどコロナが騒がれ始めたタイミングです。そのため、本当は開業へとスムーズに進みたかったんですが、日に日に世の中の状況が変わる中での開業準備、途中でお店を出す物件探しを止めていた時もありました。正直なところめっちゃ不安でした。

ーコロナ禍の準備、私なら開業をためらってしまいそう…。

実際その通りで、「ホンマに店やれるんかな。これからどうなるんかな。」と思いながら過ごしてました。でも、今からまた就職してどこかの社員になるのも難しいよな、という思いと、「地元でお店を持つ」という思いでずっとやってきたので…。不安もありましたが少しずつ計画を進めていました。

ー「地元でお店を持つ」というのはいつ頃から考えていたのですか?

地元で、というのはオーストラリアにいるときから思っていました。それまでの若い頃は、街でバリバリやることが楽しいと思っていたけど、オーストラリアに住んでみると、考えが変わってきたんです。

ゴールドコーストってそれなりに都会的な所があるけど、どちらかと言えば下町や田舎町って感じ。その中で小さい町があり、それぞれに地元に根づいた個人経営のコーヒーショップがあるんです。お店によってはお歳を召した方や、おっちゃんやおばちゃんが長く続けているお店もあります。

その周辺ではコミュニティができていて、近くに住む人たちが訪れては美味しいコーヒーを飲みながら交流を深めている。お店も地域の人も、コーヒーを起点に、町に根づいている。そんなローカル感が心地よかったんです。

このゴールドコーストでの体験から、せっかく自分でお店をやるんだったら、生まれ育った住吉でやる方が面白いな。と思ったんです。大阪のキタやミナミといった繁華街だと色んな人があちこちからたくさん集まるので、それはそれで楽しいかもしれない。けれど、働き方をシフトして、地元にお店を開いて、たくさんの地域の常連さんとつながるお店をやりたい。また、ウチを目当てに遠くから来てくれる方にも、住吉の町を知ってもらえたらいいなと思うようになっていました。

そんなコンセプトのようなものがオーストラリアにいるときにぼんやりと浮かんで、少しずつ輪郭ができてきたんです。


お店づくりで大事にしているMichiさんの思い

-シェブロンのオープンから1年。振り返ってみていかがですか?

この1年、たくさんのお客さんに来ていただけて、またSNSなどでの反響もあって、オープン当初に想像していたよりやれたかな、と思います。コロナで明日がどうなるかわからない中で、計画・準備の段階で「コケるかもしれへん」という思いも強かったので…。けれど、何度も来てくださる地域の方がたくさんいて、SNSで知って遠くからわざわざ来ていただける方もいっぱい。サプライズで「来てくれたん?!」っていう知人もいっぱい。(笑)

来店されたお客さんの様子もそれぞれに違っていて、デイリーでふらっと来る方もいれば、ちょっと特別な感じで来てくれる方もいます。年齢層も幅広くて、お子さん連れの方から、お歳を重ねたシニアの方も来ていただいてます。思っていた以上にお客さんに足を運んでいただき、おかげさまでこの1年頑張ってこれました。

ー私もよく来ていますが、住吉・帝塚山で海外のような雰囲気のお店ってありそうでなかった。気軽に入れて、もちろんコーヒーも美味しい!

お店の雰囲気とコーヒーのクオリティはすごい大事にしているんです。キタやミナミのような街のコーヒーのクオリティを、地元でもちゃんと出すという考えでやっています。もちろん、クオリティを出すには機材も全部揃えないといけなくて、コストもかかるんですけど、価格とのバランスを考えながらクオリティを保つことには気をつけています。

お店の雰囲気づくりも大切にしていて、開業の準備で物件を探す時も、一番良いと思った姫松のこの場所に決めました。さっき話した「地域のお客さんとのつながりを重ねていく」理想のイメージとぴったり合ったんです。最初はちょっと広すぎかなと思ったけど、実際オープンしてみたら、この広さのおかげでベビーカーの方もゆっくりと過ごせるゆとりのあるスペースになったので良かったです。

ーMichiさんのお話を伺っていると、商売っ気がないわけではないと思いますが、それだけじゃない感じがしますね。

できるだけ僕と同世代の方が毎日来てもらえるような価格設定にしているんです。当然、商売っ気だけで考えるなら、それなりの価格にもできます。でも、一部の方しか来れないような価格にはしたくない。お客さんとのつながりを持ち続けて、気軽に長く親しんでもらえるお店にしたいんですよね。ゴールドコーストの時も、近所のおじさんが朝イチにパジャマのまま来るくらい、地域の方が遠慮なく来れる感じでしたから。(笑)

ーパジャマでカフェは日本とは違う感覚ですね。(笑)

日本だと、カフェってちょっと特別な場所。おしゃれして行くっていうイメージがあると思うんですけど、僕は全然パジャマで来てくれていいと思っています。(笑) それくらいになったら、僕の思うゴールドコーストの時のような町カフェのいい文化が広がるんかなと思っているんです。地域の人にコーヒーに馴染んでもらって、コーヒーを中心に町のいい文化ができていったら嬉しいですね。


インタビューはさらに、Michiさんの少年時代、受験時代のお話にまで深まります。(2/2へ)

Michiさんのお店、Chevron Coffee RoastersのHPはコチラ

<インスタグラムでのご紹介記事はこちら>
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