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小説「オレンジ色のガーベラ」第6話

これまでのお話はこちらに収録~♪

第6話

 岸本徹から依頼を受けた件について、すぐにみずほに連絡をした。

「うわー!ちひろさんからお電話いただけて、嬉しいです。どうされたのですか?」

 弾むような声のみずほに伝えづらい内容だ。

「実はみずほちゃんのお父様が事務所にいらっしゃって……」

「あ〜、そんな氣がしていたんです。父が相談に行くだろうなって」

「それで、料金も頂くということで、あなたのカウンセリングをお願いされたの」

「分かりました。ちひろさんと会う機会が増えるのは嬉しいから。行きます。いつがいいですか?わたしはいつでも……」

「みずほちゃん、あなた学校は?」

「氣が向いたときだけ。これから必要だと思うスキルを教えてくれる授業だけ参加しています。
 情報系とか、一応英語も。歴史は絶対に出ないです。間違った歴史認識を自分に植え付けたくないから。歴史の教科書ってつまらなく作られているし。そもそも史実に基づくっていったところで、その史実は勝者側からだし、日本史と世界史とに分断しているから分かりにくいし……」

「はい!はい!了解しました。歴史談義はこの次にしましょう。
 では明日15時からどうかしら?
 緑茶飲みながらお話ししましょう」

「わー!嬉しいです。よろしくお願いいたします」

 満面の笑みのみずほが目に浮かぶ。ちひろも嬉しくなって電話を切った。

「さてと。次は真也君とお母さんか……」

 ちょっと氣が重かったが、電話をした。
 真也のお母さん、正子は電話を待ってましたとばかりの対応だ。明後日、真也と共にこのオフィスに来ることになった。

 真也とお母さんは別室で対応する予定だ。
 恐らく、治療してのカウンセリングが必要なのはお母さんのほう。しかし、本人が望まないのなら、治療はできない。
 ベターな選択は、真也が病院に行かなくても済む方向に誘導することだろう。

 真也は賢い。お母さんを安心させる言動ができるようになれば、問題なくなるはずだ。

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 翌日、約束の時間に顕れたみずほと、早速話しを始めた。

「みずほちゃんは世界を変えたいって言ってたでしょ?でもね、それは他人を変えたいという願望でもあるの。
 世界を変えたければ、まずは自分を変えないと。
 自分が変わった様を見て、周りの人が変わりたいと思うから。
 だから、世界を変えたければ、相手を変えるより自分を変えることからなんだよね」

 みずほはちひろの言葉にハッとした。自分は変わってきたと思っていた。
 でも、親との関係、特に父親との関係には手を付けずにいた。そこを変えなければ、世界は変わらないのか。

 みずほはしばらく俯いていた。
 そして、顔を上げちひろに向かって微笑んだ。

「分かりました。お父さんとの関係、変えていきます。変えていきたいです。
 まず初めに何からすればいいか、ちひろさん、教えてください」

 みずほのまっすぐな視線に漲る意思の強さを感じた。

 ちひろは口を開いた。
「改めて聞くわね。
 みずほちゃんのお父様から、お願いされたことがあるの。みずほちゃんのことを心配しているのよ。
 Twitterを続けることはいいことだと思う。
 ただ、それよりも優先しなければならないことがあるの。
 それがお父様との関係改善。そこに取り組みますか?もしかして、みずほちゃんの嫌な過去と向き合う必要があるかもしれないけど」

「はい。分かりました。
 Twitterは続けるけど、それよりもお父さんとの関係を良くすることに自分のエネルギーを注ぎます」

「それじゃあ、早速今日から始めるわよ。
 みずほちゃんは、何か書くものを持ってる?ノートとペンがあるのね。
 オーケー。では始めましょう」

「みずほちゃんの小さい頃を思い出してほしいの。お父さんとの思い出はなにかあるかしら?」

「はい、あります。小学校上がる前の……」

「ストップー!言わなくていいわ。
 お父さんとの思い出の中で特に悲しかったこと、寂しいた思ったことを3つから5つ位書き出してくれる?
 誰かに見せるためじゃないから、こんなことがあったと箇条書きで。自分が見てわかる程度のメモでいいから」

 みずほは時折空を見つめては、ノートに数行書き付けていった。ものの数分で書き終わったようだ。

「その書いた内容に共通点はある?もし見つかったら教えてもらえるかしら?」

「お父さんが忙しくて構って貰えなかったという寂しさです。もう一つあるとすれば、自分を認めてもらえない辛さでしょうか?」

「それはどういった意味で?」

「うちは、お母さんよりお父さんのほうが礼儀作法に厳しくて。お父さんの生まれは旧家だから。もちろん亡くなったお祖母様はもっと厳しかったですけど……」

「しつけが厳しいというのは『あなたはだめだから直しなさい』という無言のメッセージだものね」

「はい。だから今はどこに行っても礼儀正しいお嬢さんね、なんて言ってもらえるけど、全てお父さん仕込みです。褒められるのは嬉しいです。ただ、それとは別に、小さい頃からここしなさい、ああしなさい、と言われてたきたことが、しんどかったです。
 言われる度にわたしはお父さんに認められないんだ、愛されていないんだ、って思っていたような氣がするんです」

 心の中のことを正直に話してくれる娘だ。
 カウセリングがいつもこんな風に進んでほしいと思う。

「みずほちゃん、ありがとう。よく話してくれました。それは大変だったね。
 でもね、その自分を認めるのはお父さんじゃないのよ」

「え、それはどういう……」

「お父さんに認めてほしい、というのは、お父さんの感情をコントロールすること、他人を変えることなの。
 もしかして、みずほが自分のことを認めてほしいと思っているけど、お父さんは充分にみずほのことを認めている、と思っているかもしれないのよ」

「あっ!!」

 みずほは初めて氣がついたような表情になった。

「そう。靈がいるとみずほが思っているように、お父さんはみずほちゃんを認めているのかもしれない。
 でも、心の中は見えないからね。
 お父さんの愛情を感じたことは無いの?」

「そんなことないです!
 父はわたしが入院していたとき、面会可能日には必ず来てくれたし、学校の行事には仕事を休んでまで参加してくれました。
 母が『授業参観なんて、母親が行けばいいじゃない?』って言うと、『何を言っているんだ。みずほは二人の子供だ。わたしにも行く権利がある』って演説風に話していました」

「ほらね、みずほのことを認めて愛してくれているのよ」

「じゃあ、なんで認めてくれていなかったと思うんでしょうか?」

「そうね、しつけはその相手のそれまでの習慣を否定するものだわ。でも、そのお陰で今みずほは氣持ちよく過ごせる一因となっているのよね。
 だってそうでしょ?きちんと挨拶できたら、氣持ちいいし、きちんとした挨拶された人は丁寧な挨拶を返したくなるし。
 そうしたらお互い氣持ちいいじゃない?」

「そっか。わたしは認められていなかったわけじゃないんだ……」

「もしみずほちゃんがしんどいと思ったのだとしたら、世間一般に『こうあるべき』という風習があることかな?
 無ければみずほのお父さんも礼儀作法をみずほちゃんに教えなかったから。最低限のマナーという基準があるとしたら、それ以上に丁寧に対応するものね、みずほちゃんは」

「ありがとうございます。では父に色々教え込まれたことは、実は良かった面もあるのですね。そこを受け入れます。
それで、自分を変えるためにわたしがすることって何かありますか?」

「そうそう!重要なことを話し忘れていたわ。
 今日の宿題です。
 書き出した出来事を一つずつ思い出しながら、小さい頃のみずほに向かってお手紙を書いてください。大きくなったみずほちゃんが小さいみずほちゃんを励ますの。

 もう一つのアプローチ方法があります。
 できれば一人になれるときがいいわ。例えばお風呂の中とか。
その寂しかった思いになった出来事をその時の自分に戻って感じてほしいの。
 そうすると、その時の自分に戻るわよね。
悔しさ、寂しさ、辛さ……身体の中に充満するでしょ?
 それで声を出してほしいの。
『なんでわかってくれないの?どうして?』って……。
そのときの自分になりきった状態で言葉を発してほしいの。そうすると、溜め込んでいた思いが解放されるから。
 そして、その後にその頃の自分に向かって声かけてあげてね。『よくがんばったね。声に出せてよかったね。もう大丈夫だよ』ってね」

 黙ってメモとりつづけていたみずほの顔は紅潮していた。

「やり方分かりました。やってみます。やりたいです。小さな頃の自分に。たくさんやってみます」

「あらあら、そんなに意気込まなくていいから。丁寧に一つずつゆっくりやってみてね」

 真面目なみずほには釘をささないと、ずーっとこのワークをやっていそうだ。

 ただ、幼い頃を慰めるワークは一回や二回で改善するわけではない。
 思い出し始めると山ほどの記憶が溢れてくる。それを一つずつ思い出して、自分を癒やすのだ。

「そうだよ、みずほちゃんは感謝することが自然とできる娘だから。これは過去の自分に感謝すること。
 あのとき頑張ったから今がある。
 あのとき、乗り越えたからここにいる。
 その過去の自分に素晴らしいねぇ、偉かったねぇと声かけてあげてね」

 みずほの目がキラキラしている。やりたくてウズウズしているようだ。
これなら、このワークは成功するだろう。

「それでは、次回カウンセリングまでにそのワークをやってくること、宿題よ!」


(3,882文字・トータル14,555文字)

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